隻腕の女会長と海魔 #5
真っ白な海鳥が、お互いを呼ぶかのように鳴き合いながら、青空高く群れをなして飛んでいた。
空と同じくらい青い海が、朝方の夏の陽の光を反射してキラキラと輝く。
その海につながる港には、水兵団の所有する船団が、勢揃いしていた。
(召集の命があって来てみたが、こりゃあ全兵が集まっているな)
(この港湾にシーサーペントが現れたってことは、そろそろか)
(離れたところにいる、あの男と少女は何者だ?)
桟橋が連なる港の広場には、ほぼ全ての水兵団が集められていた。
彼らはヒソヒソと、召集された理由などについて話し合っていた。
少し離れたところにある天幕の入り口が開くと、中からフォルラーナが出てくる。
カツカツと靴音を響かせると、正面に用意された台の近くまで行き、そのまま台上に登る。
水兵団の方を振り組むと、つけていたマントがばさりとはためいた。
「傾聴!」
台の横に立つ補佐官が号令をかけると、水兵団は一斉に直立不動の体制を取り、フォルラーナの言葉を待つ。
フォルラーナは、一呼吸おくと、訓示を行い始めた。
「勇敢にして忠実なる、我が水兵団よ。貴君らの、この港における安全確保のための日々の活動に対し、まずは謝意を示したい」
その言葉を合図に、全員の水兵が敬礼のポーズを取る。
一呼吸おいてフォルラーナが頷くと、全員の手が下ろされる。
下ろした手が体に打ち付けられ、乾いた音を立てる。
その音が静まると、フォルラーナはさらに言葉を繋ぎ始めた。
「すでに周知のことだが、ここ最近海魔の動きが活発化している。港近くの内海に、シーサーペントが現れたことは、貴君らもよく知るところである。漁場の被害も甚大であり、もはやこのまま看過できる状況は、過ぎ去ってしまった……」
訓示を続けるフォルラーナを、クロムは水兵団の横から眺めていた。
突然、横に並んでいる兵たちが敬礼をした時はびっくりしたが、一糸乱れる姿を見ると、非常に頼もしく見えてくる。
これだけ勇猛そうな兵たちをまとめて上に立つだけでも、フォルラーナが持つ、上に立つものとしての威厳を感じずにはいられなかった。
そして、さらに続くフォルラーナの演説に聞き入っていた。
「……我々はついに、この異変を起こしている場所を特定することができた。そこは、この港で働く漁師たちの間で、好漁場として知られている海域だ。しかし残念ながら、そこに何がいるかまでは、つかめていない」
そう言うと、フォルラーナは拳を天に突き出した。
「しかし私は、貴君らの日々の鍛錬を見て確信をしている。いかなる困難があろうとも、必ずやその原因を取り除き、豊かな漁場を取り戻せると言うことを!」
「おおーー!!」
力強いフォルラーナの激に対して、水兵団から鬨の声が上がる。
大きな声が波のように引いたところで、フォルラーナはラーセンとクロムを一瞥する。
そして突き上げた拳を下ろすと、その手を二人に向けて差し出した。
「さらに、今回は力強い援軍もある。先のシーサーペント討伐において、強力な魔法で我らを助けてくれた、ラーセン氏とクロム嬢だ」
再び鬨の声が上がると、ラーセンは予期していたかのように、フォルラーナに対して軽く会釈を行う。
突然振られてドギマギしていたクロムも、ラーセンにならって頭を下げた。
「もはや我らに負けはない。一刻も早く平穏な暮らしを取り戻せるよう、貴君らの働きに期待するものである」
そう言い放ったフォルラーナに対して、再度水兵団が敬礼を行う。
つられて、クロムも見よう見まねの敬礼を行なってしまった。
それを見たフォルラーナは、小さな笑みを浮かべて、天幕へと戻っていった。
それからは部署ごと出港の準備が始まる。
ラーセンとクロムは、すれ違う水兵たちから、手を振られたり、声をかけられたりする。
先のシーサーペントの討伐に参加していたものも多く、すでにその実力の程は知られていた。
気負いなく挨拶を返すラーセンの横で、クロムはなんとなく申し訳なさそうに佇んでいた。
そんな二人の元に、ラーセンからの伝令がやってきた。
出港前に話があるので、天幕まで来てほしい、というフォルラーナの言葉を受けて、二人は天幕の前まで移動した。
「お二人をお連れいたしました」
伝令の報告を受けると、フォルラーナは二人を天幕に招き入れた。
天幕の中では、フォルラーナをサポートする数名の補佐官が、慌ただしく書類や備品の整備を行なっていた。
フォルラーナは、二人に対して、用意してある小さなソファに座るよう伝える。
ラーセンとクロムがソファに座ると、そのソファに対峙するように置かれていた椅子にフォルラーナも座った。
「さて、先ほどは突然二人の名前を出してしまい、申し訳なかった」
フォルラーナが軽く頭を下げると、クロムは恐縮して返事をする。
「そんな、謝ってもらうようなことではないです。ちょっとびっくりしましたけど」
「それならばよかった」
「水兵の皆さんはすごく強そうですし。私たちはあまり出番がなさそうですね」
「出番があったほうが良かったか?」
何気ない挨拶にフォルラーナが突っ込むと、クロムは慌てて否定する。
「いや、まさか。私たちの出番はないほうがいいです。ね、師匠」
「まあ、ないには越したほうが、良いな」
ボソリとラーセンが答える。
その返事を聞いて、クロムは多少安堵した様子を見せる。
ただ、ラーセンは気づいていた。
出発前に、フォルラーナが大袈裟なほどの弁舌を振るった理由を。
おそらく、フォルラーナの中で今回の問題を解決するストーリーは、完全には出来上がっていない。
想定外の事態が発生する可能性もある。
そのような時でも、水兵たちが普段以上の力を発揮できるよう、皆を鼓舞するような演説を行なったのだろう、と。
(知らないほうが良いこともある、か)
余計な不安を煽らないように、クロムにはあえて細かいことは伝えないでおこうと、ラーセンはその予想を胸の内に秘めておいた。
天幕からラーセンとクロムが出ると、ちょうど一番船が港を出るところだった。
そして後続の船も、続々と準備を済ませて港を出ていく。
「我々も、乗り込むぞ」
「はい、師匠」
ラーセンとクロムは、フォルラーナら指揮官が乗る後詰の船に同乗することになっていた。
船から降ろされた階段を上ると、甲板では、水兵が忙しなく行き交い、帆の操作や装備の手入れを行っていた。
クロムは、物珍しそうに辺りを見渡す。
すると甲板の中央に、ひときわ大きなモリが、いくつも備え付けられていることに気がついた。
興味深げにクロムが眺めていると、後ろから声をかけられた。
「このモリが気になるか?」
声の主は、フォルラーナだった。
クロムは不意に声をかけられて少し驚いたが、フォルラーナの方を振り向いて返事をする。
「あ、はい。ものものしいモリだなあと」
「確かに、ものものしいな。ただ、この海域に生息する海魔は、この前のシーサーペントのように、巨大なものも多い。そのため、どうしてもこのように大きめのモリが、戦闘時にはよく使われる」
「なるほど」
フォルラーナはモリの方へ歩み寄ると、その一つを手に取った。
その感触を確かめるかのように、軽く上下に動かす。
そして、特に違和感を感じなかったモリを、元の場所に丁寧にしまった。
「ただ、この船のモリは、普段は使われることはない」
「というと?」
「大抵の場合は、前を行く船で獲物を仕留め切るからだ。逆に言えば、このモリが使われるということは、獲物が強大で、総力戦になっているということになる」
「できれば、そんな状況にはなってほしくないですね」
「ふっ、そうだな」
クロムの率直な感想に、フォルラーナは軽くうなづいて返事をした。
ただ、今回はおそらくよく知った海魔が相手になるだろう、とフォルラーナは予想していた。
もしその予想が正しければ、このモリを使うような状況になるだろう。
その海魔との戦いを思うと、普段は気にしない左腕の不在が気になるのだった。
良い風が吹いていたため、縦二列に並んだ船団は、今回の目的地である漁場に予定よりもやや早く到着することができた。
太陽はだいぶ高くまで上り、気温はだいぶ暑くなって来ていた。
先頭を行く船のマストにある見張り台では、滴る汗を腕で拭いながら、監視役の水兵が望遠鏡で海面を監視していた。
程なく、進行方向のやや右手の海面に、不気味なヒレを持つ海魔を発見した。
「右舷前方に、目標を発見! メガロドンと思われます!」
監視役の水兵が、報告をする。
それを受けた伝声役の兵士が、伝声用の魔具を用いて全船に今回の目標を発見したことを伝える。
その報を受けたフォルラーナは、やはりやつか、と小さく呟く。
メガロドン。
背中の大きなヒレと、鋭い歯が並ぶ大あごが特徴の、海魔。
肉食で気性は荒く、近づくものは魚だろうと海魔だろうと、襲いかかってはその大あごで噛みつき、息の根を止めてしまう。
この海域では相対できるものがいない、まさに頂点に立つ海魔だった。
フォルラーナは、一旦目を閉じ、これから起こるであろう戦闘をイメージする。
イメージが終わると、目を開き、伝声用の魔具を通じて、全船に指示を出す。
「目標を発見! これより討伐作戦を開始する! 戦型はこのまま。対象に向かって前進。対象に近づいたら、矢とモリを放ちつつ、左右に展開。そのまま側面から攻撃をしつつ、次の船も同様に正面攻撃からの左右に展開を行う」
フォルラーナの指示を受けて、甲板上の水兵たちがテキパキと準備をする。
それを見ていたクロムだったが、いまいち作戦の内容を理解できず、ラーセンに問いかける。
「師匠。師匠はどんな作戦が立てられたかわかりますか? 私たちはどこで待てばいいでしょうか?」
ラーセンは、おおよそフォルラーナの作戦の構造を理解していた。
その内容を、わかりやすくクロムに説明する。
「挟み込みだ」
「はい?」
「縦二列に並んだ船が、海魔めがけて進んでいく。攻撃しながら左右に開き、海魔を挟み込む。そして側面からさらに攻撃を行う」
「なるほど」
「もし列が最後まで開き切ってしまったら、この船の出番だ。なので我々は、このモリの少し後方で、戦闘の邪魔にならないよう待機していよう」
「了解です」
十分に距離が近づいたところで、フォルラーナが指示を出す。
「攻撃開始!」
その言葉と共に、弓矢がメガロドンめがけて放たれた。




