エセル敗走記14
「あれでよかったか?」
「満点ですわ!」
いつものように戻ったエリーゼ・ライヒベルクは上機嫌で私に笑いかける。
「もうエセル国王に演説させればいいのでは?」
「え?ワタクシの立場は?」
「見てると鳥肌立つんだよねー」
「ひどくありませんこと?」
「笑いを堪えるのがな(小声)」
「そんな笑う場所ありましたっけ?」
エリーゼと取り巻きの寸劇を見ながら熱狂するロンドニ市民を見る。
オーランデルクがここまで嫌われているのであればもう、どうにもならないだろう。
外から見る状況と中から見る状況は違うとは言うが、思った以上に嫌われている。恨みではない、殺意に近いものがある。
貴族間であるのは理解していたが市民間でもこれか……。
一体奴らはどれだけ余計なことをしていたのだ?
「一つ聞きたいことがある」
「なーんでもお答えいたしますわ」
「なぜここまでオーランデルクが嫌われている?市民にだ」
「ああ、それ?それはサミュエル王国がされたことを小説や演劇で丁寧に演じて周知させているからですわ。まぁ……ちょっとだけ盛りましたけどね」
「ちょっと?」
「リアルなだけでは面白くないですからね、盛り上がる嘘はいいことですわ。それとも敵国を非難する脚本の演劇を演じてはならないなんて法律はありませんし、抗議もされておりませんわ。まぁ、こちらがやられたら戦争理由にしてしまえばいいのですけど」
民意を操るというのか?わざわざそんな手を使ってまで……。
外から響くオーランデルク滅ぶべしの合唱を聞きながらも疑問が浮かぶ。
「不思議そうですわね?」
「そこまでする意図は何だ?戦争を一度決めたら……」
「ああ、甘いですわね。国民が熱狂して戦争に向かわなければいけませんの。ときに資源を供出し、食料を供出し、時に自ら戦場に立つ決意を持つほどに。あなただって徴兵したでしょう?アレを自ら徴兵してほしいと言わせなければいけませんのよ、ほら聞こえるでしょう?あの歓声が、オーランデルクを滅ぼせという声が」
鳴り止まぬ声は今では空恐ろしいものに思えてきた。
「民意はこちらで動かすもの、我々が戦うべき相手を国民に戦うべしと言わせる。我々が必要なものをこれを使ってほしいと言わせる、貴族のやり取りと同じでしょう?自ら望んでそうしていただくのですわ。そのためにワタクシは草の根運動をしているのですわ、新聞というメディア、演劇というメディア。すべてワタクシの手の上にあるのですわ」
「ロバツはなぜ?」
「くだらないことを聞きますのね?」
「聞きたくなるのは当然だろう?降伏後にどうなるか不安で仕方ないな」
「そこまで流行っていませんわよ、だってあなたたちは私の獲物ですもの。それともワタクシではなくサミュエル王国のほうが好敵手だとでも思ってましたの?」
いや、それはない。
国境紛争でもサミュエル王国は出張らなかった。
ライヒベルク公爵家の独立だけはあり得ると思ったが……。
「いつから王国を乗っ取ることを画策していた?」
「いいえ、まったく、これっぽっちも画策はしてませんわね。真面目に計画を始めた時にはそれはメインではありませんでしたわ。ワタクシたちの計画では独立まで、その後、いや前でもいいですけどあなた方と決着をつけるのは決定でしたわ」
「それはなぜ?」
「蛮族は降す、それは公爵家の伝統ですわ」
「……それだけの理由か?」
「あとは当家との因縁ですわね、ぶっちゃけロバツよりも公爵家の恨みは王家に向いているわけですから。お母様もこの国には辟易していますしね、正々堂々ぶちのめしてやるという感情のほうが強いですわ」
「度合いとしてはどれくらいだ?、恨みで見れば」
「王家、オーランデルク、ロバツですわね。あんな国を放置したらワタクシたちの権威が落ちますわ、馬鹿な王家が侮られている状態であとを継いだらどれだけ連中が出しゃばるか、あるいは王位に干渉してくるでしょう?連中はクズですわ。そのためにあのバカを生かしておいているのですから」
「つまりオーランデルクが介入したら……」
「死んでもらいますわ。それ以外にあの阿呆に使い道があって?」
血筋以外使い道がない存在か……。
それを言われると私も弱いな。
「ゴットワルトでしたっけ?アレ使えますの?」
「いや、使えない」
使えるとあれをいうことはない。
現実的な問題としてまともに帝王教育を受けていない。
そもそも上に2人いるのに継ぐことはない、ロバツは最も強き者が継ぐのだ。
武力政治力、それを使って立てるならそれで良し。あとはうまく使われる側に回ればいい。
スカケルが国王になっても構わなかったがゴットワルトは無理だ。
あいつに優れているのは道化か操り人形として動く才能だろう。正直文化的な面は私が疎いとは言え最低限の知識を持ってもヘボだ。
あいつの才能が凡才には図りし得ないのならともかくだが。スカケルですら目をそらすのでないのではないかと思う。
「でしょうね、工作する人間も価値なしと断じてましたし」
「そうか、入りこまれてたか」
「くだらぬ展示会に作品発表してたでしょう?文化的才能もないなら文治政治と言い張って上に付ける意味もないし返って混乱するから後々の統治が面倒になるだけでいいことなんてありませんわ。あなた達は今でも思想は蛮族寄りなのですからね」
どうやらあいつの無能に救われたようだな。
どちらにせよライヒベルク公爵家は我々を滅ぼす予定だったのだから。
スカケル「(ヘッタクソの絵だなぁ……)」
ゴットワルト「これは姉上です」
スカケル「……姉上?」
ゴットワルト「スカケル姉上です」
スカケル「そう、ありがとう(悪魔かな?)」




