司法大臣のある1日
「司法大臣、証言ですが……やはり当事者はいないので難しいかと」
新司法大臣であるジョージアナ・スペンサー大臣は指で机をトントンと叩き、何かを考え始めた。
「殺人事件の方の目撃者は?」
「数人、名乗り出たのですが……」
「もう死んだ?」
「いいえ、正直よくわからないとのことでした」
「そう……王家の派閥を洗って、多分裏仕事の担当がいるでしょう?堂々とそれらしい肩書は名乗ってないから下級官吏のフリをしてるはず、超法規的措置に関しては攻め続けて。王宮の庭職人でも怪しければ調査して、前司法大臣の紛失資料は?」
「やはり失われていました」
「……」
私が答えると司法大臣はまた机を指で叩き始めた。
最後にトン、と強く叩くとペンを出してササッと何かを書き上げた。
「ここに出入りしていた人間を洗い出して、周辺の大臣室にも聞き取りをして、超法規的措置のときはバカ息子を見た人はいたけどそれだけだったから、多分当人は変装でもしてたんでしょう、もしくは見たくなさすぎて記憶からうっかり消したか」
「皆が口を閉じているだけの可能性は……」
「ない、少なくとも内務大臣執務室の人間が見逃すわけも、見て見ぬふりをするわけがない。だからそっちを攻めるのは間違い。この数の司法資料が一人で盗み出せるようなものの訳が無い、超法規的措置の際に持っていったのはライヒベルク公爵関連の資料だからペラ紙一枚で済んだ。超法規的措置事件で大臣たちは即座に拘束されその後執務室勤務者は軒並み死んだ。それでどうして司法大臣室の資料が消えるの?どう考えてもありえない。つまり……」
「つまり……?」
「殺し方含めて賢くない、資料が無くなってなければ私も後回しにしていた。つまり無くなった資料は事件と関連性がある、そして複数人が運び出したことは間違いない、記録を漁って」
「かしこまりました」
「デストラン男爵、もしも見つからなかったら大臣施設の掃除担当者たちが本命、王家の雇用でしょう?」
「…………並行して調べます」
「うん、お願い」
そう伝えると司法大臣は机の前の上においてある少し大きめのスケッチブックを『(∵`) 』から『ლ(╹◡╹ლ)』に変えて仕事を再開した。
いつも不機嫌に見えるからどうも報告しに行きづらいと、下からせっつかれたため私が渋々、本当に渋々オブラートに包んで伝えた結果がこれである。
「じゃあ気分を書いとくからそれで判断して、仕事に関係あるのはそもそも俺の機嫌にかかわらず持ってきてくれないと困る。仕事関係なくなんかあるときはこれで判断して」
今の機嫌は……どっちだ?そもそもその前も機嫌もわからないが……喜怒哀楽って書くんじゃ駄目だったんだろうか?
まぁやることは決まったからとっとと聞き取りに行こう。
これはそろそろ動くな、俺は書き損じの紙をいくつか丸めて窓からそっと捨てた。
これで大丈夫だろう、5時には退社の時間だ。そろそろ茶会に参加したいものだが、デストラン男爵の報告が先かそれとも……。
デストラン男爵を司法省に呼び戻せたのは幸運だった、息子が司法大臣秘書で本人が元次官という世襲のようで能力がなければいられないポジションだ。
大臣不在の間停滞していた仕事も進んでいく、王が横槍を入れたがった裁判も潰して、王家よりの裁判官に違法性ありと弾劾裁判を勝手に始めたが……。
まぁ俺の負担は増えない、処理可能な範囲だ。
王家に怒りを燃やしているのだ、燃やしたいものを勝手に燃やしてくれるのなら燃料を追加するのが上司の役目だ。
俺は前任より公正ではない、特に王家に対してだけはな。公正さがないものに公正に接するほどまだ人間ができてないんだ、王も俺のことをそう言ってたしな、だからお前が思ったとおりに不公正に王家には当たってやるとしよう、裁くときは公正にやって負かしてやるよ。
私の友人の葬式に弔問一つ送らないやつにはこんなもんでいいだろ?
退社時間になったがまだ早い、本来は資料は奪われないように持ち帰る必要がある。それら置いておき色々と台車に詰め込んでいく、台車で運べばおそらく30分は遅くなるだろう。
「大臣、お先に失礼します」
頷きで返す。なんで俺のことをそんなに恐れてるんだ?10も20も下の小娘だぞ?
スケッチブックを閉じて。時計を見ながら5時45分を待つ。
そろそろだな。
ガラガラと台車を引きながら帰る私の前に3人の男が立ちふさがった。
バカな奴らだ、あっさりかかりやがって。入口までは数メートルか。本命ドンピシャだな。
「司法大臣閣下ですな?」
「そうだ」
「超法規的措置の調査の停止と司法大臣室の資料紛失から手を引け」
「嫌だと言ったら?」
「うら若き乙女が死ぬだけのことだ!」
下等な悪役らしい捨て台詞を吐いて襲いかかってくる3人を見てため息を吐く。陳腐な台詞に交渉にもならぬ交渉、貴族ではないな。
王家が抱える人材もここまで払拭したか、それとも癇癪でも起こして第1王子が死んだ際に粛清でもしたか?
ポケットからスリングショットを出し玉を2,3つ飛ばす、農林大臣の娘であることを忘れてないか?多少の自衛は高位貴族令嬢なら可能だ!蜂の巣くらいなら落とせるぞ?流石に頭のおかしな公爵令嬢ほどではないがな!
まぁこれ勝つためじゃなくて、ひるませるものだからこれが限界なんだが。
「怯むな!毒が塗ってあっても構わん!やれ!」
「口で言わなきゃ動けない時点で貴様らは3流だよ!」
資料の代わりにおもりを入れた台車を蹴飛ばし、逃走を図る。
司法大臣室の下の部屋は……。
ガラリと施錠されていない扉を開け、すぐさまその奥の部屋に飛び込む。
「バカが!窓から逃げないとはな!なんのためにズボンを履いているんだ!やれ、殺せ!」
「大臣服を流用したんで父上のでね!女性用は作ってる最中だがこれならスカートはなしだな!それに……3人で俺を殺せると思うな!」
「3人で十分だ!貴様ごとき小娘相手に我々全員が出張る必要はない、扉を開ければ一撃で殺してやる!その部屋は防諜用で窓なぞないぞ!わざわざ追い詰められやがって!棺桶の中で着る服は仕立て上がった女性用大臣服にしてやる!」
「死ぬときはわかいいワンピースと決めてる!それに……追い詰められた?誰が?」
「ふん、王宮で立ち回るだけあって口だけは達者だな!」
「口は達者じゃないから喋りたくないんだ、いいよ、開けてあげる」
「その態度に免じて遺体は辱めずにおいてやる」
ガラリと防諜用の軍務大臣個室の扉を開けた瞬間、男は倒れた。
後ろからアンにぶん殴られたのだ、他の2人も隠れていたアンの私兵に気絶させられているのが見える。
「アン、聞き取りは任せていい?流石に帰るよ、3人しかいないって自供してくれたしね。転がってる台車に質問用紙が入ってるからそれ聞き取っといて(小声)」
「……手伝ってくれないのか?」
「うら若き乙女が殺し屋3人相手に立ち回ったんだよ?護衛もあえて外して、明日の仕事もあるし帰るね(小声)」
「私も明日忙しいんだが……私もうら若き乙女なんだが?」
「フフッ……」
「おい?」
捕らえられた男たちをよそにアンとアンの私兵は顔を見合わせため息を付いた。
「まぁ……質は悪いな、スラム街で拾ってきたのかと言わんばかりだ」
「2人の返答ががなくなったのに気がついてないあたりワンマンでしょうね」
「ではこの3人の身元を聞き出して……誰か遺体確認に来るかな?」
「さて……?報告に来なかったから怪しまれる可能性はありますな」
「ここは防諜室だったな?」
「ええ、軍務大臣の執務室ですから」
「ええい!面倒くさいからここで吐かせよう、組織だったら朝までに潰してやる!」
「鍵をかけて出たはずなのに執務室が血まみれになってたら軍務大臣驚きますよ」
「貴族の脅迫とはそうやるんだ!こんなごろつきと一緒にするな!ほかに隠れていた連中に今日の仕事は終わりと伝えてこい!あとマーグに騎士団を動かさせろ!場合によってはお父上のバルカレス騎士団長に出張ってもらうぞ!なにせ大臣暗殺未遂だからな!あと台車の紙拾ってきてくれ……」
ナイフを出し、椅子に男を縛り付けながらジーナもエリーっぽくなってきたよなと本人が聞いたら怒りそうなことを考えた。
頭のおかしな公爵令嬢「クシュン!」
翌朝の軍務大臣「うわぁ何だこの部屋は!」




