仲間はおかま? #5
「それで、師匠が手にしたノートには、何が書かれていたんですか?」
焼いた肉を口に運びながら、クロムはラーセンに、聞きたいことをズバッと質問した。
「ようやく目が覚めたところだ。まずは食事をさせてくれ」
「食べながらでも話せるでしょ」
起きる時間のズレた二人は、会話もいまいち噛み合っていない。
昨日の洞窟遠征の翌日ではあるが、つい最近まで学生だったクロムは、学校へ登校する時間に間に合う程度に、習慣で早起きをする。
身支度をして、ラーセンがいるはずの隣の部屋の前に行き、扉を叩く。
しかし、洞窟遠征の疲れが出たのか、ラーセンはベッドの中で熟睡をしていた。
一向に返事のないラーセンに痺れを切らしたクロムは、一人宿屋を出る。
目をつけていたパン屋でいくつかパンを買うと、パン屋の前に併設されたオープンテラスで、一人朝食を楽しんだ。
しばらく街中を散歩としてから、宿屋に戻る。
次の目的地に向けて荷造りをしているところへ、ようやく起きたラーセンから昼食に誘われたのだ。
クロムが選んだ昼食の店は、初めてこの街に着いたときに、ラーセンに探してみたらと言われて、クロムが物色していた店の一つだ。
店の中には、いくつものテーブルが並べられている。
それぞれのテーブルには、火魔法の魔具が付いた炉が備え付けられている。
その炉の上に乗せた網の上で肉を焼く、今流行りのタイプのこの店は、多くの客で賑わっていた。
「あのノートに書かれていたのは……」
「師匠、その肉、まだ焼けてません」
「多少焼けてないくらいの方が、俺は好きなんだ」
夜はお酒だけ、朝はベッドで寝ていたラーセンは、そこそこ空腹だった。
肉が焼けるのを待ちきれず、多少赤い肉を食べながら、ノートについて話し始めた……
オリーブの面倒を見ていたおばあさんは、名をアルマンドといった。
アルマンドは、子供時代とても賢かった。
一通りの教育を終えた後も、勉強を続けるために、当時から大きかった、とある国の学校に通い始めた。
その学校にある図書館で、アルマンドは古典魔法と出会った。
古典魔法の奥深さに興味を持ったアルマンドは、その学校を卒業した後も、そのまま学校に残り、古典魔法の研究を続けていたのだ。
「それで、それで?」
自分と似たような生い立ちだと、アルマンドに共感を感じ始めていたクロムは、話の続きを聞かせるよう、ラーセンを急かす。
ラーセンは、ごくりとエールに口をつけると、ノートの内容を思い出しながら話を続ける。
古典魔法に関する研究は、数年続いた。
その間、さまざまな研究成果を世に公開していた。
ある時、アルマンドに、宮廷魔法使いへの誘いが来た。
宮廷にあるさまざまな資料が閲覧できるという話を聞いて、アルマンドは宮廷魔法使いに興味を持ち、そして宮廷魔法使いとして働くことになった。
宮廷魔法使いは、確かに魅力的だった。
十分な給金と、恵まれた研究環境。
アルマンドは、宮廷に入ってからもさまざまな研究を行った。
とても充実した生活が続いた。
幸せな時は、突然破れられる。
ある時、隣国との戦争が始まった。
国境付近の小さな小競り合いのようなもので、宮廷にいる魔法使いが戦地に出るようなものではなかった。
やがて戦争は、アルマンドの国が優勢のまま、休戦することとなった。
平和が訪れたことに、喜びの表情を見せるアルマンド。
しかしその表情は、停戦協定と共に公布された戦争の功労者の一覧に、アルマンド自身の名前が書かれているのを見て、急速に曇った。
彼女の発見したさまざまな研究の成果が、敵国の兵士を殲滅するための魔法攻撃の威力を上げるために使われたと、書かれていたのだ。
古典魔法を決して戦争の道具として研究していたわけではないのに、結果としてそのような使われ方をしてしまった。
そして今後も、宮廷に、そしてこの国にいる限り、そのような役割を期待されるだろう。
アルマンドはその重責に耐えることができなくなり、ついに逃げるようにその国を出奔してしまったのだ。
「そのおばあさまが、若い頃の話ですよね。魔法倫理とか、まだ発達していなかったんですかねー」
「まあ、昔の時代の話だからな」
主に標的を攻撃するための魔法を学ぶジュリアード魔法女学園では、魔法を決して悪用してはいけないという魔法倫理について、繰り返し学ばされる。
それは、どちらかといえば考える前に行動してしまうようなクロムをして、中級以上の魔法を打つことを常に躊躇うくらいに、全ての生徒が備え持つものとなった。
しかしそのような魔法倫理が一般的になったのは、割と最近のことである。
かつては、戦争や争いごとでたびたび魔法が使われ、問題となっていたのだ。
「それで、身分を隠して、ここのスラム街で暮らし、お一人で古典魔法について研究を続けられたんですね」
「そういうことになるだろうな」
「素敵ですね」
「ああ」
二人はそれぞれ、アルマンドに対する畏敬の念を抱いた。
しかしその内容は少しずつ異なっていた。
クロムは単純に、魔法の探究にその身を捧げ、そしてさまざまな成果を残したことに、純粋に感動していた。
しかしラーセンは、宮廷魔法使いとしての地位を得ながら、己の良心を守るために行動したアルマンドの心の強さを讃えていた。
宮廷魔法使いの地位を投げ出すということは、もしかしたら国家への反逆と捉えられて拘束されるかもしれないという可能性も伴う。
しかしその危険性を冒してでも、自らの魔法が人に危害を加えるために使われることを、よしとしなかったのだ。
(俺に、そこまでの意志を貫く力が、あるのだろうか……)
アルマンドと自分を比較して、自分の未来への覚悟を自分自身に問いかけるラーセン。
そんな不安を、クロムの陽気な声が上書きする。
「師匠! 師匠の肉、焦げちゃいます。お腹いっぱいなら、私が食べてもいいですか?」
「ダメだ、それは俺のだ。自分の食べたい肉は、自分で焼け」
「わかりました。すいませーん。この肉、あと二皿追加してください」
この明るさが、将来自分を助けてくれるかもしれないな。
そう思ったラーセンは、フッと笑みをこぼす。
口に肉を加えたクロムは、そんなラーセンが何を考えているのか読み取ることができないのだった。
「フンフン、フーン」
美味しい肉と素敵な話で楽しくなってきたクロムは、鼻歌を歌いながら追加で頼んだ肉を焼いていた。
そろそろ焼けたかなと、狙っていた肉を取り出そうと思った時、突然横からその肉をすくわれる。
えっ、と思って振り返ると、そこにはオリーブがクロムの焼いた肉を皿に乗せていた。
「ちょっと、それ、私のお肉!」
「あなた、まだ油断していたでしょう。このお店では、焼かれた肉はみんなのものなのよお」
「そんなルール、聞いてないです」
オリーブは、遠慮なくラーセンの隣の席に座る。
「遅かったな」
「ちょっと、支度とか挨拶とかに時間がかかっちゃってぇ」
「まあ、出発は明日だからな。今日に間に合えば、特に問題はない」
「はあい」
あっけに取られるクロムを置いて、オリーブは網の上の肉をごっそりとさらう。
空になった網と、クロムの頼んだ肉を口にするオリーブを交互に見て、クロムは何かを言いたげに口をぱくぱくさせる。
「あらあ、何も食べていないのに、お口が動いているわよう。このお肉、美味しいわね」
あっけに取られていたクロムが、ようやく文句を口にする。
「な、なんでオリーブさんがここにいるんですか?!」
「なんでって、明日から一緒に旅をすることになったから、ご挨拶しにきたのよ」
「一緒に? 旅?」
クロムは、今度はラーセンに目を向ける。
ラーセンは、クロムから目線を向けられると、あっと思い出したかのような表情を浮かべた。
「そういえば、まだ話してなかったか」
「初耳です!」
「オリーブのおばあさまに頼まれたからな。一緒に旅をしてやれって」
「そうよう、おばあさまの依頼だから、ラーセンさん快く承諾してくれたわ」
「聞いてません」
「だって、あなたには確認する必要、ないでしょう?」
「……」
言い返せずに口を詰まらせるクロムに、ラーセンが追い打ちをかける。
「まあ、旅の連れは多い方がにぎやかで良い。それにラーセンはこう見えて繊細な近代魔法の魔法陣を描けるし、古典魔法の基本的な知識もある。きっと参考になることがあるぞ」
そう言われてしまうと、もうクロムには反対する理由はない。
渋々ながら、ラーセンが旅の仲間に加わることを承認する。
「でも、師匠の一番弟子は、私ですからね! そこのところ、勘違いしないでくださいよ」
「はいはい、わかりました」
クロムの主張を適当にあしらうと、オリーブは給仕の人に声をかける。
「おねーさーん。こっちにお肉を三皿ほど持ってきてくださる?」
「あ、私も、あと二皿、お願いします」
「ずいぶん食べるわねぇ。食べすぎると、胸が牛みたいに大きくなっちゃうわよ」
「大丈夫です。育ち盛りなので、背が伸びますから」
「育ち盛りではなく、食べ盛りなのではないかしら」
「ほっといてください」
なんだかんだで、いいコンビになりそうだなと、ラーセンは二人を見て思った。
でもそれを口に出すと、きっとまた言い争いになるなとわかっているので、何も言わずにエールを飲み干す。
新たにオリーブという仲間を加えて、クロムとラーセンの旅はより楽しいものになるだろう。
ピラストロに、そしてその仲間たちに、幸在らん事を。
そんなアルマンドの願いが、ようやく叶ったような瞬間だった。
第二章はこれでおしまいです。
次は可愛い少女、アンバーが登場するお話になります。
引き続きお付き合いいただければと思いますl。




