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開けた花畑にポツリと置かれたテーブルと2つの椅子。
様々な花の甘い香り漂うそこには、2つの人影があった。
近づいてみると、それは一組の男女。
しかしながら、男性はコスプレでもなければ、どこぞの学園の制服であり、女性の方はというとまた同じくではあるが、トーガのような服装をしていた。
「おお、勇者の孫よ…死んでしまうとは情けない。」
目の前のテーブルの上にケーキスタンドやカップ、ティーポットなんてものがあるからか、祈るように手を包み込むなんて仕草がなんとも、食前のそれのように思えてしまい、そのアンバランスさに、いずれケーニッヒとなる者、御頭敬はどうしたものかと思い、混乱していると、彼女は椅子を持って隣にやってくると、敬が凹んでいるとでも思ったのか、その肩を馴れ馴れしくパンパンと叩いてきた。
「アハハ、なんて冗談♪まさか認知症が進行していたとは言え、あんなにも平和な時代。そんな時代に自分の祖父に背中から袈裟斬りされるなんて、誰も思わないものね♪ホント女神様びっくり♪」
「……え…めが…。」
「……しかも♪刃はちゃんと落としていたのだもの。本当にふざけた腕よね…流石元勇者!」
「……。」
お姉さんびっくりだ!となんとも楽しそうに、喜劇を見てきた後の感想を言い合うかのような彼女の振る舞いに、先ほど自分の身に起こった出来事を理解し、額に手を当てる敬。
…ああ…そう言えばそんなことが…。
敬は両親が幼い頃に死に、祖父母によって引き取られた。
彼らは敬に対して優しくも厳しく両親の如く接してくれたからか、もうほとんど両親に対しての記憶は塗り替えられ、おそらくよく知らない周りからは、齢をとってようやくできた子供くらいに思われていたのかもしれない。
しかしながら、2人はやはり父や母ではなく、祖父母。年齢という名の壁はあり、老いというやつは死というものを存外早く連れてきた。
数年前、祖母が亡くなったのだ。
それからやはり男というものは妻が亡くなると弱くなるのか、祖父はボケが始まり、去年認知症と診断された。
幸い厳格で、なおかつ自分のことは自分でする人だったからか、敬が学園に通いながらでも、それなりに生活が立ち行いていたのだが、どうやらさらにそれは進行してしまったらしい。
『お前はいずれ人を殺す。それゆえに儂は迷惑を掛けぬよう、お前を今亡き者とした。』
最後に送られたこの言葉を聴くと、「ん?もしかしてボケてないんじゃない?」と思うかもしれないが、敬は確かに彼から剣を学び、時代さえ違えば剣聖と呼ばれていたなどと言われてはいたけれども、まるでそんな人を斬ってみたいなどと口にしたことも、そんな素振りなども見せておらず、それは明らかにラリった思考から生まれた言葉に相違なかった。
それゆえ、ボケたとはいえ祖父が敬のことを認識して殺傷したというわけではないことに安堵の気持ちはあるものの、それはそれとして自身がわずか17という齢しか重ねられなかったことに対し、やはり残念という気持ちは強い。
「……そう…僕、死んじゃったんだ…。」
「ん〜…まあ、なんだ…ドンマイ!」
なんとなく気を遣わせてしまったと思った敬は無理矢理笑みを作ると、女神は表情にその少し罪悪感を滲ませつつ、お願い事をしてきた。
「…あの…それで死んじゃった君をここに呼んだ理由なんだけど…お茶会とかじゃなくて…ね…うん…。」
「…気を遣わないで大丈夫なので…。」
そう敬が口にすると、女神はお調子者の如く、頭を搔き、頑張るぞ!という表情になった。
「あっ…あは…参ったな、こりゃ…。うん!それじゃあ、単刀直入に言うけど、あなたに頼み事があります!」
ズビシ!
彼女は椅子から転げ落ちるのではないかというほどふんぞり返り、敬を指さすと、「命じます!」とそれを口にした。
「あなたには世界を救って貰います!」