剣匠は語る②
かの文献にも、騎士アルゴと英雄と謳われた幼少期のイーハトーボが、我が領内の港町の一角に構える魚と雷亭を訪れたと記載されている。
魚と雷亭…およそ500年以上続いている老舗の料理店。
潰れずに今もなお健在な理由は、代々輩出したシェフの腕の良さと秀逸な料理に寄るのが大で、我が騎士爵家御用達であり今代のシェフは若手でありながら、シェフを継ぎ、その料理は、領内のみならず他領から来た料理愛好家達を唸らせる程に美味しいと評判である。
その新進気鋭の若手のシェフは、何を隠そう、私の幼馴染だ。
何をやってもダメで気弱な奴だが、こと料理に関しては、代々の料理の才能の血筋のなせる技なのか、彼女の料理の腕は、一度食べたら又食べたくなるほどだ。
その料理は、新鮮な素材を活かした魚料理がメインだが、多彩な深みある調味料を駆使した肉料理も私は好きだし、厳選された野菜による料理は、その美味さに口をきくことすら出来なくなるほどだ。
うむ…あれは確かに美味しい。
我が郷土が世界に誇れる本物の味だ。
だから、彼女の作る料理を思い出したがら、ワルプルブス市の一騒動を耳にした時、私は直感した。
きっと、この問題は、イーハトーボの叔父である騎士アルゴに矛先が行くと。
広大な帰らずの森に住まう[森林の騎士]アルゴ。
きっと彼は、近々森から出て来るに違いない。
そして、必ずや我が領内のこの港町に立ち寄ることだろう。
森に直接に接する町は、この港町しかなく、ワルプルブス市に赴くには、この港から海路を行くが一番近いという根拠もある。
ならば約500年前に訪れ、舌鼓を打ったこの料理店をも彼は訪れるだろう。
私が生きている間に、人智を超えた本物の貴族である彼に会うことが出来る!
…彼女の料理の腕に感謝を。
この割と確実性高めな予想は、私をいたく興奮させた。
そして幼馴染の女シェフに、彼に似た者が店を訪れたら、早馬を飛ばすようにくれぐれも頼み込み、念の為、従業員達にも、幾らかチップを渡して、いち早く教えてくれた者には褒美を渡します約束した。
千載一遇のチャンスを見逃さない為には、私は努力もお金も手間も惜しまないのだ。
それにかの騎士殿の出現には領主として、若干の不安もあるしね。
それが功を奏し、料理馬鹿の女シェフからは知らせは来なかったが、店の従業員達からは、いち早く知らせが私の元に届いた。
…来た!
遂に来たぞ!
予想通りだが、私の心は踊った。
これから私は、歴史上の人物であり、この世界における重要人物である伝説の騎士アルゴに直接会いまみえることが出来るのだ。
…身体が震えた。
興奮するなと言われても、自然と高揚してしまう。
私は執務を途中で切り上げると、急いで活動しやすい服に着替えて身支度を整え、…若干考えてから佩刀して、単独で料理店へと走った。
領主が一人走って行く姿を、領民達が何事かと見て来るが、構いやしない。
これは緊急事態であるから。
この速さで、町を見下ろす高台に位置する城館から坂道を走って下れば、彼が料理を食べ終えて店を出る頃には、きっと間に合う。
はたして彼は、どんな人物なのだろう?
若手とは言え、[真なる貴族]の一員であるからには、高尚な人柄には違いない。
英雄イーハトーボを育て、かなり影響を与えたからか、イーハトーボ伝記には、騎士アルゴの記述は頻繁に出て来る。
それによると、独自の価値観に基づいた我儘を悪気なく周囲に振るう傍若無人な面がある反面、甥のイーハトーボにはかなり甘々な慈母のような優しさを持っていたと言う。
甥の言うことならば、何でも赦し願いかなえるその態度は、イーハトーボ自身が呆れている記述さえある。
…なるほど!
これは難しい人柄だ…初見が大事かもしれん。
敵には容赦しないが、味方を大事にする為人かもしれない…くれぐれも、対応を間違えてはならんな。
私は、内心ドキドキしながらも、気を引き締めて、件の料理店前まで来た。
だが時既に遅し、問題が既に発生して店前に人だかりが出来ていることに気がついた。
周囲には緊張をはらんだ雰囲気が漂っている。
ああ、こ、これは、いかん!
騎士アルゴの対応は難しい。
もし失敗し彼を怒らせれば、この港町ならず、領内外を問わずして、この島と海域、大陸まで、災厄が付近一体を襲うに違いない。
…500年前と同じように!
それだけは、断じてならん!
私は、焦り人並みを掻き分けて入っていった。




