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不格好な魔法の杖を持つ男との出会い #3

 街の東の門を抜けると、クロムはポルカのいる草原に向かって歩き始めた。

 肩からかけたカバンには、ブーレからもらったサンドイッチの入ったバスケット、お茶の入った水筒、そしてピクニックブランケットがしまわれている。

 魔法のカバンなので、多少揺らしても中身に影響はないのだけれど、それでもサンドイッチが崩れないようしっかりとカバンを押さえる。


 街から伸びる街道は、隣の街へと続いていた。

 商売のために街を行き交う商人は多く、街道には彼らのひく馬車がスムースに進めるよう石畳が敷かれている。

 昼から立つ市場に店を出す商人が多いのか、普段よりも多くの商人たちが、クロムとは反対方向に進んでいく。


(市場が立つなら、今日の夜は屋台で食べ歩くのも悪くないなあ)


 そんなことを思い浮かべながら、クロムは歩いていく。


 街から近い街道の脇には、小麦畑が広がっている。

 秋に蒔かれ芽吹いた種は、厳しい冬を過ごしたのち、暖かな春を迎え丈を伸ばしていた。

 もうすぐ若い穂が出てくるであろう小麦たちは、春風を受けてさやさやと葉を揺らしている。


 かすかに、鳥の鳴き声がする。


 のどかな風景に心を癒されながらしばらく歩くと、分かれ道にやってきた。

 このまま真っ直ぐ街道を進むと、やがて隣町に到着する。

 しかし、クロムは街道を外れ、草原へと続く小道を進んでいく。


 石畳ではなくなったが、それでも歩きやすく小道は整備されている。

 それは、この先の草原が、ピクニックに適した場所として、街に人たちによく利用されているからだ。

 そのため、街から離れていてもほとんど危険なことに遭遇することはないのだ。


 さらに歩いていくと、遠くにうっすらと森が見えてきた。

 草原は、この森を抜けた先にあるのだ。

 森の入り口に差し掛かると『この先、魔獣出没注意』と書かれた看板が立てられていた。


(魔獣ねー。こう書いてあるけれども、実際に出会った人はほとんどいないんだよね)


 ジュリアード魔法女学園に入学してから、休みの日には時々草原に出かけている。

 しかし、今まで魔獣は気配すらも感じたことがないのだ。

 取ってつけたような看板に「まあ。一応。念のためね」というお役所仕事的な雰囲気を感じ取ってしまうのだ。


 勝手知ったる森の道を歩いていると、クロムはふと道はずれにある建物に気づいた。

 今までもそこにあったのだろうが、意識していなかったので、目に入っても気づかずに通り過ぎていたのだろう。

 足を止めて、建物をじっと見る。

 屋根の上に小さな尖塔があり、どうやら小さな教会のように思える。


(あれが、ブーレさんが話していた、旅人さんが何かを探そうとしている教会なのかな)


 そんなことをふと思い出す。

 けれども、今はブーレの代わりにポルカに会いにいって、一緒にサンドイッチを食べるという大切な目的がある。


(教会にはあとで寄ればいいか。まずはポルカちゃんを探さないとね)


 そう決めたクロムは、再び草原に向けて歩き始めた。


 森を抜けると、ようやく草原に辿り着いた。

 すでに何組かの先客がいて、思い思いの場所にピクニックブランケットを敷いていた。

 それなりに広いが、さえぎるものもないので見通しも良い。

 そのため、草原の奥の方でしゃがみ込み、花を摘んでいるポルカをすぐに見つけることができた。


「ポルカちゃーん」


 手を振って呼びかけると、ポルカも気づいたらしく手を振りかえす。


「クロムお姉ちゃーん!」


 クロムは小走りにポルカのところへと近づいていく。

 ポルカのすぐそばまでやってくると、ポルカが、あれっ、と言う顔をして質問してくる。


「お母さんは?」

「ブーレさんは、食堂の仕事が忙しくなりそうなんだって。だから、頼まれて代わりに私がやってきたの」

「やったあ」


 どうやら今日は、クロムがポルカの遊び相手になってくれるらしい。

 そう理解したポルカは、無邪気によろこぶ。

 そんなポルカを見るクロムも、また嬉しい気分になった。


「お姉ちゃん、何して遊ぶ?」

「ポルカちゃんは、何をしていたの?」

「お花を摘んでた。お花の冠を作ってお母さんにプレゼントしたいの」

「いいねえ、私も手伝っていい?」

「うん!」


 そんなやりとりをして、クロムは草むらに腰を下ろした。

 一心不乱に花を摘んでは繋げていくポルカを眺めながら、クロムも同じように花の鎖を作っていく。

 茎の根本から花を摘み、その茎でくるりと輪を作ると、すでに出来上がっている鎖を通していく。

 しばらくその作業を続けていると、花の鎖はそこそこの長さになる。

 仕上げに、最後に摘んだ花で鎖の最初と最後を結びつけたら、かわいい花冠の出来上がりだ。

 クロムは、出来上がった花冠をポルカに見せて、尋ねる。


「ポルカちゃん、どう?」

「わあ、素敵。クロムお姉ちゃんは、魔法だけじゃなくて、お花の冠を作るもの上手」

「えへん」


 クロムは立ち上がると、わざとらしく咳払いをする。


「これは、いつも可愛いポルカちゃんへ、私からのプレゼント」

「え、いいの」

「もちろん。ちょっと頭を下げて」


 そう言われてポルカは、ちょっと恥ずかしそうに頭を下げる。

 その小さな頭に、クロムは今作ったばかりの花冠を被せてあげる。


「はい、もういいよ」

「似合ってる?」

「もちろん。お花の国からやってきた、妖精さんみたいに可愛いよ」

「わあい」


 ポルカは立ち上がると、手を広げてくるりと一回転する。

 それに合わせて、履いているスカートがふわりと広がる。

 お世辞抜きでも、ポルカは十分に可愛らしかった。


「ポルカちゃんのも、ほとんど出来上がっているみたいだね」

「うん」


 ほぼ出来上がったポルカの作る花冠を見て、クロムは今日のメインイベントと言っても良いお昼ご飯の時間にしようと、ポルカに話しかける。


「ところで、そろそろお腹が空かないかな? ブーレさんからサンドイッチを預かっているから、一緒に食べよう」

「クロムお姉ちゃんが、お腹が空いたんでしょ」

「わかっちゃった?」

「もちろん。なんと言っても、食いしん坊のクロムお姉ちゃんだもんね」

「ポルカちゃんは?」

「私も、ぺっこぺこ!」


 お互いの状況を把握したあとで、クロムは魔法のカバンの中からピクニックブランケットを取り出す。

 ばさっと一回振ってから、ふんわりと草むらに置く。

 そして、二人がくつを脱いでその上に乗ると、クロムは魔法のカバンからサンドイッチの入ったバスケットを取り出した。

 バスケットを開くと、ふわふわのいり卵を挟んだもの、ベーコンとトマトを挟んだもの、様々な具材が挟まれたサンドイッチが彩り豊かに並べられていた。


「じゃあ、食べようか」

「はあい」


 そういうと、二人はサンドイッチを食べ始めた。

 クロムはもちろんだが、ポルカも意外とパクパクとつまんでいく。

 初めは遠慮がちに食べていたクロムも、下手をすると自分の分がなくなってしまうのではと、負けずに食べていく。

 もちろん、そんな二人の食べる量などお見通しのブーレなので、気がついたら二人ともお腹がいっぱいになっていた。


 水筒を取り出して、お茶で口をうるおしていると、ポルカがクロムに話しかけてきた。


「ねえ、クロムお姉ちゃん」

「なあに」

「クロムお姉ちゃんは、なんで魔法の学校に通っているの?」


 他愛もない質問だけれども、あらためて聞かれると、あれ、なんでだっけ、と疑問に思う。

 そしてクロムは、ジュリアード魔法女学園に入学することになった経緯を思い出す。


 クロムの生まれた村は、街からはだいぶ離れたところにある。

 クロムの両親は、その村で小麦や野菜を育てている、普通の村人だった。

 幼い頃のクロムは、よく食べて、よく遊び、風邪もひかずにすくすくと育っていった。


 少し大きくなると、クロムは村の少し外れたところにある薬屋に足繁く通うようになる。

 そこには、魔法で薬を作る魔法使いのおばあさんが住んでいた。

 優しいおばあさんで、クロムが顔を出すたびに、薬や魔法のことを色々教えてくれていた。


 ある日、おばあさんが貸してくれた魔法の本を読んだあと、見様見真似で描いた魔法陣から小さな炎が立ち上がった。

 実は魔法陣は、描いただけで発動するものではない。

 一定のバランスと、正確な線、それらが組み合わさったときに、初めて発動するのだ。

 それを見ていたおばあさんは、クロムに魔法の才能があることを見抜いた。

 そしてクロムの両親に、その才能を伸ばすことを勧めたのだ。


(あの頃は、村一番の才女なんて、呼ばれてたわね)


 両親は魔法陣を扱うクロムを見て、出来うる限りの機会を与えてあげようと決めた。

 初めは、クロムの才能を見抜いた魔法使いのおばあさんにクロムを預けた。

 そして、少しクロムが大きくなったら、隣町にある初学者向けの魔法学校に入学させた。

 その学校を卒業すると、次の段階の魔法学校に。

 いずれの学校も、クロムは特待生として、入学料や授業料を免除してもらっていた。

 そして、とうとう国一番の魔法学校であるジュリアード魔法女学園に入学したのだ。


 クロムは、魔法が好きだった。

 スクロールを読んで魔法陣を覚えるのも好きだったし、覚えた魔法陣を発動させるのも好きだ。

 好きだから勉強して、勉強するから上達する。

 その好循環を、ずっと回し続けてきたのだ。


 しかし、学んだその先に目指すものがあるかというと、実はそういう確固とした目標はない。

 ただ、魔法使いとして大成すれば、ここまで育ててくれた両親に恩返しができる。

 それが、クロムが魔法を勉強する、ささやかな原動力なのであろう。


 急に考え込んでしまったクロムを見て、何か変なことを聞いてしまったのかとポルカが心配そうに見つめる。

 そんなポルカに気づくと、クロムはあわててにっこりと笑顔を作る。

 そして、聞かれた質問に答える。


「立派な魔法使いになって、故郷の両親に恩返しするためかな」

「ふーん」


 別に変なことは聞かなかったとわかったポルカは、返事を聞いて安心する。

 そして、クロムにこう答えた。


「お姉ちゃんなら、きっと国一番の魔法使いになれるよ」

「……ありがとう。頑張るよ」


 現実は、クラスメイトとのユニゾン効果がうまくだせず悩んでいるのだが、ポルカに励まされて少し元気が出てきた。

 最後のお礼は、クロムの本音でもある。


「お母さんへのプレゼントもできたし、お腹もいっぱいになった。そろそろ帰ろうか」

「うん」


 クロムは、ポルカの作った花冠を魔法のカバンに入れると、ポルカの手を引いて街に帰ることにした。

ポルカちゃんは、お母さん似です。

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