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灰の預言者  作者: 吉越 晶
第3章
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29節 焦燥

 ヤコブの怒り。

 セクアが病院に来たのは、今日こそそれを払拭するためだ。


「おや」

「……?」


 意を決して病院を歩く中、ふと誰かに呼び止められる。

 向ける視線の先、そこに立っていたのは、鋭い目つきにメガネをかけた、中年の男性──オネストだった。


「オ、オネスト司祭! お久しぶりです」

「そう畏まらなくていい。今は休養中だろ?」

「は、はい。ですが……」

「ははは。まあ、そこがセクアの良いところか」


 久しぶりの恩師との再会に、セクアはどこか胸を撫で下ろす。

 オネストは、いなくなったオブロスとプリディスアの代わりに、後継が見つかるまでの臨時市長として、ここヨハネスブルク支部へと来ていた。


「ふーむ……にしてもセクア、少し明るくなったか?」

「え?」

 

 質問の意味がわからず、つい聞き返してしまう。


「いや、なにかな……髪色か?」

「えと……少し意味がわからないのですが……」

「あー! もしかして、教皇様の魔力を頂いたのか!」

「え? それはまあ……はい」

「ははは。そうかそうか、納得だ」

「?」


 容量のつかめない話に、セクアは少しばかり何色を示す。

 それに気づいたオネストは、「失敬」と笑いながら、説明を始めた。


「いやな、仕組みはよく分かってないんだが、ヤコブ様の魔力を貰った相手は、どこか明るく感じるんだ。ほら、街中で会う人に、たまに明るい雰囲気の人がいるだろ? あんな感じにだ」

「あー……なるほど……?」


 オネストの言葉を理解できずとも、セクアは、最初に訪れた国を救う際に貰ったヤコブの魔力、その際感じた暖かさを思い出す。

 確かに、そういった面では多少明るくなったのかもしれない。


 (なお)も少しばかり頭を悩ませているセクアに、オネストは一回咳払いをし、意識を元に戻す。


「それで……もしかしてまた、()()()()()()か?」

「あ……はい」

「そうか。なら()()()()()()に行くと良い」

「……はい。ありがとうございます」


 お辞儀をし、セクアが足を進めようとしたとこで、ふとオネストが口を開いた。


「……にしても、意外なことだ」

「え?」

「いや、ヤコブ教皇のことだ。あんなに、誰か特定の人に対して思い入れを入れることなんて今まで見たことが無いからな」

「……やはり、そう思われますか?」

「ああ。少なくとも、幼い頃に私やシュリアム枢機卿といった、特別な関係性のある人以外にそう言った面を見せることは無かったな」

「……」


 ヤコブの教育係として、長年その成長を見てきたオネスト。

 そんな彼の正直な言葉は、何故か今のセクアには、重く、酷いノイズのように聞こえた。


「……もしかしたら、()かもしれんな」

「………こい?」


 耳を疑った。

 それは、あまりにも酷い響きだったのだ。


「ああ。なんでもあの少女、実年齢は14らしい。見た目が幼く見えるのは、長年の過酷な背活での栄養不足によるものだそうだ」

「……」

「逆に精神年齢は、早くに親を亡くしたからか、少し早く成長してるらしくてな。……まあ、ヤコブ教皇ともあまり変わらないらしいし、そういったところから話が合うのかもしれんな」

「……オネスト司祭」

「ん、なんだ──」


 肝が潰れる。

 その時見たセクアの眼はとても冷たく、そして表情は、どこか我慢しているように歪んでいて、思わずオネストの息を詰まらせた。

 驚くオネストに、しかしセクアは気が付かず、無我夢中で口を開く。


「オネスト司祭は、ヤコブ様に()などあっても良いと?」

「……それは、まあ教皇様も16歳だ。そういうことに興味があってもおかしいことは……」

「教皇様は! 世界を救う〝預言者〟で! 現人神なのですよ!?」

「……!」


 息を切らし、鬼気迫る表情で喋るセクアに、その迫力に、オネストは何も言い返せない。


 セクアが人一倍信仰心の強い者であることは知っていた。何よりも、そう言うふうに教育したのは、他でもない自分なのだ。


 だが、そんな自分の教育の成功例とも言えるようなセクアの姿に、思わず(いびつ)さを感じてしまった自分の心が、オネストにとっては深く、辛くのしかかる。


 同時にセクアも、溜め込んだものを吐き出したからか、間も無く我に帰った。


「………! 失礼しました! 私のような一般信徒が、司祭に対して生意気な口を……」

「……いや、良いんだ。セクアの言う通り、今の私は少しばかり、私情を含みすぎてしまっていた。……反省せねばな」

「いえ、そんなことは……」

「良いんだ。上の過ちを指摘するのも、下の者の役目なんだから」

「………はい」


 下を向くセクアに、オネストは肩を優しく叩く。


「どうか、その調子でヤコブ教皇のことを頼んだぞ」

「………………はい」


 セクアの答えに微笑(ほほえ)んで、オネストはその場を後にした。


 そしてセクアは、しばらく1人でその場に佇んだ(のち)、目的の病室へと足を進めた。


―――――――――――――――


 その病室の中からは、賑やかな話し声が聞こえてきた。

 会話の内容までは分からないが、それでも、その音を聞いてるだけで、こちらまで嬉しい気分になりそうな雰囲気。


「……」


 病室の扉の前で、しかしセクアはその扉を開けずに立ち尽くす。

 扉についた小さな窓から見える()の表情が、何故だかとても切なく感じた。


「……」


 ドアノブにかけた手を離し、静かにその場に座り込む。

 中から聞こえる2人の会話に、セクアはただただ耳を澄ませるのみ。


 先日助けた元奴隷の人たち。その中にいた、自分と同じ青髪の少女。

 何故だか分からないが今は白色になっており、そしてヤコブは、その少女と毎日欠かさず会っている。


「……」


 2人の会話を聞きながら、セクアは扉の窓から見えたヤコブの表情を思い出す。

 自分が見てきた教皇の姿ではなく、純粋な、人としてのヤコブの姿。


「……ッ」


 ヤコブの変化。フラムの変化。

 その中で、自分だけは何も変わってないという停滞感。


 自分の常識が崩れつつある中で、それでもやはり扉を開く勇気はなく、ましてやヤコブに以前の病院での出来事を聞く勇気もなく、ただただ、無力感に苛まされた。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと感じて頂けたら、ブクマ、感想、評価の方よろしくお願いします。


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