エセル敗走記20
その宣言ノアと、腹に強烈な蹴りが入る。
少しだけ空を飛んだ気がする。
「折れてませんよ、ご安心を。強きものは調整もできるものです。ましてや防具もつけていませんし、このようなやわな足でケガなどなさいませんでしょう?」
「ぐ……昔戦場で敵兵の頭を踏み潰してなかったか……!?」
「さて?鎧の重さでは?」
「軽装甲だったと記憶しているが?」
「あれで100キロあるのです」
「あるわけないだろ……!革製だったではないか……!」
何をすっとぼけたことを言っているんだ!クソ!落ち着け、言葉では言葉でだ。
「そうか、キサルピナ騎士長自身が肩書と同じように重いのだな、先ほどの蹴りもよく体重が乗っていた」
「乗ってたら死んでますよ?」
心底不思議そうに尋ねてくる辺全く効いてないな。
体重にこだわるような人間ではないし、筋力がある分重いのは当然だからか。
「それに、体重とはこう乗せるのですよ」
腰を落としたキサルピナ騎士長は右手を構える。
見え見えではあるが、油断できない。
距離を取るために下がろうとするが、途端に跳ねるようにこちらに向かってきた。
速い!
一か八か地面を蹴り、更に下がろうとするが向こうのほうが明らかに速い。
木剣で拳を止めようと前に出す。
が、木剣は無常にも砕け散った。そしてそのまま木剣を砕いた拳が吸い込まれるように私の腹に向かう。
気がつけば地面に仰向けになった私がいる。
「気絶はしてないでしょう?これくらいできないと死にますよ」
冗談だろう?今まで戦った蛮族でもこんなやつはいないぞ。
お雨らの基準がおかしいだけではないか?ロバツ北方蛮族が弱いのだとしたらそもそも計算自体が間違っているのだからどうあがいてもダメだったわけか?
馬鹿げている、全く本当に馬鹿げている。
「手合わせですよ、起きていただきたいですね」
無理を言うな、喋れない。
内臓が潰れたのではないか?
「内臓に損傷はないですよ、手合わせで殺すほど愚かに見えますかねあなたの全身に力を逃がしてやっただけです。だから足先から頭まで痛いでしょう?」
どんな曲芸だ!ふざけている、なんだこれは……。
「新しい木剣をエセル陛下に、うっかり壊してしまいました」
お前実は体重で皮肉を言ったことに激怒してないか?
しばらく痛む体が落ち着くまで仰向けでいるとロンドニの市民がゲスな笑みを浮かべている。
オーランデルクほどではないがやはり嫌われているからな。
まったく、敗者というものは難儀なものだ。この後引き回され首をはねられないだけマシだがな。
毒ワインは望めないだろう。
なんとか立ち上がると木剣を渡された。
完全に見せしめだ、私の、ロバツ王国の反抗心を奪うつもりなのだろう。そんな物はもうない。
軍なき国家がどう戦うというのだ?
「さ、続きをどうぞ」
にじり寄りながら距離を測る。向こうも拳を構えているので木剣のリーチ距離を考えているのだろう。
だが勝てないことなどわかっている、私は木剣を思い切りキサルピナにぶん投げた。
顔色を変えることなく木剣を掴んだがその間に詰め寄り拳でこの女の顔を殴る。
「遅い、威力がない」
手のひらで拳を押さえられそれに動かされるように一回転されるとまたも私の背中は地面と再会した。
マジシャンか?
「そしてなにより相手の力をどう逃がすか伝えるかの技量が足りない」
あるかそんなもの。私の仕事は将軍と国王だぞ。
「さ、手合わせはまだありますよ?降参ですか?」
「手合わせに降参があるのか……?」
「ええ、ありますよ」
「では降参だ」
投げた木剣が掴んだ部分ごと粉砕されてるのを見て、次は確実に死ぬか子どもが産めなくなりそうだと思った私は悪くないとは思う。
「イマイチですね。体をろくにに動かせませんでした」
「仕方ありませんわねぇ……。キサルピナ私と手合わせをしますか」
「ほう、久々に我が主と手合わせができるとは光栄の至り」
この女……もしかして危ない薬やってるんじゃないか?
「総合的ででいいですわね?」
「ええ、木剣も何でも使いましょうか」
ずるずるとクラウディア・レズリー伯爵令嬢に引きずられながらその試合を見る。
私が見せしめにされるのとは別に盛り上がるのはなんと情けないことだろう。
剣撃の打ち合いが剣劇のごとく優雅に映え、鋭い蹴りが翔べば一気に伏せて足を切る、飛んだと思えばそこから蹴りに変え、拳で撃ち抜こうとすればその上に足をかけて回転しながら背中に蹴りを入れようとする。
躱したと思えば肩を掴み持ち上げて投げ飛ばす、それをくるりと回りながら着地して立て直す。まるで曲芸だ。
私は演劇でも見せられているのか?
先ほどと違いキサルピナ騎士長は肩で息をしながら着地地点で一気に伏せる虎のように構える。
エリーゼ・ライヒベルクは緩やかに向かって行き、一定の地点になったところでキサルピナ騎士長が襲いかかる。
左拳、右の木剣の払い、左足の蹴りの順番で回転するかのごとく襲いかかるが全て紙一重で躱される。まるで先程の私とキサルピナ騎士長のようだが見ごたえは段違いだ。
キサルピナ騎士長は躱された木剣を地につきたて、飛ぶように両足で蹴り上げるがエリーゼ・ライヒベルクは木剣の方を蹴り倒した。
バランスを崩しつつも手を地面につけてまた回転しながら距離を取る。
「返しますわ」
エリーゼ・ライヒベルクは木剣をキサルピナ騎士長に蹴って渡しつつ、自身の木剣を
放り投げた。
二刀流になったキサルピナ騎士長はまたエリーゼ・ライヒベルクに詰めより左右から刃を滑らせて首と膝の位置に切りかかった。
その斬撃をパシリとつまむように止めたエリーゼ・ライヒベルクはその状態から木剣をキサルピナ騎士長から引き抜いてくるりと回して二刀流になるとキサルピナ騎士長の首を双剣で挟むようにした。
「参りました」
「結構」
その言葉を聞くと双剣をぱっと手放しエリーゼ・ライヒベルクは微笑んだ。
私の見せしめと違い、市民の盛大な拍手で称賛されるそれはまさに格の違いを表すようだった。
エセル「化け物かな?」
アン「うわ!化け物!」
マーグ「キモ」
シャーリー「(仕込みの八百長やないんやなぁ)」




