1節 悪夢
「あっちにいる! 追いかけろ!」
誰かが、叫んだ。
周りも、それに応じるよう走り出す。
「逃げられるぞ!」
「殺していい!! 早く行け!!」
叫ぶ「教会」の人間が追いかけるのは、とある3人の家族。
セントラル中央支部の建物内を、逃すまいと、大人数で駆け抜ける彼らに対し、その家族もまた、必死に足を動かしていく。
「……これ以上はもう無理だ」
「!?」
不意に、その家族の1人、夫の方が呟いた。
「何を言ってるの!? ここで諦めるなんて──」
「ここは僕1人で食い止める。君はその子を連れて逃げるんだ」
「え……」
夫の覚悟に、言葉を失くす妻。
だがその様子に夫は、柔和な笑みを浮かばせて、妻と、そしてその腕に抱えられている赤ん坊の顔を見る。
「……皆はこの子を〝悪魔〟だなんて呼ぶけれど、そんなはずない。まだ生まれたばかりの子なんだ。……これからきっと、お兄ちゃんみたく皆んなを照らす存在になる」
「いや……いやよ……!」
別れの予感。
縋るよう、駄々をこねる子供のように、妻は、夫の袖を掴む。
震えるその手に、涙を浮かべて、それでも掴んだ袖を引っ張ろうとしないのは、どこかでこれが最善手であることを理解しているからだろう。
そして夫も、その妻の気持ちを分かっていた。だからこそ、その手を両手で握り返して──笑った。
「迷惑をかけてしまうけど、どうかこの子を、よろしく頼むよ」
「──ッ!」
「いたぞ!!!」
背後から聞こえた追手の声に、夫はすぐさま顔色を変え、背中を向けて叫んだ。
「さあ! 早く!」
「……うぅ……うぅぅ……!!」
溢れる涙を噛み締めて、妻も夫に背を向け走り出す。
「逃すな! 殺せ!!」
「──ッ!!」
放たれる魔法の応酬に、夫の方も魔力で作った壁で応戦する。
しかし、所詮は時間稼ぎ。すぐに突破されることを、夫は内心察している。
人生が終わりに近づく僅かな時。
熾烈な攻撃を壁越しに受けながら、夫が思い耽たのは、先ほど逃した妻と息子。
「……本当は、ヤコブも連れて行けたら良かったんだけどなぁ……」
支部のどこかにいるであろう、もう1人の子供に思いを馳せながら、それでも無理やりに笑顔を作り、覚悟を決める。
「……どうか健やかに生きてくれ。そして主よ。もしも本当にいるのなら、僕の家族を、どうか見守りたまえ……」
家族への想いを糧に、夫は自身の魔力、その力を凝縮し、全身を発光させる。
「──!? これは……まさか……!!」
「爆発する!! うしろに下がれ!!」
気づき、急いで退避しようと焦る追手は、しかして間に合わず──
「……!」
──そして、建物の外、そこまで避難していた妻は、確かに感じた。
予め用意していた馬の背に乗りながら、その後ろ、自分の背中を押すよう励ましてくれる、夫の魔力を。
真夜中の帷が落ちた空に咲く、太陽の如く一縷の花。
その光に驚いてか、抱えていた赤ん坊が目を覚まし、泣き始める。
「……大丈夫よ」
一生懸命泣きじゃくる赤ん坊に、涙を落としながら、自分に言い聞かせるよう、妻はあやす。
「大丈夫……大丈夫だからねぇ……ヴィオラ……」
過酷な世界。その現実へ、赤子と2人、国から追い出されたとある家族。
赤ん坊を連れた母親は、そのまま闇の中へと姿を消した。
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窓から当たる陽の光に、彼──シュリアム・グラン・リズムは、ベッドの上で頭を抱えてた。
理由は、目覚めの悪さ。
先ほどまで見ていた悪夢。16年前の記憶がその原因。
「……はぁ」
大きなため息を吐き、ベッドから体を下ろす。
気だるげな朝だろうと、彼にはやるべき仕事があるのだから。
最低限の家具のみが置かれた質素な部屋のクローゼットに手を入れ、寝巻きから手早く修道服に身を包み、彼は部屋を後にした。
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