8節 思い、馳せて
名前を呼ぶと、そのまま少女はヤコブの隣へと腰を下ろす。
「お疲れ様。色んな人の手伝いをしていましたね」
「うん。みんな優しくて、良い人たちだった」
「それはローサが優しいからですよ。だからみんな、その感謝を伝えているだけです」
「えへへ、ちょっと照れる」
顔を赤くしながら、少女は頑張った証を拭いとる。
「ヤコブは?」
「何がですか?」
「ずっとここにいたから、疲れてたのかなって」
「そう見えちゃいましたかね」
「大丈夫なら良いの」
「ありがとうございます。でも僕は大丈夫ですよ」
「そっか」
汗を拭き取りスッキリしたのか、ふぅ、と一呼吸入れるローサに、ヤコブはふと思い浮かぶ。
「そういえばローサ。さっき僕たちの旅の目的を聞きましたよね?」
「うん」
「ローサは何か、僕たちについてこようと思った理由はあるんですか?」
「理由……」
聞かれ、少し考える。
ーーー『きっと、貴方を助けてくれる人が来てくれる』
思い浮かぶ、母の遺言。
言ってしまえば大それた理由などはなく、ただ直感的に母の言うことに従っただけ。
とはいえ誰でも良かった訳ではない。
あの日炭鉱でヤコブと会った時に、何かそこに特別な糸を感じたからこそ、少女は旅に、どこまでも一緒にいたいと感じたのだ。
だから、ヤコブたちと一緒に入れれば良いわけで、そこに何か目的や理由などは特に無い。
「……うーん……ちょっと分からなーーー」
ふと目に入った、子供と一緒に歩いている家族の姿。
それは、あまりにも偶然に、しかしローサの確かな想いを呼び覚ました。
数年前、奴隷として攫われるよりも前の記憶。
「……お父さんに会いたい」
「お父さん……?」
「うん」
少女は馳せる。
今は朧気な故郷の思い出の中、こちらを見送り、手を振る父の姿を。
「待ってる」という、その言葉を。
「お父さん……今でもきっと私と……お母さんのことを待ってる……」
「………」
その目に浮かんだ涙に、縮こませ、震える弱々しい姿は、今まで感じた特別な何かを忘れさせてしまうような、年相応の姿。
同じく家族に思いを馳せるヤコブには、ローサの思いは酷く共感できるものだった。
涙を流すローサに、ヤコブはそっと、魔力を込めた手で片方の手を握る。
「大丈夫。必ず僕が、ローサを故郷に連れ帰ります」
「……ゔん……!」
ヤコブの手に、ローサはどこか温かい安心感を覚えて、頬が緩む。
その様子を見ると、ヤコブもどこか嬉しかった。
そこから2人は黙って並び、ただ時が過ぎ去るのを待っていた。
緩やかに進む時間の中、時々聞こえる鳥の声を、肌をかすめる風の感触を、同じ景色を目にする瞬間を、その手に感じる温もりを。
劇的なことなど何も起きない。何かアクションを起こすわけでもない。
そんな無駄な時間が、今はただただ心地よかった。
「……ねえ、ヤコブ」
ふと、ローサが口を開く。
「ーーーありがとう」
「え?」
聞いた言葉に見開いて、少女の横顔を視界に入れる。
その時に入った彼女の姿は、光を通す白髪だからか、何故だかピンク色に染まっているように見えて、そして感情は、今まで見てきた何よりも白く、清らかで純粋な色を示していた。
「どうしたんですか?」
「ううん。助けてくれたこと、そう言えばちゃんと口にしてなかったなって思って」
「ああ……別に良いですよ。当然のことをしたまでですから」
「それでもお礼はちゃんと言わないと」
「ふふ…そうですね。……でも、それを言うなら僕だって……」
「ん?」
「………」
どこまでも純粋で、可憐で、目を引いてしまうその存在が、言葉では形容できないほど、何故かヤコブには眩しく映る。
「ーーーいいえ、僕の方こそ……」
だからこそ焦がれてしまう、焼かれてしまう、惹かれてしまう。
「……ローサと会えて、良かった」
空虚な言葉が口から出て、少女の向ける笑顔に、自分の心の棘が、より大きく、深く刺さってしまう。
その傷口から安堵の気持ちが溢れるのは、一体、何故なのだろうか。
「……?」
そしてそんなヤコブに、ローサもまた、どこか違和感を覚える。
「ねぇ、ヤコーーー」
「おねーちゃん!」
「!」
突然、何人かの子供がローサに話しかけて来た。
ヤコブは見ていたからわかるが、彼らはローサと一緒に仕事の手伝いをしてた子たちだ。
「これあげる!」
「お花?」
「うん!おかーさんが言ってた!女の子にはお花をあげると良いって!」
「そっか!ありがとう!」
その光景を、ヤコブはどこか微笑ましく感じる。
ローサが渡されたのは、アルカディア国内でも見かけることのある、黄色い花びらが特徴的なたんぽぽだ。どこかで引っこ抜いてきたのか、その根本には土が付いている。
「……あれ?」
ふと、1人の子供がヤコブの方を見る。
「どうかしましたか?」
「おにーさん。おねーちゃんの彼氏なの!?」
「え?」
全く予想だにしていなかった質問。
子供の質問だ。好奇心を見せる子供の笑顔に、おそらくちょっとした冗談のつもりなのだろうとヤコブは落ち着いているが、しかし反面ローサの方は耳が少しだけ赤くなっている。
しかし、ヤコブはそんなことに気づく様子も無く、ただ微笑んで子供との質問を続けていく。
「何でそう思ったんですか?」
「だって手繋いでる!」
「え……ああ……」
子供の指差す方へと視線を落とせば、そこには先ほど、ローサが泣いた際に握った2人の手。
あまりにも心地よく、長い間握っていたせいで、ヤコブにはその感触が馴染んでおり、すっかり忘れていた。
「やっぱり付き合ってるの!?」
「違いますよ」
言い、ヤコブはその手を離す。
「そうなの?」
「はい。ローサはただの旅仲間ですから」
「えー、つまんないのー」
「ふふ……ごめんなさい」
正直に口を尖らせる子供に、ヤコブはやはりどこか微笑ましく、これが親心なのだろうかなど考える。
すると、次はまた別の、先ほどローサにたんぽぽをあげた子供がヤコブのに話しかけてきた。
「でもおにーちゃん、おねーさんの仲間なんだ?」
「はい」
「じゃあーーー」
すると突然、今度は足元に咲いている、ローサに渡したのと同じたんぽぽをその子供が引き抜いた。
「え?」
「はい!おにーちゃんにもあげる!」
「え、ありがとうございます」
「何故?」と思いながらも受け取ると、子供は満足そうに笑った。
その笑顔を見て、理由は分からずともヤコブもどこか嬉しくなる。
すると、そんなヤコブにローサが一言。
「良かったね」
「ええ、まあ確かにーーー」
ローサの方を見れば、しかしその表情はどこか不機嫌な様子であり、そして見える感情はまさにそのまま。思わず言葉が止まってしまう。
髪色は、またもや気のせいなのだろうか、たんぽぽと同じ黄色になっている。
「えと……どうかしましたか?」
「別に」
「………」
初めて見る一面に、ヤコブは内心嬉しく思うも、同時に焦りも覚える。
どうすれば良いのか分からず、ただ手のひらに感じる湿った汗の感触を握っていれば、再び、子供達が大声を出し始める。
「あー!お父さん帰ってきた!」
「!」
声に釣られて見てみれば、そこには狩りから帰って来たのだろう大人たちが、住民たちに囲まれている。
嬉しそうな表情を見るに、どうやら狩りは大成功の様だ。
「……ん?」
気のせいだろうか。
その狩りのメンバーの中には、何やら見たことのある赤髪の褐色少女も混じっている。しかも大きな鹿を持ち上げならがら、住民たちの歓声を一身に浴びてる様子だ。
「行こう!」
「うん!行こう!」
そう言い、まるで嵐の様に子供たちは走り去っていく。
「おにーちゃんたちも待ってるからね!」
「え、でも……」
申し訳ないと。
しかし喉まででかかったその声を聞かずに、子供達は行ってしまった。
「………」
「………」
残った2人。しかし何故か不機嫌な様子のローサに、ヤコブはやはり気まずさを感じる。
「……はあ」
ため息。
聞こえた音に、ヤコブはまさかと思いながら横を見ると、ローサが立ち上がっていた。
「……行こう。ヤコブ」
差し出されたその手に、そして再び髪が真っ赤に染まっている少女の姿に、さっきまでの不安は嘘の様に溶けていく。
「ーーーふふ」
「なに?」
「いいえ、なんでも」
そんな自分の気持ちがどこかおかしくて、思わず笑顔を漏らしながら、不満そうな彼女の手を握った。
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その夜は、久々に楽しい時間を過ごした。
住民たちも歓迎ムードで、ヤコブたちをもてなそうと様々なご馳走を出してくれた。
アルカディア国内であればいつでも食べれそうなクオリティだが、しかし何故かその味は、体に、そして心に沁みた。
十分にもてなされ、自然の癒しを受けて、ただただ楽し1日を過ごした時間の中、そんな光景が、ヤコブにいらぬ考えを膨らます。
過酷な環境に晒されながらも、それでも自分たちのような旅人を暖かく迎えてくれる外の国。
豊かな環境に囲まれていながらも、自分たちのことだけを考え、外の世界を迫害するアルカディア国民。
そんな簡単に二分できる問題でないことは分かっている。
だがそれでも、盗賊のリーダーの男の境遇が、そしてヨハネスブルクでの体験が、どうしても強烈に、ヤコブの眼に焼き付いてしまう。
ーーー『悩みなさい。そうしてその果てにでた答えは、たとえ多くにとっては最悪でも、貴方にとっては最善になる』
ヨハネスブルクで聞いた、オブロス司祭の最後の言葉。
ヤコブは考える。
自分が行くべき道は、どこなのだろうか。
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