ワルプルブス会談再び②
高い天井まで届く海側の一枚窓から、差し込んだ光りが、ホテル内を茜色に照らしていた。
…今では古老の趣きのあるこのホテルも当時は若々しい様相をしていたのであろうか?
茜色が、海を、街を、この僕をも照らしている。
僕は、ただこの光景を眼に焼き付けるように眺めた。
…来た甲斐はあったな…と急に腑に落ちた。
数刻の時を経た夕刻に、剣匠は紫黒を基調としたスーツに身を包んだ太めの年配の男を連れて来た。
その男は、まるでドスドスと擬音語を彷彿させるように、乱暴に足を踏み締めて、勢いよく、僕の方に向かって来ているのが目の端に映った。
その恰幅過ぎる体型は、日頃の積み重ねた不摂生の賜物だろうか?
髪の無い頭は、ワルプルブスの上流階級で流行っているのだろうか?
僕は彼が来るのを待ちながら、僕は取り留めのない事柄を考えていた。
おそらく彼が、今回の発端を作った男の父親なのだろう。
件の彼は、今では病院に運ばれ生死の境を彷徨っているとか…
近づくにすれ、その額を含めた頭や顔は、照り返すほどの油で光っているのが分かった。
インゲンの個別の体型や顔つきなどに、興味などないが、生理的に、ちょっと触りたくはないなと感じた。
…僕は油虫は嫌い。
ヒト種は、外見で好き嫌いはいけないと、言う。
…いけない?
奇妙な概念だ。
初見で中身などは、分からない。
外見で、ほぼ100%判断するしかなし。
外面の嗜好の好き嫌いは千差万別、僕にも当然嗜好の偏りはあるし、他者の嗜好に口出すとは不遜に過ぎる。
それにしても引き締まった細身の体型の剣匠とは、背丈は、ほぼ変わらずなのに、実に対象的な御仁だ。
その男は、ギョロリと眼をひん剥き僕の目前まで来ると僕の胸元を、勢いよく指で指し示してから、唾きを飛ばす勢いで口を開いた。
「…貴様かぁ?!こ、この碌でも無い刃の責任者は!!…わしの息子をどうしてくれる?責任を取れ!責任を!奴隷に身を落として損害を生涯賠償するのは勿論、わしの息子を今すぐ治さなければ許さんぞ!」
夕方の落ち着いた静寂に男の野太い怒号が鳴り響いた。
言ってる内容は理解し難いが、僕に向かって憤りをぶつけているのは分かった。
荘主と剣匠は、その光景に、彼を止めることもなく佇んでいたが、案内して来た剣匠は、報告の必要を感じたのか、憤りの主を紹介してきた。
「…鍛治師殿、この方がワルプルブス市の代表議員、ワルプルブス氏です。」
ワルプルブス市の夕陽が、この場にいる全員を照らしていた。
ワルプルブス市の市政は、君主を戴かず、市民から選出された議員より運営されている。
代表議員とは、議員から選ばれた市政の第一人者であり市政のトップに他ならないと…と船旅で、剣匠から説明された。
余計なお世話だが、この様な激昂型の若輩者が市政のトップとは…ワルプルブスの治世が、些か心配になって来る。
「…代表議員よ、大変であったな。貴様の息子は死なせない。責任は取る。後は任せよ。」
僕は、イーハトーボを護る為に刀を贈った。
イーハトーボは、人社会の平和を護る為に、その刀を、この地に遺した。
僕の甥は、なんたるお人好しだろう。
狭量な僕の柄ではないが、この場は…彼に沿おうと思う。
代表議員は、彼にとっては意外であろう僕の言葉に目を白黒させてから、暫くするとワナワナと震え出し、大きな身体が崩れるように床に両膝を着き、僕に頭を垂れた。
「…お願いします。息子を救けて下さい。お願いします。
くぐもった声で言うと、彼は号泣した。
動揺している代表議員を宥めて、彼と共に病院に急行し、息子を診たところ、毒素が身体中を廻り、意識無く、重体であるのが分かった。
…このままでは近日中に亡くなるだろう。
…やれやれ。
代表議員と似た風貌に、触るを躊躇したが、もしイーハトーボが同様の重体ならば…と思い、ハイエルフに伝わる神の癒し御技である[白掌]で直した。
暫くの間、滞在し、代表議員の息子の無事を確認すると、即刻、僕は逃げるように船に乗り込みワルプルブス市を後にした。
障りがあったわけではないが、ヒト社会への介入は必要最小限にしたかったのだ。
船旅は帰りも快適であった。
やはり、ガイドとシェフは同伴した方が良いなと、連れて行くと判断した当時の僕の慧眼には、自分ながら感心した。
元の港に戻った処で、彼らにお褒めの言葉を与えてから解放した。
そして、僕は、故郷である森に帰り、元の生活に戻った。




