30節 “自分”の気持ち
運命だと思った。
この目に映る、少女の感情。
その子の生き方が、振る舞いが、信念が、まるで絵に描いたように理想的で、とても眩しく映った。
僕のような偽善者でなく、心の底から他者を思える、献身的な精神を育んだ少女。
憧れた、慕情した、嫉妬もした。
それら全部の感情が、とても心地よく感じた。
──同時に、その子を見て映る自分の醜さに、何か安心感のようなものを感じたのも事実だった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「……」
目が覚め、体を起こす。
手早く洗顔、朝食、着替えを──旅用のコートに袖を通して、大きなカバンを背負って扉を開ける。
「よう!」
「……おはようございます」
出迎えてくれたのは、明るい笑顔を輝かせる赤髪の褐色肌の少女──フラムと、藍色の髪にメガネをかけた、どこか暗い表情の少年──セクア。
「2人とも、おはようございます」
2人の挨拶に出迎えられた白の長髪の少年──ヤコブもまた、柔和な笑みで挨拶する。
2人とも、格好はローマ支部、サウサーンシティを出発する時と同じ、自分の身分を隠すための旅用の動きやすい服に身を包んでいる。
ヨハネスブルク支部に着いてから1週間ちょっと。
旅を始めたのは2週間前だが、ヤコブは、何故だかこちらの服の方が、どこか安心感を感じていた。
「……」
「セクア。何かありましたか?」
「……いいえ、大丈夫です」
セクアの様子が気になり、伺って見るが、セクアは目線を逸らしたまま有耶無耶に答える。
「なんかこいつ最近変なんだよ」
「……どこか体調が悪いんですか?」
「いいえ。……本当に大丈夫ですので」
心配するヤコブから視線を外し、セクアは半ば早足でその場を後にする。
「大丈夫でしょうか……」
「まあ、あいつぐらいの歳ならそんなこともあるだろ!」
「フラムも同い年ですよね?」
「アタシは大人だからな!」
セクアの様子が気がかりになる一方で、それでも変わらない様子のフラムに、ヤコブは少しばかり励まされる。
初めて会った時には、ここまで居心地の良い関係性になるとは思ってもいなかった。
「……さて、昨日言ったとおり、寄りたい場所もあります。セクアに遅れないよう、僕たちも出発しましょう」
「そうだな!」
軽快に会話を終えて、セクアの後に続くように、ヤコブとフラムも足を進めた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「すみません。我儘言っちゃって」
「別にいいよ! 気にすんな!」
「……」
ガラス張りのタワー、現ヨハネスブルク支部から出発した3人は、町の中央にある病院に訪れていた。
時刻にして、まだ朝の6時を回った頃だろうか、街道に人気は少なく、やけに濃い青空の下で、ヤコブは病院の扉を開ける。
「ヤコブ!」
「おはようございます。ローサ」
開口一番、明るい少女の声が院内の受付に響く。
ヤコブが病院を訪れた目的、それは、先日の戦いで助けた奴隷の少女──ローサ。
ヤコブとお揃いの白い髪をたなびかせ、病衣でなく、髪色と同じ白いブラウスと青いスカートを揺らして駆けてくるその姿に、思わずヤコブは頬を緩ます。
「本当に来てくれたんだ」
「もちろんですよ。ローサの退院日ですから」
「ふふ、嬉しい!」
「僕もです」
自分よりも小さいローサに視線を合わせるよう、膝を曲げて向かい合い、会話をする。
そんなちょっとした気配りに、しかしローサはどこか不満を見せた。
「ねえヤコブ……子供扱いは辞めてって言ったよ……?」
「あ、ごめんなさい。つい......」
「私とヤコブ、お医者さんも言ってたけど、そんなに歳離れてないよ。2歳差だよ」
「あはは、ごめんなさい」
「全く...…」
和気藹々とする2人。
その様は、いつも見ているヤコブとは違うことを、フラムとセクアに感じ取らせる。
「楽しそうだなー」
「......」
「...…お前、やっぱりなんかあっただろ」
「......何もないと言ってるだろう」
「言葉のキレがないぞ」
「........」
フラムの言葉に、セクアは逃げるよう視線を逸らす。
幸か不幸か、そこで彼は気づいてしまった。
院内の空気が、少しばかり重苦しい。
「……」
見渡し、セクアは考える。
敵対している組織であるパスリエ帝国の民、あるいは奴隷だった人たちを入院させてくることからくる確執が原因だと。
「......いや」
訂正。確かにそれも一因であるだろうが、しかし1番の原因は、ヤコブの存在だ。
先日起こった、ヤコブが来院した際に起こった乱心事件。
それが現状の空気を作っているのは、紛れもないことだった。
「……」
視線を、ヤコブの方へと戻す。
少女と微笑ましく会話する、周りのことなどまるで意に介していない、自分の世界に浸っているヤコブの姿を。
「......はぁ」
横目に映るそんな姿のセクアに、フラムは辟易とする。
しかし、そんな空気になっていることなど露知らず、あるいは敢えて無視をしているのか、ヤコブはローサとの会話に夢中だ。
「ねえねえ、今日はどんな話をしてくれるの?」
「……」
ヨハネスブルクでの問題が解決した後、ヤコブは常にローサの下へ訪れていた。
その時会話の種になっていたのは、ヤコブが幼い頃に読んだ物語の数々。
今までの人生の大半を奴隷として過ごしてきたローサにとって、ヤコブの口から開かれる様々なエピソードの世界は、とても綺麗で鮮烈に、魅力的なものだった。
「ねえ、ヤコブ──」
「ごめんなさい。ローサ」
だから、ローサにとってはそれも初めてのことだった。
「今日は、お別れを言いにきたんです」
「──え?」
現実の夢から目が覚めそうになる、そんな、少し切ない、泡のような体験は。
「な……なんで……?」
震えた声で、蒼白した顔を見せるローサ。
奴隷として生き、母を失い、白色だった世界にようやく彩が溢れ出した。
そんな中、突然告げられた脱色が、ローサにとって受け入れ難いものであることは想像に難くない。
「アタシ……何かヤコブを傷つけるようなことしちゃった……?」
「違いますよ」
「なら何で……」
泣きそうな、悲痛な叫びを上げるローサに、少し躊躇いながらも、ヤコブは言葉を紡ぐ。
「……僕には、大事な使命があるんです」
「しめい?」
「はい」
思い出す、予知夢で見た光景。
人々が苦しみ、悶え、絶望に眩む表情。燃え盛り、黒ずみ、歪んだ口元が見える光景。
「……今の世の中は、とても危ない状況にあるんです。だから、預言者として生まれた僕が、皆んなを助けるために頑張らないといけない」
「だったら私も手伝う! ヤコブのために頑張る!」
「……それは難しいですよ」
「なんで!?」
「この旅は、とても危ない道の上にあります。もしローサの身に何かあった時、僕が助けることができなかったら……それこそ、本当に怖いんです」
「……」
ヤコブの言葉に、ローサも子供心ながら気持ちを汲み取る。
自分を心配する目は、母が見せていた愛情でよく分かっていた。
「大丈夫です! アルカディアにいれば不安なことなんてありません! 僕の方からも話は通してありますので、きっと楽しい生活が待ってます!」
「……うん」
「それに、すぐにこの仕事も終わらせて、すぐに帰ってきます。そしたらまた、色んな話をしてあげますよ!」
「……うん」
「……だからどうか、それまでは我慢してくれませんか?」
「……」
優しく、しかし寂しそうなヤコブの声。
言っていることも、「はい」というのが正解なのも、ローサは分かってる。
しかし、それでも──
「……なあ」
「! ……フラム?」
不意に、フラムが口を挟んできた。
驚いた声を上げるヤコブに、だがフラムの視線はローサの方へと向いている。
「なあ、ローサ。お前は何でアタシたちと一緒に行きたいんだ?」
「え……」
「外の世界はな、ヤコブの言うとおり危ない世界だ。きっとここにいる方が安全だぞ?」
「……」
フラムの言葉に、ヤコブも頷く。
ローサは、一度考えるよう頭を下げ、そしてしばらくした後、そのまま呟くように話し始めた。
「……お母さんが言ってたの。きっといつか、私を助けてくれる人が来るって……」
明るく、郷愁に耽るように思いを打ち明ける少女に、ヤコブとフラムも真剣に耳を向ける。
「ヤコブたちが助けに来てくれた時、私思ったの。きっとこの人たちのことだ! って」
炭鉱の中、フラムの袖を引っ張り、そしてヤコブを見て涙を流した。
「怖いとか、楽しいとか、私にはよく分からないけど……」
瞠目。
顔を上げ、見せるその目は、先ほどまで愛おしく、愛らしく思えたものではなく、確かな覚悟を灯したもの。
「……でも私は、ヤコブたちと一緒にいたい」
「……」
少女の告白に、ヤコブは目を細める。
自分の中にある気持ちが、まるで心臓の鼓動のように暴れているのがよく分かった。
「だってよ、ヤコブ」
「……はい」
「それで、今のを聞いてどうするんだ?」
「……」
背中が押されるように、フラムの言葉が心に響く。
開きかけた内側を、しかしそれでも噛み締めて──
「……そんなの決まってますよ。僕は──」
「ヤコブ」
「?」
呼ばれ、振り向き、視線が交わる。
「お前に聞いてるからな」
「……」
それは、かつて最初に訪れた国の時。盗賊を追い払う際に聞かれた質問、その再思。
ふと、ヤコブは思い出す。
『〝預言者〟としてではなく、〝ヤコブ〟としてどうかだ』
シュリアムに言われた誠実の意味。
こちらを見つめる少女の、不安そうな、縋るような視線と、背中から感じる、自分を信じてくれてる仲間の視線。
「……僕は──」
〝預言者〟じゃない、〝ヤコブ〟としての回答は──
読んでいただきありがとうございます。
面白いと感じて頂けたら、ブクマ、感想、評価の方よろしくお願いします。




