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不格好な魔法の杖を持つ男との出会い #1

剣よりも魔法が発達したファンタジー世界の物語です。

設定や世界観などは、おいおい決めていこうと思ってます。

「はあぁ」


 ひときわ大きなため息をついて、夕方というにはまだ明るい寄宿舎への帰り道を、クロムは歩いていた。

 涼しい夕風が、彼女の美しい金髪を揺らしつつ通り過ぎていく。

 ため息の原因は、彼女と同じクラスで魔法を学ぶクラスメイトたちからの嫌味だ。


 クロムが通っている《ジュリアード魔法女学園》は、優れた魔法使いを毎年輩出する、名門中の名門の魔法学校。

 入学するためには、合格率が一桁とも言われる狭き門をくぐり抜ける必要があるのだ。

 クロムは三年前にその門を一番で通過している。つまり首席ということだ。


 入学してからもクロムの勢いは止まらない。

 年に三回行われる筆記試験は、常に学年トップを守っていた。

 そして、毎年秋に行われる魔法大会でも、参加した競技全てで優勝している。


 しかし、そんな優秀なクロムにも、どうしてもうまくいかない授業が、一つだけあった。


 その日もクロムは、その苦手な授業に参加していた。

 クラスメイトと共に、魔法の修練場の中央に丸く並ぶと、愛用の魔法の杖を構える。

 他のクラスメイトが持つ魔法の杖が、先端が赤紫色に程よく光り出す。

 優雅に杖を振るうと、その光は細く美しい軌跡を描いて、魔法陣を描き出す。

 しかし、クロムの魔法の杖の先端は真っ赤に光り出す。

 重いものを持つように震える手で杖を振るうと、太く力強く、そしてややいびつな魔法陣が描き出された。


「ちょ、ちょっと、クロムコアさん。もう少し繊細に……」


 とクラスメイトが注意しても、時すでに遅し。

 クロムが描いた魔法陣が発動すると、大きな炎が立ち上り、他のクラスメイトたちの魔法陣を巻き込むと大爆発を起こした。

 巻き上がった粉塵がおさまると、中から砂だらけになったクロムとクラスメイトが現れる。


「ごほん、ごほん…… ねえ、クロムコアさん」


 クラスメイトたちは上流階級の出身者が多いので、愛称のクロムではなく本名のクロムコアと呼びかける。

 それは、クロムのことをあまり好ましく思っていないことの表れでもある。


「なんでしょう?」

「いつもお伝えしているんですけれども、もう少し魔法の精度を合わせていただかなくては。それでは、魔法の効果を上げることができませんわよ」


 クラスメイトたちは、制服の裾についた砂を優雅に手で払った。

 そして、やや嫌味を含んだ指摘を、クロムに伝える。

 クロムは「それはあなたたちが……」と言い返したいところをグッとこらえる。

 チームで魔法を発動させるこの授業こそが、クロムが唯一苦手としている授業なのだ。


 この世界にはさまざまな魔法が存在する。

 その中でもここジュリアード魔法女学園では、火や氷などを使って対象にダメージを与える『近代魔法』を教えていた。

 世界に数多ある魔法学校の中でも、ジュリアード魔法女学園が名門校である理由は、近代魔法の成立にさかのぼることができる。


 古き時代より、人は、魔法陣を使って魔法を操ってきた。


 魔法陣は、発動させる魔法の設計をつかさどっている。つまり、発動する魔法は火系なのか氷系なのか、大きさはどの程度か、などといった情報が詰め込まれている。

 講義では、スクロールに書かれたこれらの魔法陣を覚えることが、主な目的である。


 そして、魔法を発動させるためには、魔法陣を描かなければならない。

 かつては、魔法陣は地面や亀の甲羅などに描かれていた。

 しかしある時代に、特別な処理を用いた木片を用いて、虚空に魔法陣を描く技が発見されたのだ。


 この発見により、魔法は格段に便利なものとなった。

 そして木片自身も改良が重ねられ、人の体の大きさに合わせた最も効率的な形状が、およそ三百年前に、この学園の創立者でもある大魔法使いジュリアードによって『魔法の杖』として完成されたのだ。

 これをもって、近代魔法が確立され、その始まりであるジュリアード魔法女学園は名門校として長い歴史を刻んでいるのである。


クロムが黙っているのを見て、自分たちの意見が正しいと思っているクラスメイトたちは、さらに言葉を重ねる。


「この学園で学ぶべきことは、格式ある魔法陣をいかに正確に描けるかですわ」

「正確に描かれた魔法陣を重ねることで、その効果は増していきますのよ」

「私たちの美しい魔法陣に対して、クロムコアさんの魔法陣は、いささか粗雑な感じが致しますわね」


 クロムは「またそれか」と、今まで散々聞かされた嫌味とも思える忠告を、手慣れた感じで聞き流す。


 クラスメイトたちのいう通り、近代魔法では、寸分違わぬ魔法陣を重ね合わせることで効果を上げる理論が存在する。

 それは『ユニゾン効果』と呼ばれている。

 実技の授業では、いかにクラスメイト同士が寸分違わぬ魔法陣を描き、ユニゾン効果を最大化させられるか、ということを繰り返し訓練する。

 しかし、クロムはこのユニゾン効果の実技が、非常に苦手であった。

 理由は、クロムと他のクラスメイトとの圧倒的な実力差にある。


(それは、あなたたちが描く魔法陣があまりにひ弱で、それに合わせるためにわざと力を抜いて魔法陣を描かないといけないので、手が震えてしまうのよ!)


 これが、クロムがクラスメイトたちに言いたいことである。

 とはいっても、クラスメイトたちにクロムと同等の魔法陣を描けといっても無理な話で、結局クロムが彼女たちに合わせなければならないのだという現実が、クロムの口を閉ざしてしまうのである。


「もしかして、その豊かな胸が揺れるせいで、杖を持つ手が震えるのではなくて?」

「なっ!?」


 最後に、上流階級のお嬢様としては少しばかり品のない言葉を残して、クロムのクラスメイトたちは去っていった。


そして場面は冒頭に戻る。


(胸が大きいのと、魔法陣の描きっぷりは、全然関係ありませんよー。なんならあなたたちの方こそ、貧相な胸しかないので、貧相な魔法陣しか描けないんじゃないの?!)


 売り言葉に買い言葉で、ついついクラスメイトと同レベルの嫌味を呟いてしまうクロムであったが、実際のところ、彼女は胸だけではなく全体的にバランスの取れたプロポーションをしている。

 さらりとした長い金髪は、肩よりやや下まで豊かに伸びている。

 母親譲りの整った顔立ちに、胸以外はスラリと引き締まった容姿(これは、真面目に実技を努力している成果でもある)。


 どちらかといえばこの美しい容姿も、クラスメイトたちがクロムを気に入らない理由の一つでもあるのだ。

 だが、幸か不幸かクロム自身は、己の美貌については全くの無関心であった。


(なんだかモヤモヤするなあ。でも、明日は学校が休みだし、久々に《小夜亭》にいって美味しいご飯を食べて、気分を上げよう)


 心身ともに癒されようと、クロムは明日の予定を頭の中で組み立て始める。

 小夜亭は、寄宿舎からそれほど離れていない場所にある食堂兼宿屋である。

 お得な料金で、素朴だけれども美味しい家庭料理を出してくれるので、入学した当初からちょくちょく利用している、行きつけの店。

 夫婦で切り盛りしていて、そのどちらともすっかり顔馴染みだ。


(朝ごはんを小夜亭で食べたら、どこに出かけようか…… あれっ?)


 明日の計画を立てながら歩いていたクロムは、ふと気になったものを見つけて足を止める。

 その視線の先には、若くはないけれども、さりとて老人ともいえない、いわゆる中年の男がいた。

 クロムが気になったのは男そのものではなく、その男が手にしている魔法の杖、らしきものだった。


 らしきもの、とクロムが思ったのは、その杖があまりにも不格好だったからである。

 近代魔法において、魔法の杖の形状は大魔法使いジュリアードが完成させており、今に至るまでより効果の高い形状は見出されていない。

 そのため、色や刻まれた紋など、性能に関係ないものを除けば、全ての魔法の杖は同じ形状をしているのだ。


 しかし、彼の持っている魔法の杖は、クロムの持つそれとは形状が大きく異なっていた。

 まず、大きさが異なる。

 クロムの持つ魔法の杖は、小枝程度の大きさだ。

 軽いが、適度な重さもあり、細かな魔法陣の紋様を正確に描き出すことができる。

 比べて彼の持つ魔法の杖は、クロムの杖の倍ほどの大きさがある。

 いかにも重そうで、細かな魔法陣は描けそうにない。

 さらには、形状も異なる。

 クロムの杖は、根本は握りやすいようやや太く、先端に行くに従って滑らかに細くなっている。

 しかし彼の持つ杖は、ところどころの木の節が残っていて、デコボコとしている。


 一言で言えば『不格好』だったのである。


 男が歩いている、その少し先に小さな女の子が二人、木を見上げていた。

 木の枝をよく見ると、小さなぬいぐるみが引っかかっている。

 男はその状況を確認すると、その杖を使って小さな魔法陣を描いた。


(風魔法を起こす魔法陣か)


 クロムはその魔法陣を見ると、木に引っかかったぬいぐるみを落とすには、ちょっと威力が足りないのではないかと思った。

 しかし男は、さらに二つ目の魔法陣を描く。それは最初に書いたものよりやや大きく、そしてクロムが見たことがないものだった。

 二つの魔法陣は重なって、一つの魔法陣となり、そこから小さな竜巻のように風が舞い上がる。

 そしてその風が木の枝を揺らし、ぬいぐるみを落とすと、男はその落ちてきたぬいぐるみを片手で掴んだ。

 男がぬいぐるみを女の子に乱雑に手渡すと、彼女たちはこくんとお辞儀をして、そして去っていった。

 それを見届けた男も、何事もなかったかのように人混みの中に紛れてしまった。


(今の魔法陣、見たことない魔法陣だったなあ。一体なんだったんだろう)


 ただ、見えなくなってしまった謎の男の魔法陣に、それほどクロムの興味は続かなかった。

 道すがら、夕食用に幾らかの食材を買い込むと、クロムは寄宿舎へと向かった。

 明日はたっぷり小夜亭で食べる予定なので、今晩は簡単な自炊で終わらせると、軽く水浴びをしてベッドへと潜り込んだ。

 色々あったけれど、疲れていたクロムは、あっという間に眠ってしまったのだった。


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