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じ〜〜〜。
じ〜〜〜。
じ〜〜〜。
この視線の正体は幼子によるものである。
幼子の名前はエリス。先日、ケーニッヒが処罰内容を提案した、反乱を起こしたことを糾弾された現族長の娘であり、女帝である彼の母によって、宛てがわれた世話係見習いである。
彼女からケーニッヒが何をしていてもこのような視線を送られている。
赤ん坊なので…いや、おそらくどんな年齢だとしてもこのような視線は落ち着かない。
ケーニッヒ自身、確実に一族の3割の仇でもあるわけだし。
おそらくこれは恨みによるものだと思われるのだが…。
そんなふうに思うと納得だし、確かに転生早々なんと重い業を背負わされたものか…とも思い、あの女神様への恨み言が絶えなかったのだが、コレが始まり半年ほど後、それが間違いだったとわかり、内心ながら女神様に当たってしまい低頭平身の思いとなった。
「ハリア、ちょっと…。」
「は〜い!それじゃあ、エリス、ケーニッヒ様のことを頼むわね。」
「…はい。」
同僚から呼ばれた先輩メイドであるハリアが出ていき、ケーニッヒはエリスと2人向き合う形となった。
じ〜〜〜〜。
じ〜〜〜〜。
じ〜〜〜〜。
抱っこすらされることなく、ベビーベッドへと送られてくる視線。
ケーニッヒはそんななんとも気まずい視線に居心地の悪さを感じ取り、寝返りをうつふりをしてごろんと、そっぽを向く。すると…サササッ!
じ〜〜〜〜。
「……。」
「……。」じ〜〜〜〜。
…しかし、回り込まれてしまった。そんなアナウンスが脳内に流れそうなほど鮮やかにそれは行われた。
ケーニッヒ自身、一度でこれは明らかな故意であると認識していたわけだが、一縷の望みに賭け、もう一度反対方向きごろんと転がってみる。するとやはり…スススッ!
じ〜〜〜〜。
「……(…居心地が悪い)。」
そんな思いからケーニッヒが目なんてものを閉じてみたのだが、なんとなく先ほどより息遣いが近くに聴こえ…というか、微かに吐息の熱が届いて来ており、目を開けると、ほぼ目と鼻の先という距離感までそれは至っていた。
「だっ!?」と、ケーニッヒが驚きの声を上げると、彼女は無表情ながらどこか声音は申し訳なさそうに「すいません。」と謝ってきて、別にいいんだよと手を伸ばし、「だぁだぁ。」すると、そっとその手を取ってきた。
「ありがとうございます。フフッ♪」
「っ!?」
前世含め彼自身、キザというわけではないのだが、それを見た瞬間、華が咲いたと思った。
それは普段の彼女からは考えられないほどあどけない笑顔で、それを見ただけで先ほどまで…いや、先日から続く不快感などすっかり消えてしまうような気がするほどで、心が洗われる笑顔であった。
「だぁ…。」
そんなふうに彼がエリスに見惚れていると、彼女は不意に抱き上げてきて、こう告げた。
「ケーニッヒ様、あなたにずっとお礼が言いたかったのです。」
「?」
「アナタによって、私の家族は救われたのだから。」
そんな彼女の言葉には恨みの念などなく、純粋な感謝の念のみが存在するようにケーニッヒは感じた。
自分としてはそうではない!と反論の意を示そうとすると、それを遮るようにして、彼の頬にちゅっという優しい温かさが伝わってくる。
「本当にありがとうございます。こんなことアナタに言ってもわからないでしょうが、陛下たちは全員殺すつもりだったのですよ。」
彼女曰く、女帝は情け容赦なく、これまで反乱を起こした部族を例外なく殲滅していたらしい。
今回も間違いなく、その憂き目に遭うことが確実で…あのまるでケーニッヒに選択を委ねたかのようなポーズは0と100のどちらを選んだとしても、結果は決まっていたのだそう。…これは後から宰相から聞いたのだとか。
そう話すエリスはどこか悲しげで、ケーニッヒまでそれにつられてしまう。
「だぅ…。」
「そんな顔なさらないでください。私はアナタのそんな顔は見たくないのですから。」
「……。」
「……。」
それからしばらくケーニッヒの手を取り、手持ち無沙汰でにぎにぎしたり、時折ぎゅっと抱きしめられたりと静かな雰囲気だったのだが…。
「ハァハァハァ…。」
…どうしてこうなったのだろう?
エリスはいつの間にやら目の中にハートマークを浮かべ、息遣いを荒らげていた。
「ケーニッヒ様、ケーニッヒ様が悪いのですよ。こんな弱った女に優しくするから。こんなにも胸がキュンキュンして…もう私…我慢できません!!」
ボフッ。
そして、彼女はケーニッヒの腹へと顔を埋めたのだ。
「ケーニッヒ様、ケーニッヒ様、ケーニッヒ様♪ハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァ♪」
ひっ!
赤子でなければ、そんな引き攣ったような声を出していたことだろう。
今回はそんな彼女の奇行は先輩メイドが近寄る足音により収まった。
しかしながら、これは何度も何度も続き…。
エリスはとうとう不運に見舞われた。
「だ!だ!だぁ!!…だぁ…。(ちょ!今はダメ!おしっこ漏れちゃうから!!…あっ…出ちゃった…。)」
そして、調子に乗り下腹部へと移動させ、膀胱を刺激したエリスの顔へと伝播したであろうほのかな湿り気。
「こ…これは…け、け、けケーニッヒ様のお聖水…あ゙っ…だ…ダメ…イ゙ッ…。」
強制シャットアウト!!