剣匠
土下座した剣匠の身体が震えている。
若い男である。
身なりの良さから、この郷の有力子息かもしれない。
…
通常、僕を囲んで、悪意を向ける者らは皆殺しです。
そう、皆殺し。
だって、傍に居て僕を止めていたイーハトーボは、もういないから。
…そう、もういないのだ。
そして、それは人類の自業自得。
庇った者の背後を刺す、卑劣な振る舞いに身の毛がよだつほどの気持ち悪さを覚える。
それが、恩ある者にする仕打ちか?
蟻を踏み潰すのに躊躇する人間が、どれほどいるだろうか?
今の人類には、僕と対等に立つ資格はない。
僕は、ハイエルフの中では、比較的人間に対して友好的であると自負している。
少なくとも、蟻に対してでも公正であらんとするほどに。
目前の剣匠が、意思を伝達できる能力があり、僕に相応な礼儀を示したから、今回は見逃した。
なあ、だから…もういいだろう?イーハトーボ。
幻想の中のイーハトーボは呆れたように首を横に振った。
…チェッ
それにしても、この時代にも僕に意見できる気概のあるインゲンもいるのだな。
昔、旅した時に便利であったことを思い出す。
…雑事にとらわれたくはない。
「おい、其処のオマエと、あー、扉に隠れたシェフの女、僕の旅の伴をいたせ。」
僕を会ってもいないのに見知りおき、知りながら止めた件の剣匠の勇気は敬意に価する。逃げずに扉の陰から僕を虎視眈々と見ているシェフもなかなかのものだ。
こう見えても僕は、なかなかに良心派で温厚であると自負している。
知り合いの爺いのハイエルフなど、気に入らないと気分でインゲンの都市一つを灰燼と化した。
見識高い剣匠には、案内を、女シェフには、日々の食事を提供してもらおう。
これくらいの、僕のささやかな自由を大地も許してくれるだろう。
今回は、人間界の大事で、僕が御足労するのだ。
インゲンは、僕に協力すべき。
そうだ、そうに違いない。
シェフの女は、指名された喜びに青ざめ地べたに座りこんでしまった。
…変わった喜びの表現だな。
件の剣匠は、真っ向から僕の視線を受け止めてから、…視線を外して地面に平伏した。
どうせ、旅をしなければならないのならば、自ら環境を整えるは必定。
旅を楽しく感じるのは、旅の伴次第であろう。
しかり、しかり。




