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灰の預言者  作者: 吉越 晶
最終章
178/180

39節 燻る灯火、否諦の意思 side——

「久しぶりだな」


 アドムの言葉に、少女は何も答えない。

 しかし、暗い顔色と体の細さから、碌な栄養が取れていないことが見て取れた。


「随分な身なりだ。今まで何をしていた?」


 次いで質問をするが、それでも少女は口を開かず。

 ただ、確かな怒気を孕んだ目で、アドムのことを見つめている。


「安心しろ。今この階には俺ら2人しかいない。防音結界も貼ってあるから、叫ぼうが誰も来ねーよ」


 アドムの言葉に嘘は無い。

 少女との会話を楽しみたいからこそ、アドムはわざわざ、オネスト含めて全ての人間の立ち入りを禁止している。

 そして、少女もそのことは分かったのだろう。

 視線を鋭くすれば、その拳を強く握りしめた。


「……()()()()、何?」

「外?」


 振り向き、窓から景色を覗くが、特段変わったことはない。

 故に質問の意図が理解できず、アドムは怪訝な顔を見せる。

 だがそれは、かえって少女の神経を逆なでた。


「外にある、ヤコブが悪人っていうのは何って聞いてるの!!」


 部屋中に響いた怒声に、鼻息を荒くする少女。

 受けてアドムは、思わず笑いをこぼしてしまった。


「そうか。お前、何も知らないんだな」

「……なんのこと」

「何も不思議もないさ。ただ言葉通り、ヤコブが悪人ってだけだ」

「貴方が……皆んなを騙したの?」

「まさか。何の得がある」

「でも大きな声で言ってるじゃない!!!」

「ああ……」


 少女の言及に、アドムは先ほど指摘されたのが、投影鏡(ミラー・ミラー)で出力した演説の映像であることを察する。


「何も間違ってないさ」

「間違ってる!」

「どこが」

「全部に決まってるでしょ!!」


 すると少女は、アドムへと逼迫(ひっぱく)

 細い腕で力一杯に机を叩けば、そのままの勢いで顔を詰めた。


「ヤコブが悪人って言うのも!! 貴方が”英雄”なのも!! 全部でたらめじゃない!!! 体よく言いくるめて、ヤコブをイジメてるんでしょ!!!」

「だから、何の得があるんだよ」

「そんなの、この部屋を見れば一目瞭然じゃない!!」


 少女が腕を広げ、アドムの執務室を強調。

 そこには、豪華絢爛な備品の数々が、等しく眩い輝きを放っている。

 まるで、成金と言わんばかりに。


「……あー、なるほど」


 ”英雄”としての権威を保つため、わざと派手な内装にしたことが、かえって誤解を生んでしまったようだ。


「そうだな……。まあ、確かにお前の言い分も一理ある」


 認めたことに、少女のアドムに対する敵対心は更に増加。

 話がややこしい方へと動きだしたと、アドムはため息をついた。


「……お前、ヤコブに会いたくてここまで来たんだろ」


 揶揄うのを止め、強引に本題へ。

 相変わらず少女は答えないが、わずかに(まぶた)が動いたのを、アドムは見逃さなかった。


「そんで、体がボロボロなのはその名残か」


 少女がどこから来たのか、アドムは知る由も無い。

 だが、魔法を使うこともできない少女が、たった1人でこの世界を渡って来たとなれば、その過酷さぐらい想像できる。


「まあ、苦労してもらったとこ悪いが、ここにヤコブはいない」

「嘘」

「嘘じゃない」

「嘘よ!」


 先ほどの問答で、少女のアドムに対する信頼は地に落ちている。

 故に、少女は一歩も引かない。

 対してアドムは、めんどくさいと頭をかく。


「分かってるよ。お前の力が、ここに向かえと指し示したんだろ」


 雪国で会った時、アドムは、”四季彩”を通して彼女のことを確認済み。

 だから少女が、かつて自分とヤコブの戦いに乱入した時みたく、“矢印のように流れる風”を頼りにここまで来たことも理解している。


「それでも、ここにヤコブがいないのは嘘じゃない」

「でも、この部屋に向かってた!!」

「じゃあ残念。お前の魔法が選んだのは、ヤコブじゃなくて俺だったわけだ」

「違う!!」


 アドムの言葉を否定しようと、少女は部屋中へと目を配る。

 しかし、どの方向を見ようとも、“矢印のように流れる風”はアドムの方へと進んでいく。


「確認終わったか?」

「まだ!」

「いい加減、現実受け入れろよ」

「まだ!」

「そんなんじゃ、いつまで経ってもヤコブに会えはしないぞ」

「──ッ!」


 その言葉に、少女は、体を震わせながら顔を伏せる。

 すればアドムは、席を立ち上がり、そのまま来賓用の席へと腰掛けた。


「座れ。ヤコブに何があったのか、話してやる」


ーーーーーーーーーーーーーーー


 アドムは、包み隠さずに全てを言った。


 ヤコブが、世界のため自ら絶望の象徴になったことを。

 そのための協力として、自分が”英雄”の真似事をしていることを。


 結果として、現在まで平和が続いていることを。


「お前を選ばなかったのは、故郷に残ることを選択したからだと聞いた」


 少女は思い出す。

 かつて星空の下、ヤコブに選択を迫られ、そして自分で選んだ日のことを。


「……まあ、巻き込みたくなかったと言うのもあるだろうが」


 ヤコブが、自身の希望だとさえ思った少女。

 その想いは、誰が見ても明らかなほどに、特別な感情で出来上がっていた。

 少女も同じだから、その気持ちは痛いほどに理解できる。


「納得したか?」


 アドムの問いに、少女は何も答えない。

 しかし、飲み込むことはできたのだろう。

 先ほどまで抑え込むことのできなかった感情が、すっかりとその様からは抜け落ちている。


「お前の魔法が、何で俺のところを指したのかは分からん。でもこうして話を聞けたというのなら、意味はあったんじゃないか」

「……うん」


 俯いたまま、少女は小さく頷く。

 するとそのまま、その細い膝の上へと、雫を零し始めた。

 

「そっか……そうなんだ……」


 涙声で紡がれる彼女の言葉。

 話は終わったと、アドムが席から立ち上がろうとすれば、直後、少女は口にした。


「やっぱり……()()()()()()は嘘じゃなかったんだ……!」


 その発言に、アドムは浮かせた腰を止める。

 だが少女は気づかずに、ひたすら、胸の内で輝く温もりに想いを馳せた。


 ヤコブに抱かれ、耳元で囁かれた言葉を。


「……うん。分かった」


 立ち上がり、涙を拭いて、少女はアドムへお辞儀する。


「さっきはごめんなさい。いきなり怒鳴って。あと、話してくれてありがとうございました」


 そして謝罪の言葉を口にすれば、そのまま力強い足取りで、扉の方へと進みだした。


「──待て」


 だが、アドムがその行く手を阻む。

 理由は、先ほど少女が発した言葉。

 ヤコブから伝えられたというメッセージ。そこに、見逃せない違和感を覚えたからだ。


「……何を言われた?」

「え……?」

「ヤコブに、何て言われたんだ」


 彼女に迷惑はかけれない。

 山頂にて、確かにヤコブはそう言った。

 にも関わらず、彼は少女に、誰も知らない言葉を残している。

 起こった出来事を全て打ち明けた上で、絶望せず、なおも少女を立ち上がらせた”何か”を。

 

「教えてくれ」


 かつての素行からは、まるで想像できないアドムの真剣な眼差し。

 だから少女も答えることにした。

 別れ際、苦しみ、涙を流しながらも、しかし彼が紡いだ想いの内を。

 その言葉を、重ねて少女は口にする。

 

「──”助けて”」


 ヤコブが少女へ、託した想い。

 受けてアドムは、理解する。


(……そうか)


 今の世界が作られた理由。

 ”預言者”としてじゃない、“彼”の答え。

 色々と複雑に捉えていたが、冷静に考えれば単純なことだった。


(ヤコブ。お前は、否定してほしいのか)


 ”預言者”の力を。

 ”預言者”としての結論を。

 ”預言者”だから選んでしまった在り方を。


 そして何より、この結末でなければ繰り返される、その未来を。


(だから、こんな世界を作ったんだな……)


 彼が実現した平和な世界。

 滑稽な笑顔で口にしたハッピーエンド。


 それら全部を、間違っていると言ってもらうために。

 お前の世話など余計だと、”預言者”の手を払ってもらうために。


 未来を視てもなお、本当に見限ることのできなかった、人の強さに託したのだ。


「……(こじら)らせすぎなんだよ……」


 ヤコブの真意に、アドムはため息。

 すれば少女は、ムッとした目で彼を睨む。

 しかし、その口元が少しだけ笑っているの目にすれば、自ずと気持ちも和らいだ。


「……おい、ガキ」


 再び、アドムが少女を見据える。

 その表情は、いつの間にか真剣で、思わず彼女も身構えた。

 

「お前がやろうとしてることが、かつて俺に言った、他者への迷惑になることは分かってるな?」

「……うん」


 希望と絶望によって保たれる世界。

 ならば当然、少女のやろうとしていることは、平和の崩壊へとつながる。


「そんで、ヤコブ(あいつ)が帰ってくる気が無いことも、分かってるな?」

「…………うん」


 ループする、凄惨な未来を視たが故の、希望を求めた”助けて”。

 それはあくまで、人の強さを見せて欲しいと言う意味の言葉。

 自分の境遇に対してではないことを、彼女はうすうす思っていた。


 何より、ヤコブは”絶望”として何度も人類への攻撃を行っている。

 その罪悪感を、感じてないはずがない


 だからこそ、彼はどこまでいっても、絶望として立ちはだかろうとするだろう。

 周りが救いを差し伸べても、自分だけ助かるわけにはいかないと。


「はっきり言って、無謀も良いところだ。それでも、お前はやるんだな?」


 改めて問われる覚悟。

 だがそんなもの、考えるまでもなく決まっている。


「やるよ。例え多くの人の迷惑になっても、それが本当の想いと違っても、私は、ヤコブを助ける」


 別れ際に言われた言葉。

 それをヤコブは、星下の時と違い、()()()()()()に一言だけ口にした。

 解釈の余地を与えて、去ったのだ。

 であるのなら、そこにどんな意味を見出そうと彼女の勝手。

 例えその考えが邪推(じゃすい)だとしても、知ったことではない。


「だってヤコブは、故郷に残るって言った私のことを、迷惑になるって分かった上で、助けてって、言ってくれたんだよ」


 それが、何よりも大きな信頼から来ていることを知っている。


「だったら私は、その想いに応えたい」


 自分の想いを、今度こそ彼に伝えるために。

 欠けてしまった自分の世界を取り戻し、再び、鮮やかな(いろどり)を付けるために。


「そうしないときっと、死んだ後も後悔するから」


 かつて、旧ウセリオリ支部にて、ヤコブに伝えた自分の生きざま。

 ”我儘の正義”を信じたからこそ、彼は自分に託したのだと信じて。


「……分かった」


 そしてアドムも、彼女の想いを受け、覚悟を決める。

 ”英雄”として、世界を照らす希望として。

 ヤコブに託された意思に、応えるために。


「お前、年齢はいくつだ?」

「……え?」


 予想外の言葉に、少女はどもる。


「年齢だよ」

「えっと……15……?」

「何で疑問形なんだ」

「ごめんなさい。年齢……良く分からなくて」

「まあ良い」


 すればアドムは、壁にかかったカレンダーへと目を向ける。

 そして、即座に頭の中で算出した。


「……3年だな」


 ボソッと口にすれば、アドムは席へと戻り、引き出しより紙を取り出す。

 その様子に少女が困惑すれば、アドムは淡々とした口調で言った。


「3年で、お前を俺と真正面から戦えるぐらい強くしてやる」

「……え?」


 再び繰り出された予想外の言葉に、少女はますます困惑。


「……えっと……どういうこと……?」

「勘が悪いな。俺の弟子にしてやるって言ってんだよ」

「…………え? ええ!?」


 思わぬ言葉に、今度は大声で叫んだ。


「な、なんでそんな話に!?」

「馬鹿かお前。ヤコブを救いたいんだろ。だったら、今のままじゃダメに決まってんだろ」


 アドムの言っていることは至極真っ当。

 だとしても、突然口にされたことを受け止められるほど、少女の理解は追いついていない。


「いや、訳わからない! それでなんで貴方の弟子にならないといけないの!? 前に断ってるじゃん!」

「頭も悪いのか」

「なんでよ!!」

「俺は、ヤコブに魔法を教えてた」

「──あっ」


 アドムの一言に、少女も申し出の意図を理解。


「だったら、これ以上の不満は無いだろ?」


 ”預言者”として、絶大な力を持つヤコブ。

 その彼と対等に渡り合えるアドムが、自ら指導すると言ってくれた。


 ヤコブに追いつきたい彼女にとって、これほど近道なことはない。

 だが同時に、不思議に感じて仕方なかった。


「どうして、そこまでしてくれるの……?」


 ヤコブの事情を話してくれたばかりか、自分の目標の後押しまでしてくれる。

 以前まで抱いていた印象とはあまりにも違いすぎることに、彼女は違和感を拭い切れない。

 するとアドムは、窓の外へと視線を向けた。


「……第一に、お前に素質があるから」


 次いで、もう一言。


「そんでもって、少しばかり傲慢な弟子にお灸を据えてやろうと思ったのさ」


 いつも通りの、嫌味がこもった彼の言葉。

 しかしそこに、嬉々としたものがあったのを、少女は見逃さなかった。


「それで、返事は?」

 

 有無を言わせぬような圧。

 だが、少女は飲まれず、慎重に、疑いの目を持って口にする。


「……本当に、3年あればヤコブを助けられるの?」


 正直なところ、今すぐ行きたいと言うのが彼女の本音。

 それを抑えてまで、アドムに付いていく利点はあるのかと少女は問う。

 対してアドムは、厳しい現実を答える。


「それは、どこまでいってもお前次第だ」


 しかしその上で、彼は笑い、大胆に言って見せた。


「だが、それができるぐらいの強さは与えてやる」


 世界最強の、自信に満ちた堂々たる宣言。


「もちろん、相応の苦しみを覚悟して貰うがな」


 付け加えて、勘違いが無いように念押しするアドム。

 受けて彼女も、覚悟を決めた。


「……分かった。貴方の弟子になる」

 

 はやる気持ちは当然ある。

 不安だって抱えたままだ。

 だけれど、自分の進むべき道が見えていなかったのもまた事実。

 故に彼女は、新たに開けた未来へ一歩を踏み出す。

 迷っている暇など無いからこそ、ここへ導かれたその縁を、必然だと強く信じて。


「決まりだな」


 少女の言葉に満足すれば、アドムは海説話マーメイドを手に取り指示した。

 

「じゃあまず風呂入れ。お前臭いんだよ」

「はい——って何それ!!」


 赤面する少女に、だがアドムは無視をして海説話マーメイド先の相手と通話。

 いくつか小言で話して切れば、再び少女の方、正確にはドアへと指をさした。


「今部下を呼んだ。出てすぐの場所で待ってろ」

「……分かりました」


 ジト目でアドムを睨みながら、少女は扉の前へ。

 そしてドアノブへと手をかければ、思い出したかのような口調で、アドムに聞かれた。


「そうだ。お前、名前は?」


 その質問に、少女は振り向き、口にする。

 久しく呼ばれていなかった、親より貰いし自分の名。

 遠い昔、純潔の象徴を意味したと言われる、その本名を。


「――ローサ。”ローサ・シャーン”。それが、私の名前」

読んでいただきありがとうございます。

最終回まであと二話です。

面白いと感じて頂けたら、ブクマ、感想、評価の方よろしくお願いします。


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