仲間はおかま? #4
クロムたちの目の前に、大きな岩壁が立ちはだかっていた。
「オリーブさん、本当にここであってますか?」
クロムは、オリーブに問いかける。
これもまた、ラーセンが言っていた、動揺させて反応を見る、というものではないかと思ったからだ。
しかし、オリーブも本当に困っているようだった。
「おかしいわねえ、おばあさまの日記では、確かにこの奥にあると書かれていたんだけれども」
「途中で別れ道とかは?」
「なかったわよう。というか、あなたが明かりを持って先頭を歩いていたでしょう」
「すみませんね、カンテラを落とさずに持っているので精一杯で」
クロムとオリーブが小競り合いをしている横を、ラーセンが歩いていく。
岩壁の前までくると、壁を何箇所か触ったり、叩いたりした。
そして振り向くと、ラーセンは二人に告げる。
「この壁の先に、多分空洞がある」
「えっ?」
「この壁は、土魔法で作られたものだ」
この壁は、周りの岩壁にかなり似せて作られていた。
二人には言わないが、この壁を作った土魔法の使い手は、かなり高度な技術を持ったものではないかということにも、ラーセンは気づいていた。
「もしかして、そろそろ私の出番ですか?」
オリーブが次々と魔法を打つのをかたわらで見ていて、魔法を打てないフラストレーションが溜まっていたクロムは、愛用の魔法の杖を取り出すと、岩壁に向けてビシッと構える。
だが、そんなクロムに呆れるように、オリーブが首を振る。
「いくらあなたが元気いっぱいの火魔法を打てるからといっても、初級程度ではこの壁を壊すことなんて、できないわよ」
「じゃあ、中級魔法で……」
「お馬鹿ねえ。こんな狭いところで中級火魔法なんて打ってごらんなさい。さっきも言ったけど生き埋めよ、生、き、埋、め」
オリーブに言いくるめられて、あからさまにがっくりと肩を落とすクロム。
そして、オリーブ自身も、自分の言ったことを打開する術が思いつかず、心の中で同じように肩を落とす。
でも、クロムにだけは落ち込んでいるところは見せたくないため、そんなそぶりはおくびにも出さない。
その時、はっと気づいて、クロムはラーセンの方に振り向く。
「師匠なら、この壁を壊す方法がわかるんじゃないですか?」
この壁を作った人。
この壁が作られた理由。
この壁の先にあるもの。
ラーセンは、廃屋で見つけた絵画や日記、そしてこの壁の絶妙な強度から、それらの答えをある程度導き出していた。
しかし、それはラーセンが見つけるべきものではない。
この岩壁を使った人が、どの人に壊して欲しいのか。
そこまで理解したラーセンは、質問に質問で返すことにした。
「我々をここに連れてきた日記には、何かヒントが書かれていなかったのか?」
オリーブは、ラーセンの問いかけを聞いて、もう一度日記の内容を思い出す。
古典魔法の価値がわかる人。
古典魔法を悪用しない人。
そして、その人と『一緒に』来るようにと書かれていたこと。
「……もしかして、そう言うことなのかしら」
「え、何か気づいたの?」
何か気づいたオリーブは、まだついていけていないクロムを置き去りに、思考を重ねる。
そして、おそらく答え辿り着いただろうと思えた時には、脳裏に優しかったおばあさまの顔を思い浮かべることができた。
「ラーセンさん、物の温度を下げる古典魔法、使えるかしら」
「ああ、大丈夫だ」
予想通りのラーセンの答えを聞くと、オリーブは両の手をすり合わせて魔法を打つ準備を始める。
「おばあさまの試練をクリアするためよ。今日はちょっと頑張っちゃうわ」
そういうと、オリーブは魔法の杖で魔法陣を描き始めた。
一つ二つと、初級水魔法の魔法陣が虚空に浮かぶ。
糸のように繊細な魔法陣だ。
(すごい)
クロムは、オリーブが魔法陣を描く様をじっと見つめる。
描いた魔法陣は、いわばエネルギーの塊だ。
適切なタイミングで発動させるには、そのエネルギーをその場にとどめておく必要がある。
初級魔法の魔法陣は、それほどエネルギーがあるわけではない。
だから、その気になれば長い間、魔法陣を発動させないように留めることはできる。
しかしオリーブは、その魔法陣をいくつもいくつも重ねて構築している。
構築する魔法陣の数が増えるたびに、それらを留めるために、より多くの気力が必要となる。
数が増えるにつれ、魔法の杖を振るうオリーブの腕に力が入っていく。
十個、十五個、二十個……
今や、オリーブと岩壁の間には、無数の初級水魔法の魔法陣が浮かんでいる。
「それくらいでいいだろう」
「お願いします」
オリーブの掛け声と共に、ラーセンが古典魔法を発動させる。
その瞬間、オリーブが描いたすべての魔法陣が、新しい魔法陣へと変換される。
「飛んで行きなさーい」
オリーブが魔法の杖を振るうと、すべての魔法陣から魔法が発動する。
それはつららのように、細く鋭い氷柱となって、一斉に岩壁に飛んでいく。
そして、カカカカッと音を立てて、深く岩壁に突き刺さった。
氷柱が刺さった岩壁は、ピシピシと音を立てる。
しかし壊れることなくその場に止まっていた。
「失敗……したの?」
クロムがオリーブを見ると、オリーブは、はあっと息を吐き出して、その場に座り込んだ。
そして少し呼吸を整えると、手をヒラヒラさせてクロムに答えた。
「そんなわけないでしょ。まあ、あなたがいたから、余力を残さず水魔法を打っちゃって、力が残ってないけどね」
「でも、岩壁、崩れてませんよ」
「まあ、あなたにも見せ場を用意してあげないとね」
まだよく理解していないクロムに、ラーセンが答えを告げる。
「初級火魔法だ」
「えっ?」
「刺さった氷柱を溶かすように、なるべく広範囲にわたるよう、打ってみろ」
「もう終わってるんだから、元気いっぱいの魔法は、打っちゃだめよう」
クロムは言われるがままに、初級火魔法を発動させる。
火魔法によって程よく熱せられた岩壁は、小さくミシミシと音を立て始める。
やがてその音は大きくなり、そしてガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
「ああー、そういうことかー」
ようやくクロムにも、何が起こったのか理解できた。
オリーブの打った無数の氷柱は、岩壁にヒビを入れた。
しかし、その氷柱はくさびのように、岩壁が崩壊するのを防いでいる。
そこにクロムの初級火魔法が放たれ、氷柱が溶ける。
支えていたくさびを失った岩壁は、自重に耐えられなくなり、崩壊したのだ。
「まあ、上出来じゃない」
オリーブが描いた、無数の魔法陣から放たれた水魔法。
それを氷に変換した、ラーセンの古典魔法。
そして最後に、刺さった氷を溶かした、クロムの火魔法。
「三人がそろって、はじめてこの岩壁を壊すことができたんですね」
クロムが感心したように語ると、ラーセンとオリーブは、その発言がおかしかったかのように小さく笑い出す。
「え、ええっ、私何か、変なこと言った?」
「あなた。あの刺さった氷、そのままにしていたらどうなっていたと思う?」
オリーブにそう言われて、クロムはちょっと考える。
少し考えたのち、顔を赤くして答える。
「……溶けます」
「そうよう。あなたの魔法は、おまけ」
わかりやすくがっくりとうなだれるクロムに、オリーブは続ける。
「まあ、溶けるまでに時間はかかるだろうし、早く岩壁の奥に行きたい私にとっては、まあまあ役に立ったわよ」
そう言って、オリーブはクロムにウインクを投げた。
クロムもそう言われると悪い気はせず、へへへっと笑ったのだった。
気合の入った魔法陣を描いて失ったオリーブの気力が回復するまで、しばらくその場で休憩をしたのち、三人は岩壁に阻まれていた奥の空洞へと入っていった。
空洞は、小部屋一つくらいの大きさだった。
空洞の奥には、机が一つ置かれていた。
おそらく、オリーブを育てたおばあさまがまだ若い頃、人の目を避けて研究をしていた場所なのだろう。
オリーブは、懐かしさを感じながら机に向かって歩いていく。
その机の上には、二冊のノートが置かれていた。
一冊には『親切な古典魔法使いさんへ』と書かれている。
そしてもう一冊には『いとしのピラストロへ』と、オリーブの本名が書かれていた。
オリーブは、最初の一冊をラーセンに手渡す。
そして、もう一冊のノートを大切そうに手に取って、そして開く。
そこには、オリーブ向けに書かれたメッセージのようなものが書かれていた。
こんにちは、ピラストロ。
この手紙を読む頃には、だいぶ大きくなっているかしら。
あなたが初めて私の前に現れた時、なんて可愛い男の子かしらと思ったのよ。
でも、その後にあなたがとても上手に魔法を使うのを見て、色々と教えてあげたくなってしまいました。
あなたは、私が思うよりもとても賢くて、どんどんと魔法を覚えていきましたね。
そんなあなたを見て、私は、かつての私のように、魔法を使うことが辛い思いをしてもらいたくないと思ったの。
そのためには、魔法を正しく使える人と一緒にいることが大切。
私がその役を務められればよかったのだけど、残念ながら私はもうだいぶ歳をとってしまったわ。
だから、この試練を用意したの。
もし、この試練に協力してくれる古典魔法を使う魔法使いの人がいたら、その人はきっとあなたを正しく導いてくれるはず。
その縁を、大切にしてね。
愛しているわ、ピラストロ。
メッセージを受け取ったオリーブは、ノートを大切に懐にしまった。
そして、二人には見えないよう、こっそりと涙を拭くと、しんみりとした自分の気持ちを誤魔化すかのように、手をパンパンと叩いた。
「さあ、お目当てのものも手に入れたし、街に戻るわよ」
洞窟を出た頃には、日がだいぶ落ちていた。
夕日が山肌を赤く染める。
そんな中を、三人はゆっくりと歩いていた。
三人の胸中は、それぞれの思いで埋められていたのだった。




