圧制者はかくのごとし
ブースは丘から押され、反対側に下り始めていた。
当初全方位を守るように作られた柵は攻守が見た目だけ逆転した今でも役立っている。
「粘れ!粘ってくれ!」
今や主戦場すら見えないブースはただただ自国の国王の逃走成功を祈り続けていた。
彼が丘を下るほど押され、そして兵を減らしつつも耐えているおかげでエセルは今反対側の丘の下を逃げている。
もしも、軍でここの隙間を突いていたら逆落しをされたであろうし、今このときに軍が動いていたとしても丘から迎撃されるか、後方のブランケット公爵軍が結局逆落しをして攻めかかったであろう、そこから各軍が集結したらもはや逃げられなかった。
彼女が逃げられたのは敵が練度の低い兵が弱くて逃げているからだという認識が今日の戦闘の終盤で強くなったこと、そしてエセルというプライドの高い女がそこまでして逃げるとは露とも思っていなかったことである。
「誰も戻ってこないか、うまく逃げられたのならいいがな」
もはや本陣と呼べる場所っは彼の周辺と呼称するしかなく、伝達や指揮に言ったまま戻ってこない人間が増えていくのはせめて逃げていてほしいという気持ちであった。
「誰か!」
掌握しているおそらく1600人足らずと判断した兵でここまで粘ることができているのは敵からしたら柵が邪魔であったことだろう。
圧制者と呼ばれる彼は勝利後の統治、総督としての悪名、過激さで名を馳せたが本来得意なのは守勢、持久戦であり、それを見越した丘の防御陣地構築であったため、防御側の攻めはほぼ捨てていた。
それでも最低限の出撃用の攻め口は残しておいたが昨日の敗戦、撤退から半ばそれを諦め、攻め口を柵で塞いでいた。
そのため丘から後退して引く際には柵を乗り越えるなりすればいいが、敵がそれをすれば狙われるという始末である。
ジーナはそのような地形のほうが得意ではあるが数が足りないためブランケット侯爵軍を前に出しつつ、空いたところをせめて柵を突破させながらじわじわと追い詰め、一気に包囲をしたりして十、二十と敵軍を削っていった。
「お呼びですか!」
「何かありましたか!」
「御用ですか!」
もはや取り次ぐ人間もいないため一気に5人ほどの人間が駆け寄ってくるが。それに関して苦言も何もいう必要も意味もなかった。誰が次席か?どころかもはや指揮権の順番の割り振り下人間がすでに誰もいない。それほどの人間が払拭しているのだ。
改めて任命したところで消えるのだから意味がない。
クラウから派遣されたレズリー家のものがそのような人間を率先して狙い撃ちしているのであるから当然と言えば当然である。何度でも前に出張れば失敗してもチャンスが有る限り殺せるのだ。
ブースはこの狙い撃ちを恐れてすでに前に出なくなっていた。
「陛下の軍は無事脱出したか!?」
「わかりません」
「もはや丘を越えることは不可能です」
「一部部隊が丘の上で孤立しているのは見てますが……」
エセルが報告で聞いた崩壊しつつあるというのはこの丘で包囲された百と少しの兵であり、情報の錯綜の結果。
分断されてしまったブース軍の危機が、分断され各個撃破されてもはや数百を残すのみという話に変わり、崩壊しつつあるに誰かがごまかしていた。
この現状はもはや正規の伝令もレズリーから狙い撃ちされた結果、とりあえず報告しに行くというそのあたりにいた兵が命じられてしまった故の結果の産物である。
その丘の部隊は連絡がつかないことを理由にすでに降伏か逃走の選択に入りつつあり、空いたブランケット軍が彼らの数を減らした結果、50人ほどになった際にようやく責任者たる人間が不在であるといいながら降伏をした。
「このまま丘を下りきれるか?」
「わかりません」
「スペンサー軍が一気に柵を2つ越えて指揮代行をしていた方を打ち取りました!前衛は混乱しています!」
「今の代行は誰だ!」
「私は名前を知りません!」
おそらく指揮権の優先順位で5番以降の人物になったのだろう。
流石にそれよりしたは表に出て戦場で指揮することはめったにないので忘れ去られている人間の方が多い。
小規模ならまだしもかつては万を越える軍の指揮官代行なら幹部以外に知られてはいないこともあるだろう。
最もその代行は何人を指揮する地位だったかも今やわからない。もしかしたら5000人の指揮官代行でいまや数百人や数十人を指揮しているのかも知れない。
「後退し続けろ、そして惹きつけ続けろ!街道まで下がり続ければ……」
振り向くと味方の敗残兵が丘を降りた向こうにバラバラといる。街道を目指して……。
「街道まで逃げられれば芽はあるぞ!陛下も撤退に成功してるやも知れぬし、エリーゼ・ライヒベルクを討ち取ってるやもしれん!」
威勢よく声をあげるブースも、丘の下方であることから敵の弓兵攻撃を受けて駆け寄ってきた兵が数名矢に刺されると閉口した。
すでに満身創痍の彼は肩も腕も、足も負傷しており、意識は長くは持たないと確信を持っていた。
「突撃してもえられるものはなにもないぞ、奴らの首にその価値はない。徐々に引いていけ、私に何かあれば現状指揮している指揮代行者に私の権限を引き継げ」
2人になった兵が了承をすると、また柵を超えられ一部部隊が一気に横を突かれて逃げ惑うさまが見えた。
「昼が終わるまで持つかと思ったが、無理らしい」
もはや重くて被っていられない兜を脱ぎ、負傷のせいで動かしづらくなった鎧を脱ぎ捨てて椅子に座り込んだブースは真っ赤に染まったギャンベゾンを見てため息を吐くとゆっくりと目を閉じた。
ハーン将軍、後は頼みます……。
さらなる後退のおり、本陣に駆け寄ってきた兵が見たのは矢が脳天に刺さって絶命しているブースの姿であった。
意識を失ったまま亡くなったのか、それとも脳天に刺さった矢が彼の命を奪ったのかは誰もわからなかった。
脳天の出血に比べて彼の座った椅子の血塗れさを見ると誰も判断がつかないのだ。
残った兵はブース将軍戦死を通達し、潰走の形で街道への逃走を開始した。
同時にブースを討ち取ったスペンサー、ブランケット領軍は戦果十分として敗残兵の追撃をやめた。
ジーナ「ブランケットの功績でいい。我々はもう十分だ」
ドゥエイン「連名にしましょう、あれではどちらかわかりません」
クラウ「死んでた人間にぶち込んだのならまずいっすね。ノーコメントで」




