対蛮族最高指揮官兼公爵代理
王家「なんかやっちゃった?」
「我が族長よ、改めて名前を頂戴したく存じます……私は……旧ガルバドス傘下族長シュライヒャーと申します」
シュライヒャー?名前が蛮族寄りではありませんね……まぁそういう蛮族もいるでしょう……。変わり者なんですかね?
私が不思議に思っているとシュライヒャー族長は口を開いた。
「……なるほど、ご懸念はご尤もです……私は元は王国貴族で子爵の位を賜っていました……。当代公爵への陰謀の捨て駒にされ爵位を剥奪され、すべてを王家派閥に奪われ蛮族に降りいろいろあって族長になりました……。ご存知だったようで……。ここに説明させていただきます。降伏後はガリア族長傘下で公爵と敵対していなかったのですが……何卒お許しください、せめて部族だけは……今度こそ部下だけは守らせていただきたい……」
いえ、知りませんでしたけど……。祖父にそんなこと仕掛けるなんて勇気がありますね、蛮族側ならそりゃ……その勇気は族長にまで出世しますね。
祖父が落とし前をつけるためにやってきたと思ってるんですか?だったら多分没落した時点で追撃されてますよ。生きてるから多分祖父的にはセーフなんだと思いますけど……。
「何卒お願いいたします……」
「私には祖父のことは関係ありませんわー!私は、私はエリーゼ・ライヒベルク!あなた達の大族長にして崇め奉るべき主!新たな傘下部族シュライヒャー、私のために働きなさい!」
「ありがとうございます……!」
「さぁ!抑えた一帯はどこですの?」
「ここから西側の山脈全てです。海外までです。東はルディンの部族です、山脈向こうも少しは抑えてますが……ルディンは山脈東側から公爵領の端くらいです」
は?
はぁぁぁぁ?公爵領の海までどれだけあると思ってるんですか!100キロはありますよ!ここから王都何往復できると思ってるんですか!しかも未開拓地域多いじゃないですか!ルディンの何倍もの征服面積持って決闘一回で総取りとか部族決闘制度ギャンブル性強すぎでしょう!
「一部は未開拓地域で農業をしてますので……それでも食料には不安があるのでエリーゼ大族長……なんとか冬までに我々の食料事情を……」
「……前はどうやってましたの?」
「ガリア族長時代は公爵家と取引を、ガルバドス族長時代は奪い合いを主軸にガルバドス族長直属部族が多めに割り当てられて……蓄えはギリギリで……」
「直属部族?」
「いわゆる直臣ですね……」
「ああ、彼にとっての騎士団ということですね……その彼らは?」
「あそこで意気消沈してる一派です」
「とりあえず私の部下に上下はありませんわー!等しく私の部下!平等に再配布しますわー!それで足りない分は後で考えますわ!」
とりあえず平等性を示して冷遇されてた部族を多少でもこちらよりにする必要がありますね。
多分焼け石に水な気もしますけど……。
「さあ食料庫に行きますわよー!」
「新族長万歳!」
「エリーゼ様ばんざい!」
「大族長万歳!」
そうして私達はガルバドス族長の本拠地に向かった。
族長の首を槍に掲げて大族長交代をアピールしながら……。もしも生きていた場合は槍を持たせて私の後ろを歩かせて降したことを見せつけるらしい。
そんな感じで周辺を数日練り歩き、新族長として顔見世を行い続けとうとう本拠地に到着した。
「なんですこれ?」
「ええと食料庫です……」
積み上がっているのは膨大な食料。麦やら米やら干し肉やら山盛りで……同じような食料庫が10はある……。どうやって貯めたのかしら。
「再配布して足りるの?」
「領域の傘下は数万単位なので……各部族もギリギリの蓄えはあるので問題がなければ足りはしますが……」
「そもそも税制とかはどうなっているの?」
「徴収式で不足してるから出せと言って出す方式で……足りなければ上にねだります。嘘をつけば族長が処断される方式です」
ガバガバな法……。いえ、法でもありませんね、適当なルール……。
「軍制は?」
「ありません、男衆を先陣にして戦うくらいで……族長決闘で形を付けて傘下部族を使い潰したり数を減らした後に部族決闘を申し込み勝利してを繰り返して男手を減らし上手くバランスを取って族長の立場を盤石にします」
リスクス族長の使い方はまぁ蛮族的に悪くはなかったのですね……。
「食料自体は?」
「耕作可能地域は耕作を、狩りと物品を商人に流して生計を……」
「商人?」
「…………密商です」
「当家の?」
「いえ、王都です……公爵を罠にはめる際に我々……蛮族を支援した商人たちです」
「…………そうですか……」
やってくれますね、クソ王家。
蛮族を降した報奨をたんまりも貰ってやりますからね……。
食糧問題、ガバガバなルール、雑な軍制に王家の支援。
問題が山積みすぎて嫌になってきますね、4歳とはいえ私も公爵家を継ぐもの……蛮族の服属くらいはやってみせねばなりませんね。
「とりあえず、今後の方針会議ですわ!全傘下部族の族長は全員いますの?」
「一部が不参加です、前の戦いで先陣を命じられて族長が死んだところがあるので」
「では来月……ここ……いいえ、私の街で行いますわ、場所はシュライヒャー族長が案内してくださいまし!」
「御意……大族長様」
「報奨?んなもんねぇぞ」
「……は?」
「王家が俺達を貶めるために支援した蛮族を撃退して恩賞が出るわけ無いだろ」
公爵である祖父の一言に私は困惑を通り越して混乱した。
「お祖父様?それが失敗したら取り繕うために報奨を出したりして無関係を装うとか……」
「そんな知性があったら蛮族なんか支援しないだろ、王国不倶戴天の敵といいつつ支援して功績あげても知らないフリで公爵家の責務だと言うだけだぞ」
「は?」
「まぁ、落とし前は付けさせた。まぁ届かなかった家がいくつかあるが……俺がけじめを付けさせる必要はない、ガハルトのやつがつけるさ」
お父様もそんなこと任されて困るのではないでしょうか?
「国王も医者を買収して殺してやったし、新しい国王がそれでもちょっかいを掛けて来やがるからな……一発かますか……物流でもせき止めるか……」
「蛮族で王都の密商が取引をしているそうです」
「はぁ?」
「…………人口にして数万人が私に恭順しましたが……食糧問題を含めてどうしますか?」
「は?数万?」
「ここから西の海までを治める蛮族を降しました」
「は?」
「山脈全域と山脈の向こう側の一部です。どうしますか?お祖父様?公爵閣下?」
「…………公爵代理」
「何でしょう公爵閣下」
「俺はもうすぐ息子に爵位を譲る」
「はい、お父さまが公爵になることは知っていますが?」
「あいつの拠点は王都になる。まぁ大臣だしな。そうすると蛮族に対する備えが問題になる」
「お祖父様が爵位を譲った後も対応するのでは?」
「お前な……いいか、エリー。俺は親父の跡を継いでひたすら蛮族戦線の安定化に人生を注ぎ込み蛮族と不可侵を結びに至った。そしたら、その不可侵相手であるガリアが失脚して逃げ込んできた。だから俺は最前線であるここに一時的とはいえ居を移した。公爵家のことは妻に任せ、たまに帰ってこいとひっぱたかれ、王家の陰謀を力付くで防ぎ、息子が成人して王都で官僚として成功したからこうしてこんなところでゆっくりしてられるわけだ。そこで最も脅威だった強者かつ不可侵相手の蛮族を騎士にした、まぁエリーのおねだりを末期に聞き入れただけだとしてもいいだろう。そしてその娘を騎士にするために骨を折ってる。これもいいだろう、外の奴らはうるせぇが蛮族と戦ってもないクズどもは配慮しなくていい、侮辱されたら殺せ。そしてここが最も重要だ」
「なんでしょう」
「旧ガリア大族長の派閥を族長決闘で傘下に加えて、そのライバルの一人だったと言われてるガルバドス大族長を族長決闘で降した、4歳の子供がだ。決闘だぞ?」
「少なくとも薄氷の勝利ですし、後は相手が負傷してたからです」
「それはいいんだよ、万全なら勝てたなんて負け犬の遠吠えだ!正しいのはいつも勝った側だ!どんな正論も勝者でなければ何の意味も価値もない!たしかに俺は50年も蛮族と戦い続けたが雑魚部族を潰すのが精一杯で大族長なんて降したこともない。ガリアが強すぎて蓋になってたとかそんな理由は外野にとっては価値がない。つまりお前は俺より功績を上げたんだ!そして俺がここで介入しても蛮族共は絶対に俺の言うことは聞かない、族長決闘も家を預かる公爵としてはホイホイ受けられなかった、弟は軍人にも政治化にも向いてない、息子は武官寄りではないし、だから連中からしたら弱者狙いの卑怯者でしかない。名誉も勇敢さも奴らの基準では4歳のエリーゼ・ライヒベルク大族長に劣る。それが今の俺だ、介入しようものならお前の強さに心酔する部族から決闘を挑まれるか闇討ちされるな」
「部族的にも闇討ちは……」
「許されるさ、偉大な大族長のたかだか祖父ごときが出しゃばっているんだぞ?奸臣は取り除くべしと判断されるさ。大族長も表では怒りを出して自分たちを裁くか処断するが胸を張って罰せられて今後の大族長の憂いを絶ち礎になろう。やつらはそうする、4歳が大族長を降して、降された大族長より堂々と戦い抜くんだぞ、蛮族の価値観では前の大族長なんぞカスだ、負けた挙げ句男らしくも蛮族らしくもなく新族長の4歳の少女のほうがよっぽど凛々しい。ガリアが支配欲を出していたらガルバドスは負けていたかもしれないが……やつは狡くて頭が回るからな……王家の支援を受けてたんじゃないか?」
ああ、あの食料は王家の支援家、それを懐に入れて部族を使い潰してたわけだ。
確かに蛮族的には勇敢さはないかもしれませんね。
つまりこの状況は王家が仕組んだことで今も仕掛け続けているということですか……。
舐めた真似をしてくれますね……。
「だから……エリー……対蛮族の責任者はお前だ、新しく公爵になるゲハルトにも口を挟ません……」
「お祖父様」
「……なんだ?」
「権限をください、公爵領すべての。内政も対外交渉も……あらゆる権限を」
「それは……」
「お父さまは王都にいらっしゃいます、手が届かないでしょう?蛮族のことをお父さまがやっていただけるのなら構いませんが?」
「いや、俺で無理だしあいつは蛮族戦の経験が少なすぎるから不可能だろう、意見を通せないし聞き入れられない。外野にすると二度手間になるし……」
「私は蛮族の王になりましょう」
「…………は?」
「私は蛮族を征服しましょう」
「…………」
「私が蛮族を……蛮族という軛から開放します」
「…………壮大な夢だな」
「夢のないのは大人だけで十分でしょう?」
「まぁ、そうだな……」
「私は蛮族を平民に引き上げるのではありません、国王すら蛮族と同じ位置にしてやると言ってるのです。全員蛮族にしてやるのです」
「それは……」
「私は正直、王国の対応に呆れました。そして見切りをつけました。まだ王国に忠誠でも?」
「いや、それはないが……」
「私はやりますよ?」
まず王国を取ります。そのために蛮族を取ります。そしてその前提で公爵領を取ります。
「わかった、認める……今日から対蛮族最高指揮官職も与える。公爵が与えられるのに公爵ですら逆らえない立派な権力ある王家の任命職だぞ?蛮族関連ではありとあらゆる事が正当化される職務だ、公爵代理と合わせれば実質最高権力者として振る舞えるだろう」
「ありがとうございます、少しは希望が見えてきました」
後は来月の会議ですね。
エリーゼ(12歳)「昔のワタクシも変わりませんわね」
先代公爵「……」
公爵「……」
キサルピナ「変わりませんね」
先代公爵・公爵「「!!!?」」




