剣匠は語る③
「ちょっと、待ったでござる!」
不穏な雰囲気に一刻の猶予も無いと感じた私は、先ずは領民達に待ったを掛け、人波を掻き分けた。
古臭い物言いは、領主としての権威付である。
若いので、舐められないように、諸々の格式は採用することにしている。
私の予想通り、人波の中心には、典雅を絵に描いたような華奢な人物が佇んでいた。
優雅な金髪を巻き上げ結っている。
まるで美少女の人形のように美しい。
周りの粗野でむつけき男達と比べると、天地程の開きがある優美な姿をした御仁である。
…間違いようがない。
歴史上の人物、伝説の騎士アルゴだ。
まるで硝子細工のような精緻な美麗さに、ドキリと心臓が早鐘を打った。
…美しい。
書物では、その美しさに言及はしていたし、ハイエルフが綺麗とは知ってはいた。
だがハイエルフを見るのは初めてだが、これ程とは?!
その天女のような美しさに一瞬魂が呑まれたかのように我を忘れたが、静かに佇んでいる美しいハイエルフの表情の剣呑さにハッとした。
…
よく見ると、腰に差した刀に軽く左手を添えている。
文献では、騎士アルゴは居合道の達人。
刹那の瞬間、この場にいる全員が一瞬で切り裂かれるを夢想した。
…い、いかん!
「お主ら、まさか、この方に手を出してないだろうな?散れ、散れ![森の鍛治師]殿に無礼である。近づくな、危ないぞ!逃げろ、100メートル以上は離れるんだ!早くしろ!」
私のその警告の言葉に、その場にいた領民達全員に動揺が走った。
「ま、まさか、伝説の[狂えるハイエルフ]か?」
「あの[狂気の騎士]なのか?」
「見ろ!爺様から聞いていた風貌に似てるぞ!」
「ま、まさか、伝説は本当だったのか?」
幼馴染のシェフに至っては、悲鳴を上げ、店の扉前まで腰を抜かしながら尻を擦って後退り、情けない姿を晒していた。
いや…オマエには、あらかじめ知らせていただろうに。
幼馴染のシェフの相変わらずのポンコツぶりに呆れてしまう。
先程の粗暴な雰囲気は風のように何処かに消えた。
周りを囲んだモノどもは全員ジリジリと後退りし、遠巻きにしたと思ったら…大声で悲鳴を上げると、蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。
そして、あっと言う間に、姿を消してしまった。
領主として、彼らの生命を救けられたことに安堵しつつ、改めて現実と一線を画すような存在感を放つ、夕刻の陽に煌めくハイエルフを観察する。
…ああ。
同じ生き物とは思えないほどの芸術的美しさに嘆息する。
その冷酷な眼差しは、吹雪のように激しく。
美麗な唇は紅く、僅かに息づいてるのが生物であると認識できた。
凄い…生ける美術品。
これがハイエルフか?!
あまりの美しさに感嘆しながら、視線を顔から下に移したところ、胸元が隆起していることに気がついた。
…ん?
そこには柔らかそうな双丘があった。
あれ?
文献では、騎士アルゴはイーハトーボの叔父であると記載あるが、叔父とは当然ながら男のことで、男には胸はない。
すると、これは筋肉??
いやいや、ありえないありえない。
マジマジと胸元を見詰める。
違う…これは筋肉ではない!
ならば目前の人物はアルゴではないのか??
しかし、その人柄と見目形の美しさは、文献と一致しているし、この様な人物が二人もいるとは思えない。
頭が混乱したが、情報と現実に齟齬があった場合、私は目前の現実を優先し対処することにしている。
…事情は知らないが、実は騎士アルゴは女性であったのだ。
おお…歴史上の新事実だ。
それも数千年の時を経て、尚も成人前の妙齢の姿を保った美少女である。
これは、嬉しい誤算だ…年老いた爺様を美しいと思うより、私の精神衛生上喜ばしいと思うことにしよう。
これは神の采配?
或いは女性形の方が生物として完全体であると聞くから、騎士アルゴは、[真なる貴族]へと昇華したときに完成体として女性形へと進化したのかもしれない…
…
…
…
…
脳裏で瞬時、疑問と推測の思考が忙しく回転して、思考過程が文章の如く一気に頁を埋めてスクロールしていったが、その途中で私は思考を急止した。
[森林の騎士]殿の美しき柳眉が僅かに上がっていたのに気がついたからだ。
…!
自然と身体が前のめりに動いた。
私は、この世に顕現した美の化身であるハイエルフの前で、ガバッと両膝と両手を地面に着いて土下座した。
そして大地に額ずいて、お赦し下さいと念仏のように唱えたのだ。
要は、かのハイエルフに対し、全面降伏を身体と言葉で示したのだ。
この美しきハイエルフの思考過程は解らぬが、知的生命であり、人とそれ程変わらぬ見目形をしているならば、情動や意志の基本的な機微は、そうそうに違いはないだろうと思う。
要は、かの者が言葉を発し、その意志が確定する前に、気先を制したのだ。
幸いながら、近場に領民はいない。
居るのは、幼い頃から気心が知れた腰を抜かして恐怖で泣き声を上げている女シェフだけだ。
土下座は些か格好は悪い…が、カタストロフがこの世に出現する瀬戸際に、そんなものを気にしている余裕はないし、領主といえ、私は、ちっぽけな一人の人間に過ぎない。
今となっては、かの鍛治師殿が、無体な殺生はしないと分かっているが、この時は、私のファインプレーであると思っていた。
所詮人は、覚知した情報の範囲内で、自分が今出来ることをするしかないのだと思う。




