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灰の預言者  作者: 吉越 晶
第4章
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27節 昇日

 俺は、アルカディアの「教会」に所属する一般信徒だった。


 だが、アルカディアの連中は嫌いだった。


「今日外の国の奴らが入れてくれってやって来てよー、身の程を教えてやったわ」

「最高!俺もこの間、汚ねー格好したやつが乞食に来たから、痛みつけて追い払ったわ!」


 毎日のように聞こえてくる不快な会話。


「この間、あそこの家の子供が左遷されたらしいわ」

「いい気味ね。元々何を考えてるのが分からない人だったし」


 悪口に花が咲く近所の会話。


「お前の髪色キモいんだよ!」

「おしっこみてーな色!臭いんだよ!!」


 子供の頃に浴びせられた、偏見に(まみ)れた差別の視線。


 こいつらは、たまたま運良くアルカディアに生まれ、恩恵を受けているというだけで、自分たちが他よりも優れているのだと本気で思い込んでいる馬鹿どもだ。


 他の奴の視点から物事を考えられない盲目ども。本当に嫌気がさす。


 そんな中、なまじ人並み以上に魔法の才があったからか、俺はパスリエ帝国との最前線基地へと配属された。


 そこで見た、『聖天騎団』とかいう特権部隊。


 ぶつぶつと独り言を言ってる奴。横暴な態度で一般信徒をいじめる奴。いつも違う女を連れて歩いてる奴。


 暴力を持って生まれた奴らが、幅を利かせて好き勝手やってる場所。


 心の底から軽蔑した。


「聖天騎団の奴らは気に食わないけど、バルバルス隊長は可愛いし優しいよな」

「わかる!何回俺のムスコがお世話になったことか」

「いやわかるわ〜」


 基地の一般信徒が口々に噂する、『聖天騎団』の隊長。


 確かに話のできる人ではあったが、しかし力を持っていながら、「聖天騎団」の連中を野放しにしている時点で同罪だ。


 ーーー本当に、アルカディアにはクズしかいない。


「それでは、出発しましょう」


 ある時、そのバルバルス隊長の号令の下、「聖天騎団」と前線基地の何人かがウセリオリ支部へと進むことになった。


 聞こところによれば、逃走中の「大罪人」を討伐するためらしい。


 わざわざ敵対している大国との前線基地から戦力を持ってくるなんて、どんな大事なのだろうと考えたが、しかしこいつら“暴力の化身”みたいな奴らが負ける姿は想像できなかった。


 誰も、こいつらを止められない。


「撤退!撤退!!」


 だから、その光景は俺の(まぶた)にこびりついた。


「助けてくれえええ!!」

「逃げろ!!逃げろ!!!」


 追い詰めた「大罪人」。そいつが、圧倒的な戦力差を、より大きな力で覆していく。


「悪魔!!悪魔だ!!!」

「血が……止まらない……!!」


 誰も否定できないと思った現実が、今目の前で悉く否定されていく。


「悪夢だぁぁぁぁあああ!!!」


 奇跡だ。

 彼は、「大罪人」ではなく、「執行人」だったのだ。


「!」


 ふと、足元に何かが引っかかった。


「たず……助けて……!!」


 血に濡らした手で、俺の足を掴む一般信徒。


「血が……どまらばい……!!」


 興奮した。

 普段は自身の身を棚に上げて弱者を痛ぶる奴が、いざ命の危機に瀕した瞬間、見下していた弱者と同じような行動をする。


「……惨めだな」

「えーーー」


 自分が汚れぬ前に、俺はそいつの息の根を止めた。


「……これは運命だ」


 目の前で、身の程知らずのクズどもをはたき落とす「執行人」。


「俺は……ようやく生まれた意味を知った……!」


 俺がアルカディアの考えに染まらなかったのは、俺が、他の奴らを心底気に入らなかったのはーーー


「ーーーこの「執行人」と共に、地球に蔓延ったガンを消毒するためだ!!」


 ウセリオリ支部は壊滅し、俺はなんとか生き残った。


 「執行人」の姿はどこにもなく、廃墟になった旧ウセリオリ支部で、依然として燃え続ける心を胸に、俺はその時を待っていた。


 ーーーそして、その時はようやく来た。


「髪は全部切ろう。万が一、風貌を覚えられていたら厄介だ」


 噂によれば、どうやら「執行人」ーーー“ラース”という名の男は、ここに戻ってくるや否や、何やら仲間を集めているらしい。


「きっと人手のいることをやろうとしている」


 俺には分かった。


「ーーー“革命”だ」


 強き者たちを排除して、弱者の世界を作りだす。

 

「ようやく始まる……俺の人生が……!」


 正義の心を胸に抱いて、“ラース”の下へと走り出す。


 廃墟となったその町は、今まで見たどんな景色よりも、色鮮やかに輝いていた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


 男の放った、渾身の攻撃。 

 それに打って出る、フラム。


「ーーー!きたか!」


 放たれた炎の魔力。影を照らす光のような輝きを纏ったその攻撃は、間違いなく彼女の見せる今日最高の威力の技。

 本来であれば、決してスキンヘッドの男が対抗できる筈のないほどの出力を纏った魔力。


(だが、俺にはラースの魔力がある!!)


 命を根絶する魔力は、生き物の生命活動だけでなく、それによって生じる魔力さえも破壊する。

 幾ら洗練された魔法であろうとも、魔法を支えている土台(まりょく)が壊れてしまえば、たちまちその技も崩れてしまう。


 フラムとセクアの魔法が消されたのは、まさにその性質を利用したもの。


(どんなに威力が凄かろうが、この力の前じゃ関係ないんだよ……!!)


 男の予想通り、放たれた黒い魔力は、フラムの魔法を打ち破りながらどんどんと進んでいく。


「残念だったな!!」

「!」


 聞こえた声。僅かに見えた男の顔は、すでに目元からも血涙を流すほどに流血しており、とてもじゃないが正気には見えなくなっていた。


「俺の勝ちだ!!あの世で罪を償え!!」


 男が、さらに出力を上げる。

 それに伴い、身体中から血が噴出する。


「ははははははは!!!」


 それでも、男は決して弱めない。自分の信念を貫くために。


「ははははははは!!!」


 “正義”を執行し、世界を変えるために。


「ははははははは………は?」


 だが、“正義”の定義が決まっているのは、あくまでフィクションの中での話。


「なんだ……押し返されて……?」


 現実では、全てに当てはまる“正義”の在り方など存在しない。


「なん……!俺は、正しい方にいるのに……!」


 敢えて言うのならば、個々人が各々に抱える信念、ひとりぼっちの正義があるのに過ぎない。


「なんで……!」

「……くだらね」

「!」


 聞こえた、フラムの言葉。だがその声色は、酷く、冷たく男の芯に響き渡る。


「弱い者いじめだなんだ言ってたくせに、やってることは何も変わらない。“弱者”ってのを免罪符に、好き勝手暴れてるだけじゃねーか」

「なんだと……!」

「ま、てめーが気持ちよくなるために踏み躙った奴らの分、ちゃんと罪は償えよ」

「ーーーっ!」


 フラムの炎が、男の眼前へと迫り来る。


 幾らラースの魔力があろうとも、所詮は借り物の力。魔法を破壊することができたとしても、男の持つ魔力以上の出力で来られてしまえば、いくら抗おうと意味のないことだ。


「……ふ」

「?」


 炎に飲まれるその直前。

 それは、最後の抵抗か、それとも、彼自身の信念からきたものか。


「ーーーふざけるな!!!」


 男が、余った力の限りを出して、咆哮する。


「弱い奴がいじめられる世界が正しいと!!本気で思っているのか!?」


 それは、相手の動揺を誘うものではなく、純粋な本心からくるもの。


「強い力を持っているなら!!弱者を救え!!それがお前らの責任だろうが!!」


 男の言葉を、フラムはただ黙って聞く。


「お前は!!ただ自分が嫌な目にあっただけで!!力を持っているのに!!その自己満足のために!!俺を倒そうと言うのか!?」


 黙って聞いた上で、尚も冷たい視線を浴びせる。


「なんとか言ったらどうだ!!この卑怯者!!」


 問われた質問。

 フラムは、考える素振りも見せず、すぐに口を開く。


「……確かに、弱者云々の話はわかる。次からは気をつけようと思う」

「ーーーっ!ならーーー」

「でも一個だけ勘違いしてるのあるな」

「!?」


 男の敗因はただ一つ。


「アタシが満足するためにお前を倒そうとしてる……?ちげーよ」


 獣の尾を、土足で無遠慮に踏んだこと。

 

「ーーーお前が、アタシの仲間を傷つけたからだ……!」


 その怒りを、起こしてしまったこと。


「ーーー!まっーーー」


 炎の渦が男を飲み込む。

 そしてその渦は、やがて大きな一つの球体となって、爆発する。


「『灼日華(ヘリアンテス)』」


 昼間の空に上がった花火は、全ての影を照らす光。


 その日、間違いなく太陽は、2つ昇っていた。


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