8節 芽生える悪意 その2
「……どうせ、言葉を変えて国民を騙しているんだろう」
「ええ、確かに」
「それみろ」
セクアの言葉を、オブロスは素直に認める。
先ほど募っていた苛立ちもあることから、したり顔で言うセクアだが──
「……はははは」
──オブロスは、笑った。
「……何がおかしい?」
再び募り出した苛立ちを言葉に乗せ、セクアが詰める。
だがそれでも、オブロスの嘲笑的な態度はエスカレートするのみ。
「何がおかしいとは……これが笑わずにいられますか!? 何せ、先ほど言った国民への侮辱を、まさに実演されたのですから!」
「何だと?」
状況を飲み込めないセクアに対し、オブロスは笑い、涙を拭いながら言葉を続ける。
「ええ、確かに言葉を変えましたとも! しかしね、意味会いまでは変えていませんよ?」
「だから、その意味を悟られないよう言葉を変えているんだと言っているんだ! 何がおかし──」
「だから、国民はそこまで馬鹿では無いと言っているのだ」
「……!」
突如、空気が張り詰めた。
原因は、目の前の男によるもの。
その表情は、先ほどまでの軽口を叩くものとは違い、明確な怒りによって染まっている。
「……今のこの世界で、充分な教育を受け、そして豊かな生活ができる数少ない場所であるこのアルカディア。そこに住む国民が、言い方を変えたぐらいで本来の意味を汲み取れないわけがないだろう」
その言葉には、単純な怒りだけでは無い、6年で司祭の地位まで上り詰めた、オブロス・オネスト・オブサティオとしての威厳が込められる。
「彼らは、意味を理解した上で、今のこの生活を受け入れたのだ。奴隷を使っているのも、帝国の人間を受け入れたのも、全て、国民の意思なのだ」
「……そんなはずは……」
「ない。と言いたいのですか?」
こぼれ出たセクアのセリフを、オブロスが拾う。しかし、その言葉の続きを、セクアは言えなかった。
「もちろん反論はありましたよ。あなた方の言う通り、〝平和〟と〝平等〟を志す国民からね」
「!」
「──しかしだ。……その反発者を帝国の人間に告発したのもまた、アルカディアの国民だ」
「……」
それは、あまりにも残酷で、理不尽な現実。
「教皇様。貴方も見たでしょう? この町にいる帝国の人間を」
ヤコブは思い出す。高台から見えた、〝エッグプラント〟を整備するパスリエ帝国の人間たちを。
「彼らは普段、ここヨハネスブルクで生活しています。今日は貴方に気づかれないため、あえて合わせないようしていましたが、しかし当然普段は、町中を歩いています。……そしてもちろん、皆もそれを理解した上で、黙認しています」
まるで、違う国の話をされているようだった。
自分たちが信じていたものが、見てきたものが、その実酷く解離していることに、ヤコブの理解が追いつかない。
「ご理解いただけましたかな?」
言われて、納得のできるものではない。
しかし、今の一連の言葉に嘘が無いことは、〝預言者〟故に持っている力によって、無遠慮に伝わった。
──少なくとも、偽りの感情は無かったのだ。
「……いいえ。そんなわけありません」
「!」
「……」
不意に、ヤコブが口を開く。
そのことに、セクアは喜びの表情を見せるが、しかしすぐにその表情は隠れ、眉を顰めた。
「ヤコブ様……?」
何故ならその面持ちは、今までのように威厳や余裕に溢れたものでなく、どこか不安の付き纏う、頼りないものだったからだ。
「世界の〝平和〟と〝平等〟……それこそが……アルカディアの使命。……そしてアルカディア国民も……その思いに偽りなんてあるはずが………」
言い聞かせるも、しかしヤコブの脳裏には、全く別の姿が映し出される。
「非国」、「不浄の地」といった差別用語を、当然のように使う、国民の姿。
先の国で見た、外の国の人間を迫害し、それによって起こった悲劇の姿。
そして、パスリエ帝国の人間を招き入れながら、しかし同じように、悪気もなく接してくる、ヨハネスブルク支部の国民の姿。
心に秘めていた疑念が、浮かび上がる。
「……違う……そんなはず……」
「教皇様」
「!」
辿々(たどたど)しく言葉を紡ぐヤコブに、オブロスは優しく、諭すように言葉をかける。
「〝平和〟と〝平等〟。それは、貴方のような強者のみが信じることのできる望みです」
「……」
だが告げられた言葉は、酷く、解離した内容。
唖然とするヤコブに、しかしオブロスは容赦なく言葉を続ける。
「貴方のように、どんなことでもできてしまえる力があれば、我々もそう言った考えを持てるでしょう。……しかし、現実はそうでは無い。貴方のように恵まれた者は、どんな時だってごく一部です」
「それは……」
「我々弱者が望む世界は、〝平和〟や〝平等〟などでは無い。自分自身の安寧と安らぎだ」
「……」
「だからしょうがないでしょう? 少数を虐げるのだって、黙認し、無関心を決め込むのだって、それこそが、自身の心の平穏へと繋がるんです」
淡々と告げられる言葉は、ヤコブの奥底にあった疑念を、確信へと塗り替えていく。
「弱者は、強者のように余裕など無いのです」
「──」
息が詰まる。まるで、喉元を鷲掴みにされたように、空気が上手く入ってこない。
「……違う……そんなはず……… 〝平和〟と〝平等〟こそが……私たち……の………」
かろうじて出てきた言葉は、苦しい言い訳のようなえずき声。
そしてその想いは、他者へと伝わっていく。
「ヤコブ……様……」
象徴が動じたことにより、セクアもまた、自分の信念に不安を抱き始める。
その様子に、オブロスはため息をついた。
「……神と呼ばれど、所詮は子供か」
苦しむヤコブの顔を見やる。
そしてオブロスは、まるで子供を叱りつけるように、低い声を上げた。
「そうやって、〝平和〟と〝平等〟などと言い聞かしていれば、どうにかなると思っているのか」
「……!」
吐き捨て、オブロスは席を立ち、そして背を向けドアへと足を進める。
本来であれば止めるべき場面に、しかしフラムは、思い出したかのように辺りを見渡すだけであり、セクアは、ヤコブの様子に気を取られ行動に移せない。
「……そう言えば、質問に答えていませんでしたな」
「?」
ドアの前に立ち、オブロスが一言。
「何故国を裏切ったのか。それは、教皇様と私とでは、目指すべき未来が違った。ただそれだけのことです」
扉を開け、オブロスが部屋を後にする。
未来視で見た不穏な光景。その場に残ったのは、予測通りの現実だった。
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