7節 芽生える悪意 その1
「……ふふふ、これはまたご冗談を」
「冗談ではありませんよ」
「……」
空気が張り詰める。
お互いに顔は笑っているが、心中は穏やかでは無い。
「冗談では無いと? ……笑えませんぞ。いくら教皇様といえど」
「ええ。笑えません」
ヤコブが言葉を否定する中、しかしオブロスは冷静だ。
普通の人間であれば、隠し事を当てられた際、いくら平静を保とうとその内側までは誤魔化せない。焦りの感情で心を支配されるものだ。
しかし、オブロスにはその焦りが無い。まるで、全てが想定通りだと言わんばかりに。
「証拠はあるのですか? 私が国を裏切ったという」
「セクア」
「はい」
言われ、セクアが指を鳴らす。
「!?」
その音を皮切りに、突如、オブロスの前に水でできた鏡が現れる。そして映し出されたのは、ヨハネスブルク支部を作った目的でもある、採掘場の映像だ。
「これは……」
「ここから車で少し、1、2時間ほど移動した場所にある鉱山。プレミア鉱山の映像です」
そこに映るのは、苦しそうな表情で労働に励む人々と、それらを監視するよう立っている、銃を身につけた軍服姿の者たち。
その軍服の肩には、パスリエ帝国の国旗が縫い付けられている。
「ここは、私たちアルカディアの大事な資源場であるプレミア鉱山。ここで採れた資源が、この国の、全世界にある支部の生活を支えています」
「……」
「その場所に、関係が良好ではない帝国の者たちがいる。それは何故ですか?」
「……魔法で作られた映像です。そちらでどうとでも見せられるでしょう」
「ならば結構。正直に自白する魔法をかけて、偽りかどうか確認します」
「……もし、偽りだったら?」
「教皇を辞め、この国を出ます」
「……なるほど」
今のヤコブの姿に、普段の慈愛に溢れた様子は無い。
あるのは、敵意だけだ。
幼い頃を、そしてヤコブの人間性を知っているからこそ、オブロスは理解する。
目の前の現人神もまた、覚悟をしてきたのだと。
「……ふっ」
「……」
問い詰めるヤコブの姿勢に、オブロスは一度、鼻で笑った。
「……やはり、感情が読めるのか」
「はい」
呟いた言葉への返答。それは、誤魔化すのは無駄だ、という意味の込められたもの。
その返事に対し、オブロスは、愉快に手を叩きながら歩き出す。
逃げやすいドアの側ではなく、逃げにくい椅子の方へ。
「ははははは。そうか、やはり気づいていたのか。だから今回、何の連絡も無しに、突然ここに来たわけだ」
「半分正解ですね。英雄捜索の方も本当ですから」
「なるほど」
歩き、そしてヤコブの目の前の椅子に座り込む。逃げる気など無いと言わんばかりに、腰深く。
「一応、セクア殿がおかしなことをしないよう、監視カメラを設置していたのですがね」
言いながら、オブロスは監視カメラの設置場所に指を差す。だが、ヤコブたちはそちらを見ようともしない。目の前の敵に、注視するのみだ。
「監視カメラの映像では、セクア殿はこの部屋でずっと眠っていたはずです。一体いつ魔法を?」
「セクア」
「はい」
再び、ヤコブの合図でセクアが魔法を発動する。
両方の手のひらを合わせ、そして開くと、水でできた薄い膜のようなものが張ってあり、そこには、セクアが眠っている映像が映し出されている。
「ほー……なるほど。それをカメラに貼り付けていたのですか。この部屋に入った瞬間に」
「いいえ」
「?」
オブロスの言葉を、セクアは訂正する。
「この国に入った瞬間にです」
「……全く、これだから魔法と言うのは度し難い」
自分たちが、すでに後手に回っていたことを、オブロスはこの時ようやく理解した。
「……それで」
「?」
「何故、このようなことを?」
「……」
少しばかり、ヤコブは逸れていた話を元に戻す。
対してオブロスは、不適な笑みを浮かべた。
「……そこに映っている、労働に勤しんでいる人たちは、帝国の方々が提供してくれた人材です。分かりやすく言うならば、〝奴隷〟と言ったところでしょうか」
「キサマ……」
一歩、前へ出ようとしたセクアをヤコブが静止する。
その仕草にオブロスは、足を広げ、見下すように顎を上げた。
「……アルカディアのスローガンは覚えていますか?」
「ええ、もちろん。〝平和〟と〝平等〟です」
「ならば、ここに映っている映像が不適切であることは、十分分かっていますね」
「もちろん」
「……」
その一言は、オブロスもまた、覚悟を決めてこの場にいることを理解するには、充分なものだった。
「このような行為は、その〝平和〟と〝平等〟を重んじるアルカディア国民、全ての人への侮辱です」
「侮辱? またまたご冗談を。国民を侮辱しているのは、そちらの方でしょう」
「何だと──」
「セクア」
「……はい」
セクアのイラつきが募っていく。
人一倍愛国心の強い彼だからこそ、オブロスの言い分に納得のできない部分があるのだろう。
それを分かった上で、オブロスに悪びれる様子は無い。
「町の人々を見たでしょう? 彼らは、生き生きと生活をしています。奴隷を使い、働く必要が無くなったからです」
「奴隷を使っていることを告発すれば、彼らは怒りに燃えますよ」
「あり得ませんな。何せ、国民には通達済みですから」
「……ぇ」
オブロスの一言に、ヤコブの言葉が詰まる。
それは、今まで信じてきた国民の姿を、揺るがすものだからだ。
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