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灰の預言者  作者: 吉越 晶
第2章
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17節 芽生えた繋がり

「はぁ……」


 照り出す陽の光に似合わない、重いため息。

 川のほとり、ヤコブは、まるで氷のように冷たい水をすくい上げ、その水面に映る自分の暗い表情と睨めっこをする。

 ため息の原因は、昨夜義父(シュリアム)と話した内容、その宿題が原因だ。


『フラムと仲直りしろ』


 言われた宿題。

 昨夜は、話したことで心が落ち着いたのもあり、そこまで重くは受け止めず就寝したが、しかし朝になり、気分が落ち着いた上で改めて考えると、出された無理難題に辟易とする。


(お義父(とう)さんは、簡単だって言ったけど……それでもなぁ……)


 夜になれば成功したか聞かれる。

 逃げることができないという強迫観念が、余計に問題から目を背けようと(うなが)してくる。

 人の気持ちが分かれども、分かるからこそ、ヤコブは出された問題の難しさに頭を悩ませる。


「……?」


 砂利を踏む音と共に、陽に当てられたヤコブの影の形が変わる。

 音のした方へと視線を向ければ、そこには不機嫌な表情に、長く寝癖の目立つ少女、フラムが立っていた。


「!」


 ヤコブに緊張が走る。

 喧嘩の件もそうだが、義父(シュリアム)に言われた宿題の件が、余計な力を入れさせた。


「はぁ〜〜〜……」

「……」


 自分の真横、ヤコブが吐いた以上に大きなため息をこぼしながら、フラムは不機嫌な表情のまま川の中に手を突っ込み、顔を洗い出す。

 ヤコブは、生きた心地がまるでしなかった。


(やっぱり不機嫌なままだ……)


 表情だけでは無い。

 ヤコブの生まれながらの体質、目に見える感情からも、フラムが不機嫌であることは間違いのないものだった。

 少しばかり、義父(シュリアム)の言葉を恨んでしまう。


「……お前さ」

「! ……は、はい」


 洗顔途中、顔を両手で覆ったまま、フラムが突然話しかけてくる。

 ただでさえ生きた心地がしなかったのに、追い打ちを喰らったように心が痛くなる。


「どうせ、昨日のこと気にしてんだろ?」

「……まあ……はい」


 棘のある言葉に、ヤコブは(うつむ)き、答える。

 そんなヤコブの様子に、フラムは再び重いため息をついて、言い放った。


「ほんっっっっとぉ〜〜〜に、めめっちぃなお前!」

「!」


 手を離し、不機嫌な表情を見せてきたフラムは、しかし、その言葉がどこか棘の取れたものであることに、ヤコブは気づく。


「え……と……」

「昨日のことなんて一日経ってんだから気にすんなよ。そりゃお前が悪いけどさ、あんま気にしてもしょうがないぜ?」

「……」


 開いた口が塞がらない。

 表情も不機嫌。感情も不機嫌。なのに、その矛先はこちらへと向いていない。

 

「え……でも……フラムだって気にしてますよね……?」

「気にしてねーよ」

「だって……不機嫌じゃ……」

「ああ、そりゃそうだ。()()()だしな」

「寝起き……」


 すとん、と肩の力が抜けた。

 先ほどまで深刻に考えていたのが、まるで馬鹿みたいだ。


「いや、いやいやいやいや。それでも僕がフラムを傷つけたのは事実です。なので、ここできちんと謝らせてください」

「別にアタシは傷ついてねー」

「でも、不愉快な気持ちに……」

「それはお前がキモいからだ」

「キモい……」


 今まで誰1人からも言われたことのない言葉。

 否、性格に言えば1人だけいるのだが、それでもその人のように悪意のある言葉ではなく、純粋な、子供の感想のような言葉で、不思議とあまり不快には感じなかった。


「そうだ。キモい!」

「えと……なんて返せばいいのか……」

「そういうところ!」


 ビシ、と人差し指を向けてくる。


「良いか? お前は強いんだ! だったらもっと自信満々に振る舞え! めそめそするのは弱い奴だけだ!」

「そんなことないんじゃ」

「いーーーやそうだね! だってアタシの周りはみんなそうだし、何より団長がそう言ってた!」

「団長」


 フラムの所属している〝聖天騎団〟おそらく団長とは、そのトップ──フラムの洗礼名にもなっている〝バルバルス〟のことを指しているのだろう。


「そうだ! なんか、強いなら胸を出せ! みたいな」

「それ、何か違うんじゃ……」

「団長を馬鹿にするのか?」

「違いますよ!」


 会話のペースを乱されるヤコブに、フラムは(なお)もマイペースのまま、その場に立ち上がる。


「とにかく! アタシが昨日嫌だったのは、そういう変なとこだ! でもまあ、寝たらそんな気になんなくなった」

「でも嫌な気持ちになっているのなら、やっぱりそこは謝らないと……」

「お前……ほんとあれだな……」


 謝罪しようと食いついてくるヤコブに、フラムはうんざりした表情を向ける。


「いいか? 仲良くなるのに一番良いのは喧嘩なんだよ」

「え、そうなんですか?」

「ああ、そうだ。いつも本読んでるやつが言ってたんだ。喧嘩すれば良い! みたいな」

()()()()()()()()()()?」

「そう! それ!」

「な、なるほど……これが……」


 知識としては知っていた言葉。

 ヤコブは、それを身を持って理解する。

 

「てことは、昨日セクアと喧嘩していたのもそういうことですか!?」

「いや、あれはただ嫌い」

「あれ、そうなんですか……」


 理解への道は遠い。


「……ん」

「?」


 ふと、フラムの視線が下を向く。

 その視線を追ってヤコブも下を向けば、そこにいたのは、砂利に埋まったアリ。どうやら砂が崩れて、上手く登ることができないらしい。


「……え」


 助けようとヤコブが手を伸ばすと、それよりも先に、フラムがしゃがんでアリを助けた。


「フラム……」

「………」


 純粋に、弱者を(なぶ)ることに快楽を見出していた彼女が、弱い存在に手を差し伸べた。

 それは、とても昨日の盗賊との戦いからは想像できないものだった。


「……まあ、とにかく! そういうことだ! だから気にせずいろよ! それが〝仲間〟だからな!」

「……」


 仲間。

 今まで何度も言われてきた言葉だが、しかしフラムが言ったその言葉は、何故だかとても温かく、身を奮い立たせるような何かがあった。


「それに自分より強いやつに謝られるのはむずむずして気持ち悪い」

「そ、そうですか……」

「あ、そうだ」

「?」


 何かを思い出した様に、再びフラムはその場に立ち上がる。


「あのメガネが朝飯できるって言ってたんだ。だからそれ伝えにきた」

「あ、そうなんですか」

「そそ。じゃあアタシもう行くからな!」

「あ……」


 言い残し、走り去っていくフラムの姿を、ヤコブはただ見送る。


「……」


 残され、ヤコブは改めて川を覗く。


 結局、謝罪はできなかったし、仲直りできたかも分からない。

 しかし、水面に映ったヤコブの顔は、来た時よりも確かに緩んでいた。


読んでいただきありがとうございます。

面白いと感じて頂けたら、ブクマ、感想、評価の方よろしくお願いします。


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