蛮族と少女(後編)
終わりはある日突然訪れるもの。
私は暇ができていつも通りにおじさんの家に向かった。
そこにおじさんはいなかった、ただいくつか武器を持った死体が転がるだけ。
おじさんの大剣はなく、押し破れた扉から襲撃されたことを物語っていた。
私は衛兵を呼び寄せこの家の私の教師が襲われたことを伝えた。
衛兵は慌てて報告に行った、捕まればいいんだけど……。
目撃情報もなく、さりとて血の跡がずっと続いてるようなこともなくあっさりと行き詰まった。
そんなある日、私は未練がましくおじさんの家を見に行った。
「よう、嬢ちゃん元気だったか?」
「生きていらしてよかったです」
「うれしいねぇ、もう少し話したいんだが追われる身でな」
「誰に追われているのです?」
「蛮族だよ」
「蛮族のおじさんを蛮族が狙うのですか?」
「敵対してるからな、ここの領主とも敵対してるから町中で襲いかかってくることくらい屁でもねぇ、まさか街まで来るとはな、人通りの多いとこなら襲われんが……蛮族の俺を受け入れてくれたやつらを巻き込みたくないからな。それにやることがある」
「ではやることが終わったら戻ってきますか?」
「おう、もちろんよ」
「では、すべてが終わったら領主の館に来てください」
「ここの領主の娘かよ……」
「正確には違いますが……祖父が来てるのでしばらく一緒にいるだけです」
「ああ、孫か?まぁどっちもでいいや……部屋にある本やるよ!おすすめは『高貴なる女王』だ」
「では、譲り受けます」
「おう、じゃあ…………またな!」
それから私はおじさんの家にあった本を読み漁った。自分が学ばなそうな学問もあり大変有意義だった。蛮族とて住む場所と文化の違いしかないと改めて知れるものだ。おじさんのオススメなだけあって『高貴なる女王』は面白いものだった。
おじさんの家の周辺をブラブラすると色々な人に話しかけられる。
たまにお菓子をもらい蛮族の子供と遊ぶ、でもおじさんは家にも領主の館にも来なかった。
また少しときが達、おじさんは帰ってきた。
背中に大剣を背負い、血まみれで子供を抱えて。
「嬢ちゃん、わりいな……全ては終わんなかったんだけど……娘頼めるか?」
「……ええ、わかりました。おじさんの娘ですか?」
「ああ、そうだ……」
「攫われたのですか?」
「いや、人質だ……俺が蛮族のもとに戻らないようにな……で、追手が来たから約束を破ったから取り戻した、そんだけだ、まだ一人残っている……」
「衛兵を出します」
「いや、危ないからいい、娘を……」
「はい」
「俺の娘9歳なんだけど……嬢ちゃんよく持てるな……」
「鍛えてますから」
「…………貴族ってのは皆こうなのか?」
「大抵はそうかと」
「ひえーおっかねぇ……来やがったか」
おじさんがそう言うと角から戦斧を持った男が立っていた。
「屋敷の中へ娘を!頼む……!」
「すぐもどります!」
私はおじさんの娘さんを屋敷の中へ運び、騎士たちに恩師が襲われていると伝え、直ちに元いた場所に戻った。
それは凄まじい光景だった。おじさんが大剣を軽々扱い、戦斧の男がそれを弾いている。
おじさんの大剣が男の頭を砕こうとすると戦斧の下に引っ掛け左へ受け流す。
戦斧の柄も鉄か何かのようだ。
戦斧が払われると大剣で斧の上部の装飾に引っ掛け払う、空いた手で殴ろうとし互いに牽制しながらまた叩き合い、切り合い、払い合いを始める。
「殺すのならてめぇが来やがれと言っておけ!」
「族長の命令は絶対だ!元族長!」
「卑怯者のクズが!貴様らを守るために頭下げるんじゃ!なっ!かった!ぜっ!」
「ここで死ねば私が傘下部族長だ!」
「アレだけで襲撃してお前だけ帰って認められるとでも?」
「勝てば許される!」
「だからてめぇは強くても族長候補にもなれなかったんだよ!」
私は見つめることしか出来なかった。
ここに入れば死ぬ。それだけは確かだった。
「入って来るな!神聖な決闘だぞ!」
「決闘は認めるが神聖ではないだろ、てめぇのやり口はな」
「南の蛮族にも決闘の作法はあるだろう!」
「俺達が連中のやり方に応じなかったのにお前はやり方に応じさせられるとでも思ってるのか?まぁいいわ、手を出さないでくれ!」
介入しようとした騎士が私を見る。
私は……。
「お嬢ちゃん!見ていてくれ!これが斧相手の……勝ち方だ!」
おじさんは大剣を上段に構えると足を大きく開き、そこからさらに大剣を両手で高々と持ち上げた。
「馬鹿め!見飽きているわ!」
走り寄る戦斧の男に対し大剣を振り落とし、男はそっと下がる。
するとおじさんは大剣を手放し、落ちていく大剣の柄頭を足の甲で蹴り飛ばした。
「な?」
「流石にうまく出来ませんよ……」
「いや、本来はひるませる技なんだが……この後拳でぶん殴ってやろうと思ってな……」
大剣が突き刺さり木に刺さった戦斧を失ったただの男はこうして死んだ。
「まぁ俺も血を流しすぎた、毒も使われたしな、いや、自分で駄目だってわかる」
「おじさん……医者!」
「無駄だぞ、だって血が足りねぇし……もう腹の部分やられたから駄目だな、ほらこれ赤シャツじゃなくて全部俺の血だよ、まぁまだ死なんぞ?本の一冊でも読み終わってから死んでやるからな」
「おじさん……おじさん……私の師範になってよ……」
「もう十分教えただろ……」
「まだ大剣の勝ち方教えてもらってないよ」
「躱すんじゃなくてな、懐に入るんだ。素手で戦えるならな。駄目なら弓で討ち続けろ」
「おじさんを部下にしたかった……」
「蛮族なんて部下にしたら冷たい目で見られるぜ?」
「別にいい……」
「じゃあ俺の娘を雇ってやってくれ……」
「わかった、おじさんが部下になるなら……」
「じゃあ短い間だけ部下になってやるよ」
「長くして……」
「無理言うなよ、医者が来るまでは生きてられるけどさ……」
「無理でも生きて」
「たまに年齢相応っぽくなるよな」
「私はピチピチの4歳」
そう言うとおじさんは座り込んだ。
「あーしんどい……」
「あの追手は誰だったの?」
「俺の部族で強かったやつ、ただ性格がクソだから人望がなくて族長になれなかった、ルディンって族長と組んで俺に決闘を仕掛けて戦う寸前に毒入りの水を渡してきてな、死ねば疑われるからだいぶ薄めてたな。うん」
「蛮族的にも毒を盛るのは駄目なんですね」
「そりゃそうだ、で、また決闘挑まれたらかなわんから娘人質にとって追放、でも追手を出したからぽしゃったんだろ、黙認かルディンが命じたか……どっちでもいいな」
「ルディン……ここ最近暴れてる蛮族ですね」
「ああ、まったく……読んだか?」
「……ええ読みましたよ、全部」
「『高貴なる女王』どうだった?」
「続きを読みたいくらいには」
「残念、あれは嫁が書いたもんだ。つもりもう読めない」
「奥様は……」
「病死だ、族長のときにな。ここに来て一番最初に持ち込んで出した本だ、その印税で生活してた。まぁ何冊か名義変えて出したけど……そこそこ程度には売れてたな」
「あれなら王都で出せばベストセラーでしたね」
「なんだ、王都に持ち込めばよかったかな……モデルは嫁なんだわ、あの女王……いいだろ」
「いいですね、意思が強くて、けして折れず突き進む感じが」
「ああそうだろ、あの山にいるんだ」
「バーゼル山脈の?」
「そうだ、あの……あそこにいるんだ」
会話の飛び方で毒が回って朦朧としてることが知識のない私にも分かる。
「では、あの領地をおじさんにあげましょう!」
「おお、そりゃ……いいのか……」
「私に良い小説を読ませてくれた対価です!」
「嫁が……生きてたら……山脈ごともらえたな……」
「ええ、今ならあの山にあなたの名前をつけて差し上げます!」
「あそこは……ルディンが……占領してるぜ?」
「滅ぼします!」
「いいね……『高貴なる女王』の女王っぽく言ってくれよ、我が主……」
「私が、私があの蛮族を滅ぼして差し上げますわー!」
「頼むぜ……」
「私、まだおじさ……あなたの名前聞いてませんでしたわー!」
「ガリアだ……娘はキサルピナ……話が主、名前を拝聴してもよろしいですか?」
「私の名前は、私の名前はエリーゼ・ライヒベルクですわー!」
「ああ、あの爺さんの孫か……爺さんに似なくてよかったな……ふぅ……」
「叙任式を行いますわー!」
私は手元に剣がなかったので扇子を取り出し簡易的なアコレード、騎士の叙任を行う。
座り込んだおじさん……ガリアの肩を扇子で叩く。
「忠誠を捧げます、エリーゼ・ライヒベルク様」
「ガリア、あなたの忠誠しかと受け取りましたわ」
そう伝えるとただ一言。
「扇子はパッと開いたほうがかっこいいぜ?」
「そうですか……わかりましたわー!」
私は痛むことを気にせず、振るようにパッと扇子を開き、口元を隠し『女王』のセリフを言う。
「私が頂点ですわー!」
「はい、女王様こそがこの世の頂点でございます、あまねく人々を導く我らが女王様」
『宮廷道化師』のセリフをガリアが言い、次は何を言おうかと思うと走ってくる医者が見える。
「ガリア」
「…………」
「ガリア」
「…………」
医者がガリアに触れるまでもなく彼の最後の灯が尽きたことがわかった。
私の恩師にして初めての騎士はこうして亡くなった。
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