孤高の魔法使い #4
砂漠の中の道なき道を、探索隊のキャラバンが移動していた。
先頭を行くラクダに乗ったガイドのあとを、探索隊が乗ったラクダの引く客車がついていく。
そしてその後に、発掘した遺跡を載せるための空の荷車が続いていた。
クロムたちの乗る客車には、たっての希望で博物館で出会った学芸員の男が同乗していた。
男は、古代文字らしきものと魔法陣が描かれたノートを片手に、アンバーを質問攻めにしていた。
アンバーの答えを一通りノートに書きつけると、ノートをパタンと閉じてアンバーを褒め称える。
「それにしても、古代王朝で使われていたと思われる古代文字の解読作業が、アンバーさんの協力のおかげで進みそうです! アンバーさんの知識は、素晴らしい!」
興奮気味に話す男に対して、アンバーはやや戸惑い気味だ。
推しの強い相手はクロムで慣れていたつもりだったけれど、と思いつつ、アンバーは男に答える。
「わ、私に魔法を教えてくれた、魔法使いの先生が、色々教えてくれたので……」
「ほう、先生がいらっしゃるのですね。アンバーさんはもちろん優秀なのですが、アンバーさんに古代文字や古代魔法の魔法陣を教えられる先生も、さぞかし優秀な方だったのでしょう」
「は、はい。とても尊敬しています」
「ああ、私もぜひ、その先生から指導を受けたいものです。今はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」
何気ない質問だったが、ハッとアンバーの表情が曇る。
めざとくその変化に気づいたオリーブが、助け舟を出した。
「その先生を探すのも、今回の旅の目的の一つよ。それよりも、アンバーちゃん疲れない? この中が暑くって、遺跡に着くまでにヘトヘトになっちゃいそう」
その言葉で、アンバーに負担をかけていたことに気づいた男は、慌てて取り繕った。
「あ、いや。初めて砂漠に来られた方には、この暑さは堪えますね。そんなことにも気がつかず、色々聞いてしまってすみませんでした」
「だ、大丈夫です。私も、古代文字のお話ができて、楽しかったですよ」
クロムは、そんなやり取りに参加せず、窓の外をずっと眺めていた。
時折見える、岩や背の高いサボテンを除けば、延々と砂の大地が広がっていた。
ガイドはどうやって、道に迷わずに目的地に辿り着けるのだろう。
そんな疑問を持つクロムの視界の先にある地平線に、ゆらゆらと揺れる影が見えてきた。
影はだんだんと形を成してきた。
「見えてきましたよ。あれが王宮の遺跡です」
クロムと反対側の窓から外を眺めていた学芸員の男が、クロムたちに知らせる。
程なくキャラバンは、王宮があった街の入り口だったであろう、石のアーチの前で停止した。
アーチをくぐると、かつて栄えていたであろう街の痕跡が残っていた。
キャラバンのメンバーは、独特なフォルムを持つ石の柱が並ぶ石畳の道を歩いていく
やがて、水のない噴水へと辿り着いた。
そして、その噴水の向こう側には、建物の痕跡らしきものがあった。
「もしかして、ここが王宮ですか?」
風化してボロボロになった建物を見たクロムが、男の方を振り向いて確認する。
男は残念そうにうなずくと、この王宮の栄華と衰退について簡単に説明を始めた。
かつては、この王宮の近くに水源があり、そこを中心に街が栄えていたこと。
やがてその水源が枯れ、代わりに今の都市の泉が発見されたこと。
そのため、街全体が都市に移動して、この地は誰も住むものがいなくなったこと。
そして、王宮の建物は風にさらされて、少しずつ削られ、無くなったこと。
そのような歴史を、観光客向けのガイドの説明のように澱みなく、男は語った。
「歴史の話はよくわかったけど、私たちはどこで探し物をするのかしら?」
暑さで不機嫌になりつつあるオリーブが、少し棘のある言い方で質問をする。
自分の世界にやや入りかけていた男は、またやってしまったという表情を浮かべ、そしてオリーブの質問に答える。
「失礼。今回の探索は、王宮の地下に広がるフロアで行います」
「地下があるの? この王宮の下に?」
「ええ。そして王宮だけでなく街全体に、定期的に襲う砂嵐から宝や財宝を守るための地下道や部屋があるんです」
「そりゃまた、随分とスケールの大きな話ね」
「あまりに大きくて、まだ未到の場所もあるようです。もっとも今回の探索では、そんなところはいきませんけどね」
キャラバンは、建物の敷地の中に入っていく。
程なく、地下に降りる階段が現れた。
男は、階段の下を指差すと、ここが入り口だと告げた。
階段の奥は薄暗く、そして低く風の音が響いていた。
ラーセンが、男に問いかける。
「この地下は、危険なところはあるのか」
ラーセンに問われた男は、うーんと首を捻りながら答える。
「未到の場所もあり、完全に安全とは言えません」
「ふむ」
「ただ、今まで何度か探索に来ていますが、危険なことに出会ったことはありません。多分今回も大丈夫なんじゃないかと、思ってます」
「だと良いが」
疑り深いラーセンを見て、珍しく怖がっているんかじゃないかと勘違いしたクロムが、フォローを入れる。
「師匠は心配性ですねー。何度も来て危ないことはないっていうんだったら、今回も多分大丈夫ですよ」
そんなクロムの勘違いに、ラーセンは気づいていたが、無闇に怖がらせるのも良くないと思い、それ以上は否定しないことにした。
キャラバンの探索隊メンバーは、次々と探索の準備を始める。
あるものは地面や壁を掘るつるはしやシャベルを、別のものは採取した遺跡を分析するためのルーペやハンマーを手にしていた。
準備が済んだ頃合いで、クロムたちは地下へと進み始めた。
地下道には、灯りの魔具が取り付けられており、地下とはいえ、松明などの灯りを用意する必要はなかった。
「地下なのに、明るいんですね」
「そうなんだ。探索は同じ場所を何度も行うことになる。だから、初めての場所を探索するときには、まず灯りの設置から始めるんだよ」
クロムが想像と違う明るい地下道を見た感想に対して、男がやや得意げに答える。
日の光も届かないせいか、地上に比べるとだいぶ過ごしやすい温度を保っている。
地図を手に持った男は、迷うことなく地下道を進んでいく。
途中、当時の神様を模した石像のある部屋や、空っぽの宝箱が置かれていた部屋などを通り過ぎ、やがて少しひらけた広場に到着した。
広場の周りの壁には、文字のようなものが刻まれている。
「ここです」
男が、広場の真ん中にある場所を指し示した。
そこには、大きな石碑が置かれていたであろう痕跡と、その周りに散乱する岩の塊があった。
クロムたちに、男が指示を出す。
「今回私たちは、この崩れてしまった石碑の調査を行います。二手に分かれて行いましょう。アンバーさんはクロムさんと一緒に、壁に書かれた古代文字の記録をお願いします。私は、散乱した岩の塊の位置や模様などを記録します」
「私たちは、どうするのよ?」
オリーブが尋ねると、男は少し思案をした後に答えた。
「お二人は、何か危険が迫った時に、私たちを守っていただければ」
「護衛、ってことね。わかったわ。何も起きないらしいし、楽なお仕事ね」
そういうとオリーブは、ちょうど良さそうな瓦礫の上に腰を下ろした。
ラーセンも、同じように座る。
クロムとアンバーは、早速壁に書かれた古代文字をノートに写し始めた。
全く字が読めないクロムは、魔法陣を描く要領で字を写していく。
その横でアンバーは、文字を文字と識別して、スラスラとノートに書きつけていく。
「アンバーちゃんは、ここに書かれている文字が読めるの?」
「難しいところは無理ですが、ある程度は……」
「すごいねえ。ねえ、何が書いてあるの?」
「多分、石碑に書かれた魔法陣についてだと思います」
「魔法陣! すごい! 読みたい! 後で内容を教えてね」
「はい」
魔法に関することが書かれていると知り、俄然やる気を出したクロムは、文字を写しとるスピードがやや上がる。
アンバーもまた、黙々と作業を再開する。
そんな二人を見つつ、ラーセンは他の探索メンバーの作業も眺める。
メンバーたちは、壁や床をハンマーで叩きながら回っている。
どうやら、その奥に隠された部屋などがないかどうか、調べているようだ。
そのときラーセンは、この場で聞きなれない音が聞こえた気がした。
耳をそばだてつつ、オリーブに注意を促す。
「もしかしたら、我々の出番かもしれない」
「やだ、もしかして魔獣か何か?」
「そうでないといいのだが」
ラーセンは音の出所を探す。
そしてその音は、次の部屋に続く出口の先から、聞こえてくるようだ。
まだ未発掘の場所らしく灯りがないため、先を見通すことはできない。
相手に気づかれないよう、静かに行動するべきかどうか、ラーセンは一瞬迷う。
しかし、猶予はないと判断して、出口の方へ駆け出しつつ、声を張り上げた。
「作業は中止だ。正面の出口から何か来るぞ!」
突然の指示に戸惑う探索隊メンバーの横を、ラーセンは駆け抜ける。
出口の前に立つと、はっきりと何かが移動してくる音が聞こえてきた。
魔法の杖を持って身構えるラーセン。
そのラーセンの前に、音の主が現れた。
それは、硬そうな殻に覆われた巨大な虫のような生き物だった。
二本の大きなハサミを振り上げ、腹の先からは長い尾を背中の上に伸ばしている。
それはまるで、対峙するラーセンを威嚇するかのようだった。
「ジャイアントスコーピオンだ!」
学芸員の男が、声を上げた。
そしてラーセンに注意を促す。
「気をつけてください! その尾には猛毒が含まれています!」
「わかった」
油断していたわけではなかった。
しかしその大きさから、頭でものを考える獣のような知性を期待してしまった。
様子見をしようと思ったその瞬間、本能で動くジャイアントスコーピオンの巨大な尾が、ラーセンめがけてしなる。
ガキン!
咄嗟に魔法の杖で受けたラーセンだったが、その勢いを完全に受け流すことはできなかった。
手にした杖が弾かれて、宙に舞う。
そして、ラーセン自身も吹き飛ばされて、壁の手前まで転がっていった。
「師匠!」
クロムは、弾き飛ばされたラーセンの魔法の杖を拾うと、そのままラーセンのそばまで駆け寄った。
ラーセンは立ちあがろうと、利き腕をついた。
しかし、その瞬間、ついた腕に激痛が走る。
「ぐっ!」
「師匠!」
「どうやら、さっきの一撃を受けたときに、怪我をしたらしい」
「えっ?!」
「大丈夫だ。命に別状があるわけではない。まずは、みんなを安全な場所へ」
「はい」
探索隊には、避難のマニュアルがあるらしく、いったん距離をとった安全な場所に移動していた。
アンバーも、彼らに連れられて集団の中に匿われる。
オリーブは、彼らの前で魔法の杖を構え、ジャイアントスコーピオンの動きを牽制する。
そしてオリーブが、ラーセンに報告する。
「一旦こちらは、安全を確保できる状態になりました。そちらは?」
「利き腕を痛めたが、大事はない、しかし、おそらく魔法が打てない」
「大怪我じゃなくて、よかった。けれど、あの巨大な虫は、私とクロちゃんで、なんとかしないといけないわね」
オリーブの背後から、学芸員の声が聞こえる。
「みなさん、ジャイアントスコーピオンの背後に気をつけてください。小型のスコーピオンが群れていることが多いです」
その言葉をきっかけに、わらわらと小さなスコーピオンがジャイアントスコーピオンの背後から現れた。
クロムとラーセンは、後退りしながらオリーブの横まで移動する。
今、ジャイアントスコーピオンに対峙できるのは、クロムとオリーブの二人だけ。
小型のスコーピオンまで現れた今、かなり手数で劣っていた。
「オリーブさん、これってピンチですかね?」
「そうね、ウルフに襲われた時よりは、ピンチかもしれないわね」
二人が魔法の杖を構え直したときに、背後から聞きなれた声が聞こえた。
「なんか物音がしたから来てみたんだけど、もしかして襲われてるところ?」
振り向かなくとも、声の主はわかる。
トレジャーハンターのヴィルが、現れたのだった。




