エセル敗走記4
三日目、南下してハーンと合流するか、もしくは二手に別れたまま撤退するかの議論が始まる。
「ハーン将軍と合流できればあるいは……」
「ハーン将軍はアルベマーにすり潰されていた。おそらくそこまで兵力は残らない……合流は悪手だ」
「それなりに兵はいたらしいが……」
「我々と同じで敗残兵を拾っていったのだろう、それなら……」
「ハーンの手持ちに正規兵は殆どおらぬ、望み薄だろうな。食料も不十分、猟師たちも減った……。今日一日粘るべきか、もう諦めて前に行くかだな」
私の言葉に沈黙で答えるみんなは暗いまま。
みんなわかってはいるのだ、希望は薄いと。
「今日……食料採集を続行するべきでしょうか?」
「不足は目立つ、今何人ほどだ?」
「約300名ですな」
「敵襲と聞いて逃げ出したか、案外……」
「言うな、ダメなときはとことんダメなものだ。逃げるのも選択のうちだろう」
「しかし……食料を持ち逃げされております」
「慰労金として渡してやったことにせよ」
「食料をどうしましょう?」
結果、そこに戻る。
喧々諤々としているが、何も進まない。
ここにいるのは将軍でもなんでもないのだからそうもなろう。
私が彼らを説得しきれなければ分裂するだろう。
昼になると野草採集が終わり、多少の動物も狩れた。
だが少ない……。
消沈する我々に一報が届いたのはその時だった。
「ロバツの兵がこちらに来ております」
「……どの?」
「ハーン将軍ではないでしょうか」
「どうだろうな、では……」
「私が行きましょう」
「……任せよう」
名乗り出た親衛隊員に任せて待つことしかできない。
なにせ私の旗は戦場で回収されたか、処分されたかだろうからな。
鎧すらどこにあるのだかわからん、さすがに男と私を間違えないだろう。
会ったこともあるのだから。
いや、意外と騎馬攻撃で顔を潰されて……いや、ついてるものは付いてるから結局バレるか。
沈黙の続く会議場所で私は何も発言できなかった。
本来であれば多少は何かを言って勇気づけるなりすれば良いのだが、残念ながら膨圧するかも知れない兵を収めるには臨時徴兵やブースの子飼いに関しては知らなすぎた。
ましてや元100人の指揮官であるマンキーウィッツのことは知らぬとしか言えない。
迂闊なことを言って暴動を起こされたら困るのだ、結局どっしり構えるほかはないがそれだけしていても意味はない。
ただただ雰囲気を出す、威圧のようなものを放つしかない。
「陛下、朗報です」
「……ハーンか?」
「はい、負傷はありますがご無事です」
「…………良かった、会おう」
数日ぶりにあったハーンは包帯ではなく切り裂いた布などを巻いているようで傷だらけのように見えた。
実際そうなのだろうが、すぐ死ぬとは思えんのは良かった。
「無事か?」
「はい、死に損ないました」
「包帯は?」
「何もありませんでしたので服を裂いて取り繕いました。戦場離脱後に死んでいた兵の服などを使ったものもありますが……」
「そうか、戦場離脱後は?」
「そのまま南下していました。当初は敗走兵をまとめて東部を突破する予定でありましたが、オーランデルク側の使者が来るという話があったため北上を決めました」
「オーランデルク?真実か?」
「わかりません、ですが……現状では確かめようがありませんので最悪を考えました」
「オーランデルクが最初からサミュエル側についていた可能性か、考えたこともなかったな。あの愚物王子の……いや、エリーゼ・ライヒベルクの王太女の話を掴んでいたのか?我々でも掴みきれなかったのに。もう少し掛かると思ったくらいだ」
「どうでしょうな、連中がそこまで優秀とは思えません。嫌う人間のほうが多いくらいでうしね。エリーゼ・ライヒベルクなら秘密裏にやるでしょう。そんなバカには流さない、ガセの可能性が高いとは思います」
「……ま、今は良い。ロバツへ逃げ込めるかどうかだな」
「私もどうなるかはわかりませんよ。17万で1万戻ってきたのかどうかでしょうね」
「これが敗戦でなければ何なんだろうかと言うほどの負けっぷりだな、王国軍への打撃はなしか」
「噂の出回りが早いです、おそらく王国軍は南部に存在してるのではないでしょうか?」
「そうなると北か」
「進軍時に動向補足はなかったのでしょう?我々も補足はしていません」
「…………決戦に3日、最終日まで補足されていない。敗退から4日、ここの滞在で3日目。1週間ならここまで突破されるか?」
「北部も我々が通った場所もありますからね、そこを一気に抜けたらどうなっているものか」
「我々を釘付けして南部を完全にかためて北上する可能性もあるか?」
「可能性は高いかと」
「つまり、当初の北方面での逃走しかないな」
「はい」
「食料はいかほど?」
「ない、まったくない。ここで少しばかり狩猟と採集をしていた。昨日臨時徴兵が賊化して襲いかかってきた。ドサクサに紛れて200人近く逃げたな」
「直ちに出立する必要があるでしょうな」
「そうなると食料がな……」
「昨日の賊と戦死者はどこへ?」
「そのままだ、いや一箇所にはまとめているな」
「なるほど、では肉は十分ですな」
「…………」
「戦場ではよくあることです、餓死したいものは食べずともよいでしょう」
「なんというか、我々は地獄に落ちるだろうな」
「軍人とはそういうものです」
「王とはそういうものか」
あの世では兵より地位が低いだろうな。
クラウ「……噂は?」
シャーリー「もう広まっとるやろ。ダメ押しの商会護衛解散やぞ」




