隻腕の女会長と海魔 #7
メガロドンとの死闘から、数日が過ぎた。
クロムは、ラーセンたちを連れて、魚河岸を散歩した時に知り合った買い付け人の働く食堂を訪ねていた。
日は沈みかけており、食堂の中は多くの客で賑わっていた。
受付で来店を告げると、厨房から買い付け人が現れた。
「クロムさん、アンバーさん、お待ちしておりました」
「お言葉に甘えて、来ちゃいました」
「来ていただいて、ありがとうございます。お席は用意してありますので、どうぞこちらへ」
通された席は、店の奥にある個室だった。
個室の中には、大きな丸いテーブルと、それを囲むように、椅子が五つ並べられていた。
皆が好きな椅子に座ると、買い付け人が今日の料理について説明を始めた。
「この度は《ラ・カンパネラ》へお越しいただき、ありがとうございます。本日の料理はコースとなっております。飲み物は、テーブルに備えてありますメニューから、お好きなものをお選びください。何かありましたら、入り口にいる給仕まで、何なりとお申し付けください」
説明を終えると、買い付け人は軽く頭を下げた。
クロムとアンバーは、朝の魚河岸で無造作にシーサーペントの切り身を切り出した姿を見て、気軽で気の置けないお店だと思っていた。
しかし案内された部屋が、想像の数倍は立派なお店だったので、ちょっと緊張気味だ。
アンバーは、抱えるように愛用の魔法の杖を持ち、微動だにせず座っている。
クロムも、落ち着きなく、膝の上で両手を握っては離してを繰り返す。
オリーブは、そんな二人を、おもしろそうに見つめながら、手慣れた手つきでコップに注がれている水を飲む。
そして二人に話しかけた。
「もう。誘ってくれた方がそんなに緊張して、どうするのよ」
「だって、こんなに立派なお店とは想像してなくて……」
「いいじゃない、立派なお店なら、きっと美味しい食事が楽しめるわ。ね」
そういうとオリーブは、買い付け人の方を向いて目配せをする。
買い付け人はニコリとして答える。
「はい。皆さんのおかげで、港の安全は保たれて、私は立派なシーサーペントを手に入れることができました。これはささやかなお礼になります。肩肘張らずに、料理を楽しんでいただければと思います」
「ほらね。こう言っていただいているので、今日は存分に料理を楽しませてもらいましょう」
そう言われると、クロムもこの雰囲気に少し慣れてきた。
アンバーと一緒に、最初に頼むドリンクを選び始める。
買い付け人は、空いている椅子を軽く見て、クロムに問いかけた。
「お連れ様がまだ到着されていないようですが、いかがなさいましょうか?」
「あ、フォルラーナさんは少し遅れるので、先に始めていて欲しいという伝言をもらっていたんだった。始めてもらっても良いでしょうか?」
「かしこまりました。それでは、少しゆっくりとお食事を用意いたします」
そういうと、買い付け人は部屋を出ていった。
少しのちに、頼んでいたドリンクと前菜が来ると、緊張が解けてきたクロムは、アンバーと話し始める。
アンバーは、クロムたちがフォルラーナと一緒にメガロドン退治に出かけている間、オリーブと一緒に港を回っていたらしい。
そして何人かの漁師から、古代魔法に似た詠唱を唱える魔法を教えてもらうことができたようだ。
オリーブはラーセンから、メガロドンの生態や習性について詳しく聞いていた。
会話が弾み始めた頃、入り口からフォルラーナが入ってきた。
「すまない、遅くなった」
「大丈夫です。ちょうど始まったところです。座られたら、ドリンクを頼んでください」
遅くなったことに対する謝罪に対して、クロムは気にしていませんよと伝える。
フォルラーナは、ドリンクメニューを見ることなく、グラスの白ワインを注文する。
一礼して部屋を出た給仕を見て、クロムはもしかしたらとフォルラーナに聞いてみる。
「もしかして、ご存知のお店でしたか?」
その質問に対して、フォルラーナは軽く頷く。
「ああ。この店は港にある食堂の中でも、一二をあらそう人気店。私も時々利用させてもらっているよ」
「そうだったんですね。よく利用するお店で、よかったですか?」
「もちろんだ。むしろ、ここしばらく忙しくてなかなかこの店に来れなかったので、今回は大義名分を持って来れたことを、心から感謝しているよ、クロム殿」
褒められた格好になったクロムは、照れ隠しで前菜に手を伸ばす。
フォルラーナは、届けられたワインを一口飲むと、手元のカバンから一冊の日記帳を取り出して、ラーセンに手渡した。
「ラーセン殿。頼まれていた日誌の写しだ。これを作る時間が欲しかったので、少し遅れての食事会となってしまった。申し訳ない」
「いや。こちらで要所を写すつもりだったので、写本をいただけるとはよもや思っていなかった。大変助かる」
フォルラーナがラーセンに手渡した日誌を、クロムは興味深そうに見つめた。
そしてラーセンに質問する。
「師匠。その日誌は……」
「これは、かつてこの地を訪れた魔法使いが残した日誌だ」
「魔法使い?」
「ああ。今から三百年ほど前のものになる」
「三百年! ちょうど近代魔法が確立し始めた頃ですね」
「そうだ。その頃だと、まだ古典魔法や古代魔法も、日常的に使われていたらしい」
古代魔法と聞いて、アンバーもそっと話の輪に入ってくる。
ラーセンは、話を続ける。
「この日誌の持ち主は、三つの魔法が等しく使われていた時代に、それぞれの魔法をどう組み合わせるかということに、心血を注いでいたらしい。この魔法使いの足取りを追えば、今まで発見されていない魔法理論を見つけることができるのではないかと思っている」
珍しく饒舌に話したラーセンは、ジョッキに入ったエールを飲み干すと、空になったジョッキをテーブルに置いた。
それに合わせるかのように、給仕が料理を持って部屋に入ってきた。
「本日のメイン料理、シーサーペントのポワレでございます」
そういうと、給仕は一皿一皿、各メンバーの前へと並べる。
クロムとアンバーは、魚河岸で食べたシーサーペントの炙り焼きを思い出して、ごくりと唾を飲み込む。
全員に行き渡ったことを確認すると、クロムは待ってましたとばかりに、ナイフで切り分けたシーサーペントを口にする。
瞬間、あの魚河岸で食べた歯応えのある身が、口の中で弾ける。
さらに今日は、かけられているソースの絶妙な味が、口いっぱいに広がる。
クロムは食べながら、思わず笑みをこぼしてしまった。
数切れ食べたところで、周りを見渡すと、他のメンバーもシーサーペントのポワレの美味しさに、驚きを隠せていない様子だった。
オリーブは一切れ食べると、手元のナプキンで上品に口を拭う。
クロムが、どう? という感じで感想を求めてきたので、食べた切り身の味を思い出しながら答える。
「いろんな魚料理を食べてきた中で、これは確実に美味しい部類に入る料理ね」
「魚河岸で食べた時も美味しかったけど、今日の料理はとっても手が込んでいて、すごく美味しい」
「こんなに美味しいなら、あたし、この港にとどまって、定期的にシーサーペントを退治しちゃおうかしら」
「でも、メガロドンは退治しちゃったから、港の近くには現れませんよ」
「残念〜。じゃあ代わりにクロちゃんが、シーサーペントを港まで追いやってちょうだい」
「私はメガロドンじゃないから、そんなの無理です。それに、そんなことができるなら、自分でやっつけて食べちゃいますよ」
「独り占めってこと?」
「食べたかったら、オリーブさんもお得意の魔法でやっつけちゃってください」
「いやよう。海は酔うから。それに、誰かが取ってきて作ってくれるから、料理は美味しいの」
ラーセンは、楽しくおしゃべりをしているクロムたちを見ながら、ゆっくりと食事を楽しんでいた。
そんなラーセンを見て、フォルラーナはふと、船の上でのラーセンの立ち回りを思い出していた。
あの時無傷で済んだのは、その時のラーセンの行動にあると思ったフォルラーナは、ラーセンに問いかける。
「ラーセン殿。先日のメガロドン退治では、世話になった」
「頼まれたことをやったまで。礼を言われるほどのことではない」
「あの時のことについて、ひとつ聞かせてもらいたいことがあるのだが、良いだろうか」
そういうと、フォルラーナはラーセンに目線を向ける。
若くして会長となり、他人から意見をもらう機会が減ってしまった。
しかし、時には他人の意見を聞きたくなる時もある。
立場上、それができる人はなかなかいないのだが、危ないところを助けてくれたラーセンなら、それが適任なのでは、とフォルラーナには思えた。
「私がメガロドンに対してモリを投げた後の危機を、貴殿はまるで予期していたかのように、救ってくれた。貴殿は、あの時何を見て、あのような行動ができたのだろうか?」
その質問は、ラーセン自身の昔のことを思い出させた。
それは、クロムの担当教官であるシノクサと旅をした時のこと。
そして、シノクサとの旅を終わらせるきっかけとなった出来事。
しばし目を閉じて、その出来事を思い起こすと、半分ほどは独り言のように話し始めた。
「……かつて、今のメンバーではないパーティーで、旅をしていたことがあった。いろいろなことがあった旅だったが、基本的には楽しい旅だった。しかしそんな俺たちに、危機が訪れた」
「ふむ」
「どんな危機だったかは長くなるので説明は省く。ただその時は、どうやってその危機を脱するか、それが最優先課題だった。そして俺は、仲間を助けるために最善と思われる策を実行した」
「……」
「なんとか危機は脱することができたが、その後、パーティーメンバーと口論になった」
「全員が無事助かったのに、か?」
「ああ。その時彼女には『自分の命の順序は、絶対に下げるな』と言われた」
その言葉を口にした時のシノクサの悲しげな表情は、今でも忘れられない。
「命の順序、か」
「天幕で作戦を聞いたり、船上で戦況を確認したりするときの話しぶりから、その時の自分の考えに近いものを感じた。つまり、自身の命よりもメガロドンを退治することのほうが、優先度が高いと考えているのではないか、ということだ」
「なるほど……」
ラーセンに指摘されて、フォルラーナは確かに作戦の遂行において、自身の命や安全については、疎かになっていたと気付いた。
「メガロドンの倒し方については、緻密に作戦が立てられていたが、倒した後のことはあまり検討されていないように、俺には思えた。だから何か起きるとすれば、メガロドンを倒した瞬間だろう。そう予測していたというのが答えだ」
ラーセンの返答を聞いて、フォルラーナはようやくあの時の自分を客観視することができるようになった。
自分の左腕を奪ったメガロドン。
そしてそれが、自分が治める港の安全を脅かしていること。
そのような事柄が、自分の命は大事である、というシンプルな事実を覆い隠してしまっていたということを。
フォルラーナは、自らの若さに気がつくと、少しだけ自重気味に笑った。
そして、もう一度ラーセンに向き合うと、頭を下げた。
「金言をいただいたこと、感謝する」
「いや、それほどのものではない。俺に言われなくても、きっと自ら気づいていただろう」
そういうと、ラーセンはシーサーペントの切り身を口にする。
見事な味付けに、思わず笑みがこぼれる。
「確かにうまいな」
「そう思えるのも、生きているから、か」
「そうだ、生きているからだ」
フォルラーナも笑みを浮かべながら、食事を再開する。
ふとクロムは、そんな二人の間にただよった、何やら不思議な雰囲気に気がついた。
一体何があったのだろうと思ったが、二人が笑っていたのできっといい話をしていたのだろう、と自身の中で結論づけた。
そこに、給仕が最後のデザートを持って、部屋にやってきた。
美しく盛り付けられたデザートを見て、クロムとアンバーは思わず声を上げる。
そして一口食べたところで、一瞬でそのデザートの虜になってしまった。
幸せそうにデザートを食べる二人。
そしてそれを面白そうに眺めるオリーブ。
三人に悲しい顔はさせられない。
そのためにも、自分の命は決して軽く扱わない。
ラーセンの胸中には、改めて、自身の命を軽んじないという思いが、湧き上がったのだった。




