25節 “炎”
別に、おかしな判断をしたわけではない。
生き残ったところで、目の前の敵には勝てないのだ。それならば、犠牲になるのは足手纏いの自分で良い。
自分が傷つき、それがフラムの目覚める契機になりうるのならば、その確率にかけるのが一番良い。
何も間違っていない。至極単純で、合理的な判断。
……日陰者には、お似合いの最後だろう。
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血が、滴る。
冷たく、鉄の匂いがフラムの鼻腔をくすぐり、膝の上にこぼれ落ちている。
「……?」
痛みも、気が遠くなるような感覚も無い。自分の体は、極めて正常のままだ。
なのに、血が流れている。
自分の体からではなく、何かを貫いた男の手から。
考えられるのは、一つしかない。
「ーーー!」
恐る恐る上げた視線に映る、藍色の髪の少年。
その、男に貫かれ、真っ赤に染まった腹部。
「……え」
脳が止まる。
目の前で起こった惨劇に、ありありと映る実情に、何より、セクアのとった行動に。
「はっ!バカなやつ!」
男が、セクアに突き刺した手を無遠慮に抜き、反動でセクアが前に倒れる。
それをフラムは、咄嗟に抱える。
その際に触れた、溢れ出てくる血の感触が、フラムの瞳孔を無理やり開けた。
「あ……あぁ……あぁぁあああ……!!!」
目覚めた視界。認識した現実。
「セクア!セクア!セクア!!」
何度呼ぼうと、反応する気配はまるでない。
「何を悲しんでる?」
「!」
涙を流すフラムに、男は血のついた手を払いながら、うすら笑いを浮かべて話す。
「安心しろよ。すぐに会える」
男が、再びその手に黒い魔力を纏わせる。
「っ!」
フラムの中に溢れる、後悔、怒り、憎しみ。
セクアの体を抱きながら、それらの強い感情が魔力となって溢れ出す。
「……そいつ、お前を庇って死んだな」
「!」
だが、男は反撃のチャンスを与えない。
「つまりーーーお前のせいで死んだんだ」
「ーーー………」
フラムの魔力が、霧散する。
「お前が、仲間のために立ち上がる奴なら、こんなことにはならなかった」
「………」
男が、ギロチンの刃のように、自身の手刀を上に上げーーー
「……本当、どこまでいっても、お前はクズだ」
そして、振り下ろす。
ーーーその直前、
「うおぉぉぁぁぁああああ!!!!!」
「!」
命を落とした思われた少年が、目を覚まして咆哮する。
「なーーー」
横文字一線。
微かに残った魔力を放出し、圧縮した水流を男の横腹に当て、そのまま吹き飛ばす。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
だが、僅かに残った魔力、その全てを絞り出した一撃。
ままならない呼吸のまま、セクアは再びその場に倒れ込んでしまう。
「……!セクア!」
ギリギリのところで抱えたフラムが、セクアの表情を覗き込む。
顔は青くなり、口からは血を吐いている。当然、男に貫かれた横腹もそのままだ。
「なんで……!なんで……セクア!」
「ハァ……ハァ……ハァ……」
掠れる意識の中、セクアの内に溢れる思い。
それは、直感だった。
「セクア!!」
おそらく、時間はそう長くない。
耳に届く、涙で吃った少女の声を聞きながら、セクアは、残った力を振り絞って声を上げる。
「……フラム」
「!」
かけられた声に、フラムの意識もまた、少年の方へと向く。
「大丈夫だ……急所は……外れてる……」
「でも!血が、こんなに!!」
涙を流す少女の顔に、ふとセクアは、初めて会った時のことを思い出す。
横暴で、他者を見下す態度の少女。
だが、そんな面影、今はまるで感じられない。
「……フラム」
「喋るな!」
「確かに……変わった……というのは……間違いだった……」
「喋るな!!」
フラムの懇願も虚しく、セクアは言葉を続ける。
「君は……旅を通して……人を知り……そこに慈しみを持つようになって……」
「おい……!言うこと聞け……!」
「確かに……これは変化じゃない……」
セクアは知っている。
たった数週間でも、見てきたのだ。少女の在り方を、やってきたことを、その姿を。
変わったのではない。
そこに、もしも名前をつけるのだとすればーーー
「……そうだ……君は……成長したんだな……」
「……!」
苦しそうなセクアの口元が、僅かにだが上がる。
「……フラム……何を泣いているんだ……?」
「……だって」
「らしく……ないな……。……君は……いつも不適でいるのが……取り柄だろう……?」
「……でも……!」
「……ほら……笑って……見せろ……“フラム”……」
「……!」
フラム。暗闇を照らす、炎を意味する言葉。
少女は思い出す。かつて、「聖天騎団」の隊長に言われたことを。
ーーー『フラムの笑顔は、みんなを明るくしてくれますね。……まるで、太陽みたいに……』
自分の、在り方を。
「ーーーああ」
目元を拭いて、不器用でぐしゃぐしゃになった顔のまま、少女は笑う。
「……そうだな……!」
何より輝く、少女の笑顔。
その顔を見て、セクアはポツリと、一言呟く。
「……ああ……やっぱり……眩しいなぁ……」
少年が、力なくその目を閉じる。
フラムも、その様子を見届ける。
「………」
涙は止まらない。心も苦しいままだ。
でも、笑顔は崩さない。
「……うん」
セクアの口元に耳を当てて、呼吸を確認する。
「……大丈夫……まだ生きてる……」
自分に言い聞かせるように、鼓舞するように、言葉を舌で転がす。
「……少し……待っててくれな」
優しく、少年の体を地面へと預け、立ち上がる。
ーーーそして、自分の背後に現れていた男の分身体を、燃やし尽くした。
「ーーーひでーな」
「!」
そして、聞こえた足音。
目を向ければ、先ほどセクアが吹っ飛ばした男が立っている。
「……なんだ?まさか、今更戦う気でいるのか?」
「……」
男の言葉が、フラムを襲う。
「敵討をしたところで、それは所詮お前の自己満足で終わる。お前が踏み躙った奴らは、それを見てどう思うかな?」
「………」
邪悪な笑みを浮かべて、男がその手に黒い魔力を宿す。
「おとなしく罪を受け入れろ。それが、お前のためだ」
「………」
一歩ずつ、男が距離を詰め始める。
その状況下で、フラムは改めて男の言葉の意味を考えていた。
ーーー考えた上で、ため息を吐いた。
「……よくわかんね」
「?」
男の足が止まる。少女の纏う気配が、先ほどとはまるで違かったから。
「お前さ……さっき言ってたよな?アタシは変えられたって」
「……ああ、その通りだ。あんたらの親玉の魔力の影響を受けてーーー」
「お前もだろ?」
「……?」
フラムは思う。
彼らの親玉である男が、ヤコブと同じ力を持っていることを。
他者の感情に影響を与える、特殊な力を持っていることを。
それを、対峙している男が言っていたことを。
「その黒い魔力……お前が言ってる“ラース”とかいう奴のだろ?もらった力だろ?」
「………」
迫る核心。
男の顔から、笑みが消えゆく。
「ーーーじゃあお前も、変えられてんじゃん」
「てめぇ……!」
男の顔が、鬼気迫るものへと変容する。
その様子に、フラムは笑みを浮かべた。
「そう怒んなよ。捉え方次第って奴だろ?」
フラムが、自身の魔力を解放する。
「アタシは、ヤコブの魔力が“キッカケ”で成長することができた。……お前もそうじゃねーの?」
洗脳と言われようと、変えられたと言われようと、それでもフラムは、自然を感じ、自分の足で進んで、進歩したのだ。
それを、セクアが気づかせてくれた。
「だからさ、そんな苦しそうな顔するなよ。悪いもんじゃない」
太陽のような笑みを浮かべて、流した涙を熱に変えて、少女は今、見せつける。
「ーーー案外、心地良いぞ」
成長した、自分の姿を。
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