エセル敗走記6
「9日待ちました、いまさら数分も数時間も誤差ですよ。後悔のないご判断をしていただきたい」
「9日ということはわざわざ戦場に行かなかったわけだな」
「必要ですか?エリーゼ様が敗北する?キサルピナ騎士長がいて?確かにロバツ軍はエリーゼ様たちを追い詰める程度はできたかも知れませんが、最後に立っているのはエリーゼ様でしょう?勝利を確信して準備をして敵の逃走経路に兵を置くことの何が問題なのです?」
「そのような部下を持てば不安だろうさ、いつか足元を救われるぞ?」
「それは器の違いでしょうな、エリーゼ様はそのような些細なことは気にされません」
「些細か……」
決戦に来ないやつが勝ったとのことしか考えてなかったら私ならぶっ飛ばすな。
部下に甘いのか、部下に逆らえないのか本当に器がでかいのか。
いや、あの正確だと細かいこと気にしてないだけだな。
結局それも器か?
「些細なことですとも。クラーク将軍、ブース将軍の戦死。エルティア伯爵、不死身のバルドレー、血化粧モンセイユ、栄光の右腕グスマン、副将ベンジャラにピジャ親衛隊長含めた親衛隊の喪失に比べたら些細も些細でしょう?」
「そうか、ベンジャラも逝ったか……」
「ピジャもか……」
わかってはいたが、わかってはいたのだがな……。
「そんな……親衛隊も……」
「そうか、隊長も逝ったか」
「そ、そんな……」
動揺が広がっているな。これでは戦えまい。
臨時徴兵を人質にして士気まで折られたら厳しいな。
「なに、戦いというものは運もあります。今回はなかっただけですとも。次回があるかはわかりませんが」
「次回か……」
「もはやロバツは戦えますまい?」
そうだと言っても答えてやる義理はないな。
もっとも向こうは確信を持っているようだが……。
おそらく国境をあっさり突破した連絡をもらっているのだろう、滞在9日なら連絡位は来ているはずだ。
すべて嘘であると思いたいが……。
山の旗の数しか実は兵がいないとか……。
「山の兵が気になりますか?ご尊顔を拝謁する機会を与えていただけるのなら彼らも喜ぶでしょう、いかがですか?」
「ほう、では見てみたいものだな」
「光栄ですな」
そういうと騎兵の指揮官は左手を上げて下に払った。
すると騎兵部隊が旗をひとふりして静止、山から旗がおりてくるのが見えた。
駆け下りるのではなくゆっくりと、焦らすように降りてきた。
「クロージン、麾下3000参りました」
「恐れ多くもロバツ国王であられるエセル・ロバツ陛下のお召である。顔を見せよ」
そう言われた男は兜を脱ぎ、顔を見せた。
「ライヒベルク公爵家騎士、クロージンにございます拝謁の栄誉を賜りまして恐悦至極光栄の至り」
「固くならなくても良い、この兵は北方か?」
「はい、北方の要にございます」
「指揮官はキサルピナ騎士長か」
「キサルピナ騎士長はあくまで代行、最高指揮官は以前変わりなくライヒベルク公爵令嬢にして対蛮族、北方戦線の指揮権を持つエリーゼ様にございます」
「しかし実働はキサルピナ騎士長であろう?」
「いいえ、昨年までその地位にのける義務を果たしておいででした」
「そうか、思ったより……思った以上に我々より先にいたわけだ。それで?ロバツ北部国境の蛮族共は?どちらだ?」
「そうですね、その場所は数年前にはすでにライヒベルク公爵領地になっております」
「つまり、とっくの昔にライヒベルク公爵家と戦争状態にあってとっくの昔に勝てないことは決まっていたわけだ。なるほどな、つまり我々の交渉はすべて筒抜けであったわけだ」
「はい、そのとおりにございます」
「そしてここまで内情を明かすということは……」
「ロバツ侵攻の一報が入った際に北部国境の公爵兵を動かしました」
騎兵の司令官がしれっと口を挟んだ。
なるほどな、二方面か。
終わったか……。
「エリーゼ・ライヒベルク王太女殿下は?」
騎兵隊指揮官に尋ねるとスラスラと答えが帰ってきた。
「陛下の決断を先日の決戦の場でお待ちです」
「移動せずにか?」
「はい、陛下をお待ちです。我が主の此度の戦争での役目は終わりました。以降は消化試合、いかに相手を締め上げて滅ぼすかだけです」
「オーランデルクは?」
「攻める必要がありますか?連中がロバツの滅亡を見たうえで下手に出てきたところでまともに対処する価値があるとでも?死にゆく油虫をわざわざ見たいとは思いませんな」
「油虫と来たか」
「寄生虫でもいいですが、寄生虫は宿主が死ねばともに死ぬか、食った生物に寄生するかです。あれはどちらでしょうね?」
「さてな、役には立たぬ。虎の威を借る狐といったところか、先代が死んでも佞臣に王族もその意識が抜けていない。そうか、自滅を待つか」
「正確には落とし穴にどう落ちるかですな、あの程度の国に時間をかけるなんて時間への冒涜です」
「そうか、最後の最後まで手のひらの上か……無念だ」
「我々も初めて会ったときからそのようなものです。しいて言うなら働きがいがありますよ」
「仕え甲斐ではなくか?」
「それは一回で十分です」
「一回か……」
「かつては違う主に仕えていましたからね。仕え甲斐というものはその一回で使い果たしました。忠誠はありますが」
「ここにいる軍は全部で……」
「いったかも知れませんが1万です。2万はロバツ侵攻中です、残りの6500にも同じくご尊顔を拝する栄誉を与えてくださるのならそこからお呼びしましょうか?」
「いや、わざわざ配置から動かす理由もあるまい……。降伏しよう、エセル・ロバツはライヒベルク公爵家に降伏する」
それにしてもこの連中は蛮族らしくないな。公爵家の正規兵か?
「できればこの軍の司令官か将軍にお会いしたい」
「それは私ですね」
どうやらこの騎兵隊隊長が軍の指揮官だったらしい。なかなか勇気のあることだ。
「ああ、そうでした。ご無礼をお許しください。ご挨拶が遅れました、私はライヒベルク公爵家騎士、北部戦線参謀の……シュライヒャーと申します」
エリー「は?」
キサルピナ「シュライヒャーが逃走経路を予測してエセルを捉えてると思われます」
エリー「……まぁいいか」
キサルピナ「さすがの判断です」
クラウ「(いいとこ持ってかれてちょっと悔しいけど褒めるべきだから折れたっすね)」
ベス「(惜しかったからね)」




