船旅
こうして僕らは旅立った。
旅の伴を得て、旅はサクサク進んだ。
ふむ、やはり僕の目に狂いはない。
剣匠は、なかなかに優秀で、僕とインゲン達との軋轢を解消してくれてるようだ。
コチラが遠慮することはないが、インゲンがわざわざ我が道を横切るならば、踏み潰すまでである。
だが、いちいち踏み潰すのも面倒だ。
そこらへんを剣匠は、僕が見ない間に解決してくれている。
道とは、妨げるものがないほど通りやすい。
道理だ。
女シェフも、毎日釣った魚を、ララベルに料理してくれる。
…良い拾い物をした。
しかし、シェフよ、グラスにワインを注ぐ際の手の震えは、何とかしたまえ。
…
こうして、ワインを傾けて料理に舌鼓を打つ生活も、存外悪くはない。
甲板で夕暮れに照らされた空海を観ながらの優雅な船旅…これには引き篭もりの僕でも、たまに旅するのは良いなと感傷に浸る。
何をするべきこともなく、何を憂いることなき時を有するは、魂を有する生き物には必須事項で、これこそ本領であると言ってよい。
ただ生きるための作業とは違う、揺蕩えし時である。
この世の生き物は、2種に大別される。
真理の階段を登るものと、日々を惰性で過ごすものである。
貴族と其れ以外のものと言い換えてもいい。
僕はハイエルフとして生を受けたが、およそ600年くらい前に貴族の一員に列せられた。森の最奥で、凡ゆる知識を網羅し、鍛治で実践する引き篭もりの生活を、およそ1000年過ごしていたら、ある時ピンポーンと呼び鈴が頭の中で鳴り[森林の騎士]に叙せられていたのだ。
引き篭もりも、悠久の時を旅して研鑽を積み、突き抜ければ、レベルアップするらしいと知った。
僕がハイエルフでなければ、塵となっているところである。
この時以来、必要な知識が[深層の記憶]からか引き出せるようになり、騎士とは下級貴族の一種であり、貴族とは、世界から突き抜けた魂を持ち、日常のあらゆる頸木から外れ、輪廻転生の輪からも外れてしまった存在だと理解した。
下賤なインゲンどもの有力者が貴族を自称しているが、あれは我ら貴族を真似た偽物にすぎない。
其れら偽物と区別する意味で、僕ら自然発生した貴族を[真なる貴族]と呼称することもある。
僕らは、事象から外れた存在…だが[騎士]とは、まだ片脚が大地を踏んでいるらしい狭間の存在だという。
なるほど…僕には感情の揺らぎは、ほぼないし、生にもさほど執着はない。その反面、痛みには弱いし、哀しみには琴線が鳴り、美しさには瞠目する。
世の中には僕の知らないことがあると思うだけで実に嬉し楽しい。
インゲン達に対しては、甚だしくも苦々しい憤りの風が、僕の空洞を吹いているのも感じる。
未熟な僕では、およそ数万年経てば感情の波も憤りも凪となり、位階が上がるのだろうが、それまでは、この世界を楽しもうと思っている。
世の些事については、剣匠に任せてある。
彼…は実に有能であるな。
僕の目的についても、話した。
彼は、眉一つ動かさずに「…委細承知致しました。万事恙きように手配致します。」と返答し、まさにその言葉通りに実行してくれてるので、僕は道中やることがない。
女シェフの方は、料理は上手いのだが、その他はポンコツであることが判明した。
「…何故私が?何て運が悪い。おお神よ、我を見捨て給うな!」
こんな風に、周りに聴こえるようにぼやいている。
行儀悪く、不遜な物言いだが、人生には、スパイスも必要…であると認識しているから、彼女が作る美味い料理の付け合わせであるかな。
未熟な女シェフよ、オマエの料理の美味さの褒美に未知の旅に連れ出してやった。
…感謝はいらないぞ。
料理に真摯に向き合う態度とその正直な嘘のない物言いは、わるくない。
若芽が育つのを見守るのは、大人の務めである。




