12節 対戦カード
──時は半年ほど遡り、オブロスとの密会の翌日。
真っ白な部屋に置かれる、大理石でできた机。
その上には、コーヒーの入ったカップに、良質な樹皮を使って加工された高級万年筆。そして中央に置かれた封筒と書類。
背後の窓からさしてくる陽を浴びながら、部屋の主、プリディスアはその書類に目を通す。
「……ふっ。『我が国のため犠牲になれ』という一言を伝えるのに、帝国様は随分とご丁寧に装飾してくれたな」
ここは、プリディスアが普段仕事をする際に用いる執務室。
部屋の壁際にある棚には、仕事で使うための資料がいっぱいに入っており、無駄な移動を減らすためにトイレやコーヒーサーバー、挙句は仮眠室まで備え付けられている。
最大6人までならもてなせるよう、自身の机とは別に、来客用の長机と椅子も完備してあり、そのため、個室というにはあまりに大きな部屋となっている。
(随分と回りくどく書いているが、要するに私が帝国内でそれなりのポストを得るためには、ここに書いてある条件を満たさなければいけないということ……)
パスリエ帝国からプリディスアたちに告げられた条件。それは主に、3つある。
1つ、パスリエ帝国が十分と判断できるほどのアルカディア国内の情報提供(主に軍事面と政治面)。
2つ、ヨハネスブル支部で獲得できる資源の継続的な供給。
3つ、対魔導士用決戦兵器『Y-AM4E6』の実戦下での効果報告。(尚、パイロットはプリディスア本人であること)
上記3つの成果を総合的に判断した上で、帝国が良しとした場合、プリディスアはそれなりのポストを用意してもらえる。
(1と2はノルマが曖昧。3に至っては、パイロット経験の無い私を指名した時点で話にすらならん……)
あまりにも、無謀で馬鹿げた条件。
そもそもとして、帝国からすればプリディスアは敵国の人間。元から協力する気など無いのかもしれない。
だがそれでも、この話を蹴ってアルカディアに居続けたところで、待っているのは破滅のみ。
プリディスアからすれば、緩やかに終わりを待つか、足掻いて終わるかの2択なのだ。
「……いや、何を弱気になっているんだ私は」
思い出す。昨夜オブロスと誓った、神殺しを。
「全て達成し勝利する! 最後に笑うのは、私だ!」
差し込む日差しに覚悟を灯して、この時、彼の反逆は始まった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
空気が、目に見えて変わった。
先ほどとは違う、プリディスアの纏う雰囲気。それに当てられ、自然とヤコブの体にも力が入る。
「──?」
最初にそれに気づいたのは、未来視を使っていたヤコブ。
疑問に感じたのは、これより数秒後に起こる、プリディスアの行動。
(これは……いったい……?)
『エクリエイ!!』
思考の最中、プリディスアの号令が鳴る。
それを合図に、少し気怠そうにエクリエイが腕を上げ、同時に、周りを囲んでいた軍人が、その手に持つ銃口をヤコブたちに向ける。
「こういうのは慣れていないのですがね……」
呟き、そして発令。
「──射て」
「「!」」
少し遅れて、セクアとフラムも気づき、困惑した。
銃口が向けられたことにではなく、エクリエイの合図と共に逃げ出した、プリディスアの姿に。
「はぁ?どういうことだ──
瞬間、耳をつんざく破裂音。
困惑するフラムの声は、直後に撃たれたライフルの歓声に掻き消される。
先の爆発によって壊された家具やモニュメント。その残骸が、雨の様に降り注ぐ銃撃により粉微塵となって部屋中を舞って視界を埋める。
その最中、エクリエイは、自身の鼻腔を擦る火薬の匂いを嗅ぎながら、その激しい銃撃の音に身を委ねてリラックス。
「ん〜〜……科学は好かんが、この音は好きだ」
射ち初めてから約10秒。
再びエクリエイが手を挙げ、指揮者に従う楽団の如く一斉に銃撃が止んだ。
本来であれば、人の形などミンチにされているだろう数の銃撃。
立ちこめる砂煙の中現れたのは、先ほど〝エッグプラント〟より射出されたミサイルを防いだ、大量の植物群。
「……ま、ですよねぇ」
想定通りと言わんばかりに、エクリエイは不敵に笑う。
引き金を引いた軍人たちも、皆驚く様子はない。防がれることを確信していたからこそ、向かい側の仲間が巻き添えになる可能性のあるこの状況で、躊躇なく射つことができたのだ。
「ただまぁ、時間稼ぎには十分ですよね」
そう、元から倒す気などない。
たった今行われたのは、プリディスアをこの場から離脱させるためのもの。
予め立てた作戦が、全て通用しないと分かった場合に立てられた、緊急用のプランだ。
(これを使ったと言うことは、ここから先は自由にやって良いということ。……プリディスアが何を考えているかは知りませんが、言われた通り好きにやりましょうか)
エクリエイの口角が上がる。
同時に、ヤコブたちを守るよう展開されていた植物群がはけていく。
当然、中にいたヤコブたちは無傷だ。
「……フラム」
中から出てきたヤコブが、退屈そうにしているフラムへ声をかける。
「なんだ?」
「今すぐ炭鉱の方へ向かってください」
「はあ? なんで?」
「念のためです。万が一セクアの魔法が破られた場合、炭鉱にいる人たちが危ない」
「嫌だよ。アタシあの逃げたやつ追いかけたいもん」
「プリディスアの向かった先が炭鉱の可能性も考えられる」
「憶測だろ」
「フラム」
「……分かったよ」
舌打ちをし、フラムはこの場から離脱するため、ジャンプする。
空気をはじく音がすれば、先ほどまでここにいたフラムの姿は、瞬きの間に豆粒ほどの大きさになっていた。
「セクア」
「はい」
「この教会を制圧してください」
「分かりました」
セクアが返答。
そして次の瞬間、突如周りの軍人が一様に苦しみ、倒れ始めた。
「!?」
面をくらうエクリエイ。だがすぐに、何が起こったか正体に気付く。
「これは……『眼下不全』か……!」
『眼下不全』──対象者の視界を歪ませ、平衡感覚を無くす魔法。
受けた者は、その視界の歪みから脳の機能にも損傷が及び、一時的に歩けないほどの体調不良を起こす。
だが何よりエクリエイを驚かせたのは、その効果範囲。
本来、どれほど一流の魔導士であろうと、この魔法の効果範囲は10メートルが限界であり、それ以上は十分な効果を期待できなくなる。
しかしヤコブは、その魔法を教会全体、挙げくの果ては、敷地内までを軽く掌握する。
その範囲、実に半径約3Km。
魔力を扱える者であれば簡単に対処できる魔法だが、この場に該当する者は、教会の人間も含めわずか数名。効果は絶大だ。
「ではセクア。あとは頼みます」
「お気をつけて」
頷き、すぐさまヤコブは、プリディスアを追うため空を飛ぶ。
「いやいや、逃すわけないでしょう」
ヤコブが自身の身を空に浮かせた瞬間、突如赤色の球体が目の前に現れた。
飛ぶタイミングを測って現れたそれは──
「──bumg 」
突如、ヤコブの目の前で爆発した。
空中で破裂したそれは、月の光を一瞬塗り替え、その場上空を点滅。程なくして爆風が辺りに広がり、セクアの髪がその余波に揺れる。
〝エッグプラント〟のミサイルほどではないにしろ、それでも直撃すれば相応の重症を期待できるだろう威力。
「……あらら、無理でしたか」
爆発によって、不自然に空中に浮いている砂煙。その中から、一筋の光が飛び去った。
正体は、ヤコブの体から発せられた魔力の輝き。その飛行速度と夜空のアクセントで、まるで流れ星の軌跡の様に眩く、プリディスアの向かった方へと突き進んでいく。
「倒せるとは思いませんでしたが、引き返しては来ると踏んでいたんですけどね」
「……」
エクリエイは見る。ヤコブの後ろ姿を見つめるセクアの横顔を。
「もしかして……彼、私を舐めてます?」
「……」
エクリエイの問いに、しかしセクアは無視を続け、小さくなったヤコブの姿を見続ける。
「先ほども、プリディスアの方ばかり見続けて、私の方は一瞥もしませんでしたね。挙げ句の果てには、貴方1人を残して、女の方はどこかに行ってしまうし……」
「……」
尚もセクアは、無視を続ける。
「……やっぱり私、敵として見られていませんか?」
「……ああ、そうだ」
ヤコブの姿が完全に見えなくなったところで、ようやくセクアが口を開いた。
だがその目の色は、罪人を蔑む憐憫模様。
「そして加えるのなら、俺も貴様を舐めている」
「……これだから、アルカディアの魔導士はダメなんだ。……世界の広さを、まるで知らない」
対戦カードは配られた。
人々の寝静まる夜の下、決戦の火蓋が落とされる。
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