エセル敗走記21
見せしめどころか前座にされた私はさらし者であった。
市民の見る目は敗北者を見るそれであり、これより扱いが悪いオーランデルクはどうなることかと少しだけ心配もする。
そんなさらし者の私は不躾な視線の下でキサルピナ騎士長とともに劇場に来ていた。
『ライヒベルク劇場』とバカでかい看板に書かれたそれは書いてあるとおりライヒベルク公爵家の出資により運営されてるとのことであり、劇団も同じく、たまに別劇団にも貸し出したりと文化面ではとにかく金を注ぎ込んでいることがわかる。
王都にもあるらしい。
孤児院にはエリーゼ・ライヒベルク孤児委員と名前が付いてるらしいがあれが親になるなら孤児で良いような気もするがそれは流石に孤児のことに関して知らなすぎるのだろうか?
そもそもなぜ観劇を?
「我が主からよく頑張ったとチケットを頂きましたので、まぁ及第点なのでエセル陛下にもご褒美です」
「及第点?」
「ええ、及第点です」
全く手も足も出なかったが?いや出したがかすりもしなかった。
それにしても褒美が観劇か、まぁ今や兵もいないほうしょうもあたえようもない、かといって豪奢な生活にはさほど興味がないからな。ある意味ではお似合いだろう。
「自分より強い相手だ、褒められておこう」
「そのようなところですよ、喧嘩を売るだけはありましたね」
いや、売ってないが?勝手に勝った挙げ句私は買わされたみたいなこと言われても困るが?
むしろ勝手に売り物以外を買われたこちらが被害者だろう。
キサルピナ騎士長を見る市民たちの嬌声を聞きながら劇場を進むと二階ボックスの正面、これどう見てもロイヤルボックス席だと思うのだが……。
「桟橋席がお好みでしたか?この劇場のここではあのへんですね、桟橋ボックスと言ったほうが良いでしょうが……目立ちますよ?」
「ここも目立つだろう」
「劇が始まれば後ろなど向きませんよ」
「左様か」
席に座ればメニュー表のようなものがある、パンフレットもだ。
「注文しますか?」
「何を?」
「食事ですよ、食なき人生は楽しみを見いだせない、食なき人生は生きる意味すら見いだせない。ご存知でしょう?」
そういうとキサルピナ騎士長は備え付きのペンにきれいな字体でロブスターのトースト、サンドイッチ、フォアグラとステーキ、シュークリームと次々とメモをしていった。流石に武人はよく食べる。
匂わないか?
「この席は高いのですよ、そのへんはしっかりしてます」
下の客を覗くとそれなりに裕福な人間もいれば本当にただの市民も混じっている。
「席は安く、最低席は食事一回分並みに収めていますよ。することがなければ劇場で目新しい劇を見ようとやってくるようにね」
「うまいことを考える、それは刷り込みか?」
「ええ、誰もが字を読めるわけではありませんが言葉はわかります。ここは中流劇場ですね、ロンドニのライヒベルク劇場は上流、中流、下級と別れています。設備は同じですとも、料金もね。違うのは演目の内容とセリフ。たとえば、その日ぐらいしの方々に貴族的な物言いをしてもわかりませんでしょう?階級制度というもの根深いものですから。しかし質の皮下大陸すべての人が、誰であろうと読み書きと計算ができる時が訪れるでしょう。そのときこの劇場の上流などと肩書は剥がされ、各演目が3つ公演されるだけの施設となるでしょう。そのときこそが……わたしたちの勝利のときです」
「世界を取りたいのか?」
「世界の人々を救いたいのですよ」
「壮大だな」
メニュー表を手に取り眺めると普通にフルコースもあった。
正気か?
「劇場周辺に飲食店を作るよりは中に作ったり、観劇中に食べるほうが楽でいいのです。この手の芸術は文化です。後生大事に金持ちがパトロンをやってお気に入りの配役を当てはめて独自のルールで固めるよりは気安く、来やすく楽しめることが大事です。だから一般階層向けの安いスープなどもありますよ」
「ああ、これか銅貨5枚……採算取れるのか?」
「採算というものは金を持ってる人間から取って、持っていない人間は将来大金持ちになったときに落としてもらうのですよ。それこそが文化振興というものでしょう?ほら彼らもサンドイッチ片手に劇のパンフレットを眺めている。これでいいのです。わたしは金持ちだけの観客の前でやる劇より裏路地でろくな舞台もなく演じる劇のほうが芸術だと思っていますよ」
よく見れば貧民すら混じっているようにも見える。
舞台横の桟橋席を見れば明らかにドレスコードにあっていなそうな平民が少しばかり値の張りそうな食事を食べている。
ステーキだな、見た目ではないということか。
「ああ、あれは彼の特等席ですよ。稼ぎを全て演劇の鑑賞に投入しています。食事すら劇場で取るほどで、帝都に出張すると即座に正面ボックス席や桟橋席を押さえにかかりますよ。本業は物流配送で商人ですらないのですが大したものです」
「…………芸術とはとかく金のかかるものだ。どちらにとってもな」
それほどまでに入れ込むのならそれはそれで楽しい人生だろうな。
食も趣味もどちらも楽しめていてなによりだろう。
「金をかけなければ芸術でないのなら芸術でなくていいですけどね。劇を見てよかった楽しかったそれで良いのですよ」
「ところでこれからやる劇はなんだ?」
「『高貴なる女王』ですよ」
キサルピナ騎士長はアンニュイな表情をしていたがおそらく空腹なのだろう。
注文票に線を引いて別のもの書いて、また書き直しながらワインの注文をしていた。
桟橋席の客「2日ぶりの食事はやっぱり値段を相応でないと」
隣の客「こいつ……やばい」




