国王私室隠し部屋にて
あれから少しだけ時間が立ち、私はレズリー家の人間とリッパー男爵とともに国王私室の隠し部屋に移動した。
レズリー家の人間は女性で一応の証人だ。リッパー男爵と消えて行方不明では貴族令嬢としての体裁が悪い。だからいかにも陰謀を企てていたような人間と行動する必要があるのですね。
「大きな声は駄目ですが普通の声量なら話しても構いませんよ」
「漏れるのでは?」
「防音でしてな。ここは王宮部署が最盛期であった際は国王陛下の護衛をしていた人間の待機場所でした。最も私の頃にはもう誰も常駐していなかったそうですが」
護衛もいないのか。見放されたのか、それともどこかで護衛に見張られるのが嫌になって制度ごと解体したか。まぁどちらでもいいでしょう、過去の体制など。
「こちらの声は聞こえませんが、あちらの声は聞こえるようになっております」
見張られるのが嫌になった可能性が高くなりましたね。
気持ちはわかります。
そっと覗くと国王陛下はベッドから立ち上がりバスローブ姿でふらふらとしながら何事かをわめき始めた。
「フリードリヒ!フリーフォリヒ!公爵を暗殺せよ!フリー……ド……リッヒ!」
名前もおぼつかない感じであり狂気ではなく明らかにおかしい。
「盛りましたか?」
「いいえ、盛るまでもなくこうなったのですよ」
本来であれば侍女か侍従でもいるはずの部屋には国王ただ一人。
私室ではあるから外で待機かも知れませんが……これだけ叫んでも誰も入ってこない。
「近衛騎士は暇ではないのですよ」
「…………」
なかなかの一言だ。国王陛下を守るべき近衛騎士が国王陛下に興味がないのだから。
これはなかなか痛烈な皮肉ではないでしょうか?
「蛮族へ支援を続けよ!奴らを殺せ!私の子どもではない!弟の子供なのだ!公爵家がそそのかした!グリゼルダ!グリゼルダを無理やり手籠めにしたのだ!お前は私の子どもではないのだ!ヴィルヘルム!お前だけが!おおおおお!」
一通り叫ぶと糸が切れたように座り込んだ国王はまた笑い始めた。
「エリーゼ・ライヒベルクと婚姻を結べ、王家を安定させよ。フリードリヒ、王家はお前が率いて……」
自分の子供ではないとわかりつつもすべてを委ねるしかないというのは精神が追い詰められるのも確かでしょうね。
しかし、なぜ第2王子のようなのぞみ薄の男が王太子の座を逃したくらいでこうも?
「我々の寝返りも最後の一撃だったのでしょうね」
「今更ですね」
「自分の思い通りに行かない中で唯一動かせる御三家が実はそっぽを向いていた。これは最後のひと押しになるでしょう。元から危うかったのですが……」
「やはりフリードリヒ殿下の死が?」
「……いいえ、それより前ですとも」
なら自分の子供でないと気がついた時期からずっとか……約16年ともなれば蝕まれますね。
そんな事を考えている中で国王はまたどこかに向かって指示を飛ばしていた。
やれ、公爵夫人を遠方へ遅れ、野盗に襲わせろ、私は皇帝になるなど荒唐無稽な話しもしている。
唐突に扉が開き近衛騎士が入る。
「第2王子殿下入室です」
「父上……?」
その声に反応したのか国王は目を見開き立ち上がった。
第2王子の肩を掴み睨みつけるように動きを抑えていた。
「フリードリヒ!あああ!フリードリヒ!お前は兵を挙げ公爵を討つのだ!」
「ち、父上私はヴィルヘルムです!」
「ゔぃる……ヴィルヘルム……?ヴィルヘルムではないか」
「は、はい……そうです。ヴィルヘルムです……」
「ヴィルヘルム!私の唯一の息子!」
「今となってはですが……」
「フリードリヒは兄の子供だった!グリゼルダが不貞をしてつくったのだ!グリゼルダ!グリゼルダ!なぜお前は私に微笑まないのだ!ヴィルヘルムお前だけが私の血を継いでいるのだ!お前は国王になる!そうだ!譲位しよう!お前は今から国王だ!」
「ち、父上……私は王太子では……それに王太子の儀から1年経たねば……それに父上の兄弟は弟しか……」
「余がお前を王太子だと決めただから王太子だ!そして今すぐお前は国王となる!公爵を討て!そうだ、公爵が不貞をさせたのだ!ガルニ・ライヒベルク公爵を討て」
「父上!それは先代公爵です!」
「んあ……?ではロバツを討て!ロバツが不甲斐ないから公爵家が強くなった!ロバツを討て!いや蛮族だ蛮族を誅殺して公爵家を弱体化させられなかった責任を問うのだ!」
それが王家単独でできれば公爵家を潰せているのでは?
さしもの第2王子ですらなら私が国王なのですね、よし!兵を挙げるぞ!とは言えないようだった。バカはバカでもそこまで愚かになりきれなかった。
「ヴィルヘルム!お前だけが頼りだ!ジョージを殺せ!グリゼルダを奪ったジョージを殺せ!」
「ち、父上!叔父上はもう亡くなっております!」
「私の手で殺さねばならぬ!ジョージを殺せ!」
「ち、父上……?」
「秘策がある!リッパー家を使い暗殺させるのだ!」
「父上、リッパー家はもう公爵家に取り込まれました」
「なに!息子のことを許してやったというのに!なんたる不忠だ!処せ!リッパー家に処させろ!」
「いや、リッパー家は当代のジャック・リッパー男爵しかおりませぬ」
「ジャック・リッパーにっ!ジャック・リッパーの暗殺を命じろ!やつなら成し遂げる!頼むぞフリードリヒ!」
「いえ、私はヴィルヘルムです……」
「なに?お前はヴィルヘルムなのか?」
「はい……」
「何を言ってる嘘つきめ!お前はジキルではないか!私を騙そうというのか!近衛騎士!ジキルがでたぞ!ジキルだ!捕らえよ!」
近衛騎士は痛ましいものを見るように国王と第2王子を引き離した。
第2王子も悲しみや驚きよりも困惑が勝っており、いつものように文句も言わず、ごねもせずに言われるがまま部屋を出ていった。
それを眺めた近衛騎士はちらりとこちらを見ると肩をすくめて部屋を出ていった。
「私に子どもいないじゃないか!だれがやるのだ!そうだフリードリヒだ!お前がやるのだ!私の血を継いだ子どもなんていないというのに王家の血筋がそんなに大事か!ふははは!あははっはは!」
とんでもないこと言うものだと思いリッパー男爵を見ると血の気が引いたように真っ白になっていた。
レズリー家「断じて毒は盛っておりません……」




