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決闘

作者: 漆原恭太郎

 朝、来客で目が覚めた。アパートの部屋のドアをドンドンと誰かがノックしている。本当はチャイムが付いているのだが今は壊れている。そういう理由でしょうがなく来客はドアをノックしているのだ。まだ起きなければいけない時間まではだいぶあるので居留守を使おうかと思ったが、けっこうしつこいので出ることにした。


 玄関のドアを開けると作業服を着た中年のオバサンが立っていた。小太りで、オバサン特有のくるくるパーマをかけ、厚化粧だった。

 「すいませんガス会社の者なんですが料金支払いの確認が取れていないのでガスを一旦止めさせて頂きます」

 そういえばガス料金を払うのを忘れていた。二、三ヶ月前の支払いが抜けていたのだ、払い込み用紙がきている事は分かっていたがなんだかんだで払い忘れていたのだ。

 「あーすいません忘れてました、 今日払います」

 「今この場でお支払い頂ければ大丈夫ですが」

 「いくらですか?」

 「三千二百四十五円になります」

 サイフを見てみる、昨日銀行から下ろしてなかったので二千円ちょっとしかない。

 「すいません今サイフの中に二千円ちょっとしかないので後で払います」

 「そうですか……じゃあしょうがありませんが今回は一旦ガスを止めてお支払いが確認出来ましたらご連絡下さい」

 まあこちらが払い忘れていたのでしょうがないと思い

 「わかりました、 後……すいませんが払い込み用紙を頂いてもいいですか? ずいぶん前なので用紙が恐らくないと思うので」

 何ヶ月か前の払い込み用紙を探すのがめんどくさかったので貰った方が早いと思ってオバサンにお願いしたのだ。するとオバサンは

 「はい、 払い込み用紙を持ってきてますのでこれをお渡しします」

 オバサンはカバンの中から払い込み用紙を取り出した、受取ろうと手を伸ばすとオバサンはサッと体を引いた。

 「すいません払い込み用紙頂けるんですよね?」

 「はい」

 そしてまたも手を伸ばすとサッと体を引く。なんだ何が起こっているのか……

 「えっと……払い込み用紙頂けないと支払えないんですけど?」

 「ええ、 もちろんお渡しします、 しかしこの用紙はドアポストに入れておくのでそちらから取り出して支払って下さい」

 このアパートは玄関のドアにポストが付いていてそこに郵便物等を入れておくようになっている。しかしよく理解できない、この人は何を言っているのだろうか。今ここでしゃべっているのだから直接手渡しすればいいじゃないか。

 「えっと……そのドアポストに入れても、 この場で僕に手渡ししても同じだと思うんですが……」

 そう言いながらまたも手を伸ばす、しかしオバサンはサッと体を引いてしまう。

 「いえ、 これはドアポストに入れておきますのでそちらから取り出してお支払い下さい」

 イライラしてきた。何故こいつは頑なにドアポストに入れたがるのか、イライラした感じを隠そうともせず尋ねた。

 「何故手渡しではだめなんですか?」

 するとオバサンは

 「はい、 こちらの用紙に記入することがありますので」

 「何を記入するんですか?」

 「ガスメーターを見て書き込まなければいけないことがあるんですよ」

 意地でも手渡しをしてもらいたくなってきた。

 「あ~なるほど、 じゃあ僕はここで待ってるんでガスメーターを見てきて書いてきて下さい、 それからここで受け取りますので」

 「いえ、 こちらの用紙はドアポストに入れておきます」

 なんなんだこいつは。

 「あの別に今ここでこうしてしゃべっているんだし、 手渡しでもよくないですか? ドアポストに入れておく意味あります?」

 「ドアポストに入れておく決まりになっていますので」

 オバサンの口調もイラついたものになってきた、寝起きでこっちの方が何倍もイラついてはいるが。恐らく会社から直接手渡しをしてはいけないと言われているのだろうがドアポストに入れるのをこちらが待ち構えていて、入れた瞬間にドアポストから取り出したらこいつはなんと言うのだろうか。そうすることによってこの決まりはまったく意味のないものになる。こんな意味のない決まりを頑なに守ろうとするオバサンの気が知れない。常日頃から何も疑問を抱かずただ生きている。言われたことをただやるだけ、オバサンは自分でものを考え自分で決めて行動することを諦めてしまっている。恐らく本人ではない可能性のある者に渡しては駄目なんだろうが今財布も手元にあるし免許証か何かで確認出来そうなものだ。

 

 時計を見るとそろそろ準備しなくては会社に遅刻する時間になっていた。赤の他人にそんなことを説く気にもなれない、それにこれ以上こいつと話していても時間の無駄だと思い

 「わかりました、 じゃあドアポストに入れておいて下さい」

 そして一旦部屋に入りすぐにもう一度玄関のドアを開けた。もうオバサンはいなかった。ドアポストの中を見てみると払い込み用紙が入っていた。何が書いてあるのか確認すると……日付と時間が手書きで記入されていた。こんなものはガスメーターのとこまで行かなくても書けるじゃないか。恐らく何故手渡しではいけないか? という質問に対して咄嗟に記入するものがあると言ってしまったか、それともこういった場合の対応マニュアルにそう書いてあるか、会社で教わったのかもしれない。


 オバサンと戦っている間に出かけなければいけない時間になっていた。急いで顔を洗い、歯を磨き、服を着替えて出かけた。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白いです。単純に笑いました。 実際この時は腹が立ってたんだろうと思いますが、 時間を置いて寝かせた分、冷静に書くことができていて、そこが面白いんだと思います。
[一言] こうしたひょうきんなお話が好きです。 他の作品も読ませていただきましたが、短編がお得意な人だなという感想を持ちました。 これくらいの長さの作品を、もっと読みたいです。
2010/04/02 09:32 退会済み
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