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孤高の魔法使い #3

 一夜明けた、砂漠都市の二日目の朝。

 軽く食事を済ませたクロムたちは、昨日ラーセンから手渡された日除けの服を着て、博物館へと歩いていた。

 朝ということもあり、夏の砂漠の日差しはそれほど厳しくはない。

 それでも、砂漠特有のからりとした暑さが、肌にまとわりついていた。

 道ゆく人たちは、皆クロムたちと同じように、煤けた日除けの服を着ている。

 ラクダのひく車が通り過ぎるたびに、砂埃が舞い上がる。

 道の両脇には露店が立ち始め、観光客向けのお土産の品を見栄えよく並べていた。


「朝から暑いわねえ。それになんだか埃っぽいし」

「砂漠の街の朝は、だいたいこんなものだ。気温も、これからどんどん上がるぞ」


 額からにじむ汗をぬぐいながら、オリーブが早速根を上げる。

 それに対して、珍しくラーセンが答える。

 二人のやや前を、珍しい風景に興味津々のクロムが歩いている。

 その前方に、少し大きめの建物が見えてきた。


「師匠、あれが博物館ですかね?」


 クロムが尋ねると、ラーセンは、おそらく、という雰囲気でうなずいた。

 目的地が見えてくると、自然と足も軽くなる。

 近づくにつれて、建物の全容も見えてくる。

 それは、昔の神殿を模したようなデザインをしていた。

 今まで見たこともないような大きな建物を見て、アンバーは思わず建物を見上げていた。


「立派な建物ですね」

「そうね。私が通っていた学校と、同じくらい立派」

「こんなに立派な建物の中で、クロムさんは勉強されてたんですか?」

「魔法の実技とかもあったし、図書館とかもあったから。結構広かったのよ」


 クロムの説明を聞いて、アンバーはジュリアード魔法女学園の建物を想像していた。

 そしてほんの少し、その学校に通っている自分の姿を想像して、慌ててそれをかき消すように、パタパタと頭の上で手を振った。

 どうしたのかな、とクロムはアンバーを眺める。

 そんな二人の元にオリーブがやってきて、券売所で買ってきた入場券を差し出した。


「はいこれ。入場券よ」

「ありがとう、オリーブさん」

「暑いし、さっさと入りましょう。ほらほら」


 オリーブに急かされるように、一同は博物館の中へと移動した。

 エントランスを抜けると、天井の高いロビーがあった。

 そこからは三方に入り口があり、それぞれの先に広い部屋があった。


「どうやら、年代ごとに展示がされているようだな」


 ラーセンが、入り口の隣にかけられている説明書きを読みながら、クロムたちにおおよその構成を伝える。

 初めの部屋は、古代がテーマとなっていた。

 まだ解明されていない古代文字が刻まれた石碑などが、展示されている。

 次の部屋のテーマは中世。

 この地を治める王族の初代の王が登場した頃。

 当時の王が築いた王宮の遺跡から出土した骨董品などが、メインの展示品だ。

 最後の部屋は、ここに砂漠都市が誕生した近世以降がテーマ。

 都市が発展した歴史や、時の施政者の情報が取り上げられている。


「さて、お目当ての魔法陣はどの部屋にあるかしら」


 ラーセンと入れ替わりにオリーブが、説明書きを見ながらつぶやく。

 そして答えを聞くまでもなく、古代の部屋を興味深げに眺めているアンバーの姿が目に入ってきた。

 ふふっ、と微笑むとオリーブは、少しわざとらしくラーセンに問いかけた。


「時間もないし、手分けして探したほうがいいかしらねえ」

「そうだな」

「じゃあ、二手に分かれましょう。クロちゃんたちは古代の部屋、私とラーセンさんは中世の部屋でどうかしら」


 オリーブの提案に、アンバーはわかりやすく首を振る。

 人の機敏に疎いクロムにも、オリーブが気を利かせてくれたことがわかった。


「わかりました。じゃあアンバーちゃん、一緒に探しに行きましょう」

「は、はい」


 そういうと、クロムはアンバーの手を引いて部屋の中へと入っていった。

 古代時代の展示物を前に、期待を隠しきれないアンバーを見送ると、オリーブはラーセンに問いかける。


「珍しく、気が利いていたわね、クロちゃん」

「ああ」

「それじゃあ、こっちのも本命の魔法陣を探しに行きましょうか」

「そうだな」


 そんなやりとりをしながら、ラーセンとオリーブは中世の部屋へと歩を進めた。

 部屋の中は、広い空間になっていた。

 天井も高く、高さのある出土品も展示されている。

 特に決められた順序のようなものもなく、中にいる人たちは、思い思いの出土品の前で足を止めては、前に置かれている説明書きを興味深げに眺めていた。

 ラーセンとオリーブは、展示されている出土品に特に思い入れもないので、端から順番に眺めながらゆっくりと歩き始める。

 当時使われていた、武器、日用品、職人の道具などが並べられているエリアを抜けると、やがて二つの巨大な石碑が、二人の目の前に現れた。

 石碑と石碑はやや離れて配置されており、それぞれの石碑には、模様のようなものが刻まれていた。

 ただし、長年の砂風にさらされていたせいか、模様はやや掠れている。


「これって、魔法陣ですよね?」

「そのようだが、どうも不自然だな……」


 オリーブは、しげしげと魔法陣が刻まれた石碑を眺める。


「どのあたりが不自然ですか、ラーセンさん」

「二つの魔法陣を見て、気がつくことがないか?」

「そう言われても…… 言われてみれば、左の魔法陣は見慣れない感じね」

「そうだな、少なくとも近代魔法や古典魔法のものではない」


 ラーセンとオリーブの二人が話し込んでいると、フロアにいた学芸員の一人が声をかけてきた。


「ご観覧のところ失礼します。お二人はここに刻まれているものが、魔法陣だとお分かりなのですか?」


 学芸員は、やや小柄な男性だった。

 しかし、体つきはしっかりとしており、学芸員というよりは、力仕事が似合いそうな雰囲気を漂わせていた。

 そんな学芸員に、ラーセンが答える。


「やや掠れていてわかりづらいが、おそらく魔法陣だろうということはわかる」


 学芸員はラーセンたちが持っている魔法の杖を見て、二人が魔法使いであることに気づいた。

 並べてある魔法陣を見ながら、学芸員はさらに質問を続けた。


「先ほど、不自然なところがある、とおっしゃられしましたが、具体的にどのあたりが不自然と思われましたか?」

「そうだな。例えば、この石碑の並び方だな」

「並び方、ですか」

「ああ。二つの石碑は、随分と離れて置かれている。まるで、もう一本真ん中にあるべきような感じだ」


 ラーセンが学芸員の疑問に答えると、学芸員は感心したようにうなずいた。

 そして、観覧客に語りかけるように、石碑について説明を始める。


「この石碑は、前回の探索が行われたときに、王宮の遺跡から発見されたものです。配置は、発見当時のままになっています。探索隊の証言によると、二つの石碑の間には、もう一つ石碑が置かれていた痕跡があったそうです」

「やはりそうか」

「はい。ただ、地震か、あるいは何か別の要因により、その石碑は倒れてしまったようです。さらに倒れた際に割れてしまったらしく、現場には破片が散乱していたということです」

「そして、その破片はどうなっている?」

「残念ながら、その時の探索隊のメンバーでは、石碑の破片と元々あった岩との区別ができなかったので、そのままになっています」


 そういうと、学芸員はラーセンとオリーブの方を向き直して、さらに話を続けた。


「ちょうど明日、新たな探索隊が出ることになっています。私もその石碑の識別のために参加する予定なのですが、なにぶん魔法陣についてはそれほどの知識を持っていなく、あの、その……」

「私たちに、手伝ってほしい、ということね」


 魔法陣に詳しい魔法使いを見つけてややテンションの上がった学芸員が、ふとほぼ初対面の人に失礼なお願いをしていることに気づき、言い淀んでいた言葉を、オリーブが口にする。

 学芸員が、しまったなあ、といった表情を浮かべながら、でも乗りかかった船とばかりに言葉を繋ぐ。


「すみません。探索の前日に魔法陣に詳しい方に出会えたと思うと、ついつい気分が舞い上がってしまいました。でも、もしよければ、次の探索にご同行いただけないでしょうか?」


 学芸員の依頼を受けようかどうかラーセンが迷っていると、ラーセンたちが辿ってきた通路をクロムとアンバーがやってきた。

 クロムはラーセンを見かけると、大きく手を振って近づいてくる。

 アンバーはそんなクロムを目で追っていたが、その先にある石碑、そしてそこに刻まれている魔法陣を見かけると、タタタっと小走りに近づいてきた。


 二人がほぼ同時に、ラーセンの元に辿り着く。

 古代の部屋で色々あったのか、二人ともやや興奮気味だ。

 そして同時に、ラーセンに話しかけた。


「師匠! アンバーちゃん、古代文字が読めるんですよ!」

「ラーセンさん、この魔法陣、古代魔法のものですよね?」


 急に現れた二人が、突然想像を超える発言をして、学芸員のテンションがさらに上がる。

 思わず二人の手を取り、こう語りかけた。


「私と一緒に、遺跡探索に行きませんか?」


 急な展開についていけないクロムとアンバーは、ラーセンとオリーブを見る。

 ラーセンとオリーブは、やれやれという感じで、うなずいた。

 それが、クロムたちが遺跡探索に行くことが決定した瞬間だった。


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