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不格好な魔法の杖を持つ男との出会い #2

 目を覚ましたクロムが窓を開けると、気持ちのいい朝の空気が部屋の中に流れ込んできた。

 寝巻きのまま、洗面台に向かう。

 水栓を捻ると、蛇口から勢いよく冷たい水が流れ出す。

 水栓と蛇口には、生活魔法の一つである水の流れをコントロールする魔法が封じ込まれた『魔具』と呼ばれる装置がつけられている。

 この魔具があれば、いちいち部屋を出て井戸まで水を汲みに行かなくても、自由に水が使えるのだ。


 冷たい水で顔を洗い、うがいをすると、洗面台につけられた鏡を見る。

 そこにはもう、昨日の嫌な気分が綺麗さっぱり消えた、いつもクロムの笑顔が映っていた。


(んー、気持ちのいい朝。絶好のお出かけ日和ね)


 そう呟くと、クロムは出かける用意を始めた。


(今日は天気もいいから、街の外まで足を伸ばしたいわね。動きやすい服に着替えて……)


 そう言いながら、クローゼットの中にかけてある私服を物色する。

 実際のところ、平日はほとんどを学園で過ごすため、一日中制服を着ている。

 学園でもやや浮いているクロムには、休日に一緒にお出かけするクラスメイトもいない。

 そのため、街中のおしゃれなお店に来ていくような服も、必要がないので用意がない。

 結果的に、クローゼットには、着やすくて動きやすい服しか入っていないのだ。


 その中でも、比較的気に入っているハイネックのブラウスに袖を通すと、肩から斜めにかけるタイプのカバンを取り出す。

 年季の入ったこのカバンは、ジュリアード魔法女学園に入学するために村を出るときに、クロムの母親が渡してくれたものだ。

 『魔法のカバン』になっているらしく、カバンの口さえ通れば、見た目よりたくさんのものを入れることができる、便利なカバンだ。


 部屋の鍵を閉めて、階段を降りると、すぐ隣にある窓口から厳格そうな女性の声が聞こえた。


「おはようございます、クロムさん」


 彼女の名前はマズルカ。ここの寄宿舎の世話係を長く務めている寮母だ。

 初めて一人暮らしをするクロムのような世間知らずの寮生たちに、あれやこれやと世話を焼いてくれる良い人だ。

 ただし、規則には厳しい。

 課題が終わらずに、連絡なしで夜中に帰った時には、クロムはこっぴどく怒られている。

 それも、寮生たちを心配する優しさの裏返しなのだと、クロムは理解している。


「こんなに早くから、お出かけですか?」

「はい。朝ごはんを食べに、小夜亭に行こうと思ってます」

「小夜亭。いいですね。私も若い頃はよく通っていました」

「じゃあ、昨日も食べにいってたんですか?」


 クロムのわざとらしいご機嫌取りの言葉に気づくと、マズルカは咳払いをして、伝えるべきことを伝え始めた。


「あまり笑える冗談ではありませんね。それよりも、食事を終えたらそのまま出かけるのでしょう。予定をきちんと書いておくように」

「バレたか」


 休日に出かけるときは、出かける先と帰宅時間を寮母に報告するのが、この寄宿舎の決まり。

 きっちりした予定を決めていないクロムは、行き先は「街の外のどこか」、帰る時間は「暗くなる前」と記した。


「あいかわらず、雑な予定ですね」

「いえいえ、大変立派な予定だと思いますよ」


 何か言いたいところだけれど、言っても無駄かと、マズルカは代わりにため息をつく。

 クロムの適当さについては、やや諦めの境地に達しているのだ。


「あまり遅くならないうちに、帰ってくるのですよ」


 マズルカはそういうと、クロムに声をかけるために中断した仕事を再開した。

 なんだかんだで、おおむね規則を守るクロムを、マズルカは信頼しているのだ。


 寄宿舎を出ると、目の前の目抜通りを、クロムは歩いていく。

 小夜亭までは鼻歌一つ歌い切るくらいで、ついてしまう距離だ。

 いつもは職人や学生でごった返すこの通りも、休みの朝ともなれば、クロムと同じように外で朝食を食べようとする人くらいしか、歩いていない。


(フンフン、フ〜ン)


 鼻歌を歌いながら閑散とした通りを歩き、まもなく小夜亭に到着した。

 クロムが扉を開けようとすると、その扉がクロムとは反対方向に開き、中から昨日の男が出てきた。

 改めて見ても不恰好な魔法の杖を腕に抱え、もう一方の手に持った大きな地図と周りの景色を見比べている。

 ひとしきり方角を確認すると、男は魔法の杖を眺めるクロムの視線に気づくことなく歩き始める。

 そして二つ目の角を曲がると、クロムの視界から消え去っていった。


(あの先は、東の門か。草原にでも散歩に行くのかな)


 男の行き先をなんとなく想像すると、クロムは小夜亭の扉を開けて挨拶をする。


「おはようございます、ブーレさん」

「あら、クロムちゃん。おはよう。今日も元気だね」


 ブーレは、小夜亭を切り盛りするおかみさんだ。

 小夜亭は宿屋も兼ねているため、食堂はいろんな人でごった返す。

 中には、粗野な振る舞いをする一見さんも現れる。

 しかしそんな輩が少しでも無礼を働こうものなら、あっという間にブーレにつまみ出されてしまう。

 初めてブーレに会った時のクロムは、その貫禄に圧倒されてしまい、スープを一品頼むのがやっとだった。

 ただ、何かと世話ずきなブーレにクロムも次第に慣れてきて、今では些細な悩み事を打ち明けられる数少ない相談相手となっている。


 白パンとスープのセットを頼むと、クロムは窓の外を眺める。

 通りを行き来する人の数が少しずつ増えてくる。

 腰から剣を下げて歩いていくのは、若い剣士。おそらく近くの森で魔獣を狩るのだろう。

 その後に、ガラガラと音を立てて馬車が通りすぎる。あれば、隣町から仕入れに来た商人かな。

 目の前を通り過ぎる人たちを眺めながら、その人たちの生活を想像するのが、クロムの好きな時間なのだ。


 カラーン、カラーン、と教会の鐘が遠くから響き、朝の始まりを告げる。

 今日は市場の立つ日だ。賑やかになるだろう。


「はい、白パンとスープのセット、お待たせ」


ブーレが、焼きたての柔らかな白パンと、まだ湯気の立つ暖かなスープを持ってくる。


「ありがとう。今日も美味しそうだね」

「ああ、旦那の料理は、いつでも美味しいさね」


いつものようにのろけてくるブーレを見て、クロムはふとさっきの男のことを思い出して、ブーレに聞いてみる。


「そういえば、さっき出ていった人」

「ああ、あの大きなカバンを背負った旅人さんね。クロムちゃんの知り合いかい?」

「ううん、知らない人。でもなんだかちょっと気になるの」

「おや、クロムちゃんは、ああいう年上の男性が好みなのかい」


ブーレの突然のツッコミに、クロムは思わず耳を赤くする。


「え、ち、違うわよ。ただ、不思議な魔法の杖を持っているなあ、と思って」

「杖…… ああ、確かに妙に大きい魔法の杖を持っていたねえ」

「何かお話しした?」


 もちろんブーレは、クロムが先ほどの男に好意を持っているなんて、少しも思ってはいない。

 多分、魔法を学ぶものとして、純粋に彼の持っている魔法の杖に興味があるだろうなと、見抜いている。

 それでもせっかくクロムが聞いてくれているので、食事を届けるついでに二言三言ほど話した内容を伝えることにした。


 彼は旅人であり、この街にはつい数日前にやってきたこと。

 歴史に埋もれた過去の遺物を探して集めるのが、旅の目的らしいこと。

 そして、この街の近くにある教会に、その遺物の一つがあるらしいという話を聞いたこと。


「ふーん。そうなんだあ」


 なんとなく知りたいことが知れて満足したのか、クロムは食事を食べ始める。


「それにしても、あんな杖で魔法陣が描けるんだろうかねぇ……」

「確かに、私もそう思ったんだよねー」


 ブーレが率直な感想を述べると、クロムは食い気味に話し始める。

 なんだかんだで、クロムは魔法の話が大好きなのだ。


「あんなに大きな杖じゃ、細かな魔法陣を描くのは難しいと思うんだよね」

「何が難しいんだい?」

「魔法陣はバランスが大事なの。体に合ったサイズの杖を使うことで、精密さを実現できるのよ」

「でも、あんたも魔法陣を正確に描くのに苦労しているって、最近ぼやいていなかったっけ?」


 ブーレに突っ込まれると、クロムは慌てて訂正する。


「違うの。一人なら上手に描けるのよ。他のクラスメイトが描く魔法陣に合わせるのが、難しいっていうこと」


 そんな話をしたら、昨日のモヤモヤがよみがえってきた。


「そんな私の苦労も知らずに、私の胸が大きいから魔法陣が上手く描けないんじゃないの、ってからかってくるのよ」


 そんな愚痴を言うと、ブーレはわざとらしく真面目な顔を作って、クロムをたしなめる。


「あんた。大きい胸っていうのはね、結婚して子供を育てている母親の胸のことを言うんだよ。私から言わせれば、あんたたち若い子の胸なんて、どれも可愛いもんさ」

「えー」


 などと女同士ならではのたわいもない話をすると、思い出したようにブーレがクロムに尋ねる。


「子供といえば、うちの可愛いポルカのことなんだけど」

「そういえば、ポルカちゃんいないですね」

「街外れの草原に遊びに行きたいと言って、朝から出かけているのさ」

「元気だなー」


 ポルカは、ブーレが大切にしている一人娘。

 三年前にクロムと初めて会った時は、よちよちとブーレの後を歩いていたのに、今はすっかり大きくなって、一人でお出かけするまでに成長していた。


「後で私も行くよと言ったんだけれど、店が忙しくなりそうでね。ほら、今日は市場が立つだろう」


確かに今日はいつもに比べると人出が多いだろう、とクロムも同意する。


「よかったら、代わりに見にいってくれないか?」

「特に予定もないですし。いいですよ」

「ありがとう。それじゃあお昼用に用意しといたサンドイッチがあるので、持っていってくれないか? もちろんポルカと一緒に食べてもらっていいから」

「え、ブーレさんのサンドイッチ食べられるの?! すごく嬉しい」


こうしてクロムの今日の予定が、無事決まったのであった。

ブーレさんは、見た目も心も包容力があります。

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