ハーンの無謀なる作戦
じりじりとマッセマー軍の矢の範囲から抜け出そうと下がる。
徐々に被害は軽減されるが何かが好転したわけではない。
正確には下がる速度よりも兵が溶けていくほうが早いだけなのだ。
「2000ほど減りました」
「減った、か」
死んだではなく減ったと報告を聞いて陣を出る。
左や右に逃げていく兵を見ながらこれではままならぬとだけ思う。
逃げる兵があっさり射殺されていく。
練度がバレたか、逃げようとして丘から足がもつれたと思えるか。
「まだ我々は16000を有している。射程から下がれ、我が軍の弓兵は?」
「どちらのですか?」
「そうか、わかった。正規兵しかないか」
「……はい」
右翼方面を見ると集団が脱出していくのが見える、丘陵をああも素早く動くのであれば間違いなく弓兵として使った猟師たちだろう。
合流もせず逃げようとするところを見るとまずいな。
一応少数ながら集団ではある、敵が警戒してくれれば良いのだがな。
ブース軍は、やはり兵の差か。
柵がいくつか突破されているように見える。
ハーンは動かぬか、今では意味がないからな。
ここでも静観するとなると逆落としが乾坤一擲の大勝負か。
2日続けてこんな分の悪い賭けか。
こんなギャンブルばかりする国王などいないほうが良いだろうな。
戦争は勝つための準備が大半だ。計画が崩壊したとして下がれぬ時はあるが賭け続けるには分が準備が不足しすぎてな。
どこでバレたのだろうな?
やはり密やかであっても数が数だったからバレたか?
密議はバレるものというものな。
……今はいいか、そんなことは。
「敵は?」
「射程外にでてもなお弓は向けています」
「そのうち下ろすだろう」
警戒を解かないな。
今逆落とししたらハリネズミだ。
眼の前だけを警戒するわけにもいかぬし厄介この上ない。
丘を上るのは誰か、ブースがどれだけ持つか、ブースが崩れた際にどういう戦法を取るかですべてが変わる。
隙もなく、緩やかにこちらの逆落としに備えるキサルピナ軍を見てため息が出る。
ただでさえ逆落としの威力次第なのにこうも備えられるこの兵ではな。
かえって数が仇となる……。
さてどうするか?と思っているとエルティア本人ではなく伝令が戻ってきたことで自体は悪く動いた。
「エルティアが戦死した?」
「はい!敵の攻撃に押されそのまま督戦していましたが……」
まずいな、今キサルピナ軍を抑えることができる将はいない。
相手が悪い。
決闘を申し込まれていなせるほどの人間がいない、決闘せずにキサルピ騎士長をいなせてなおかつ名声が落ちず、兵も動揺しない人物がいない。
「…………いや、逆だ。いらない」
「ハーン将軍?」
「5000を出せ、キサルピナ軍に逆落としをせよ!」
「将軍!正気ですか!その数では打ち破るどころか……」
「5000を順にキサルピナ相手に逆落とし出し続けろ!相手が立て直した直後にすぐに出せ!最後は我々が突撃する!」
「では各部隊の指揮官はどなたに」
「無用だ!指揮官無しで5000づつ突っ込ませろ!」
「それでは逃走するのでは!?」
「したければすればいい!その途端再度逆落としをする!巻き込まれず逃げられるならよかろうよ!各指揮官を本陣へ任せ、命令だけさせろ!私の軍を戻せ、臨時徴兵はすべて突っ込ませろ!」
「は……はっ!」
これしかあるまい、国家を守るために生かすのはただ一人!
指揮官不在に頭を悩ませるのであれば単純な行動を行わせればいい。
ただ丘を降りてぶつかって逃げ出せばいい。
「数少ない正式弓兵を前に備えさせろ!突撃前に逃げるものは射て!」
「そ、そんな……!それでは!」
「実際に射たんでも理解位はする!それでも逃げるならばだ!」
これで的中を突破をするなり一気に散開するなりしてもむこうは混乱するだろう。
私がされたら散開した兵がどうなるのかわからないから警戒を解けない。しかも各5000を毎回突っ込ませてるのだ。本当に散開してるか、どこかで合流してエリーゼ・ライヒベルク本人の本陣を狙うと思えば恐ろしいからな。
私だったら多少兵を割く、薄いマルバッハ方面を突かれると絶対に警戒する。
キサルピナ軍が少しでも割かれればそれだけ勝率は上がる。
敵右翼はブース軍を攻めているつまりここに隙間があるのだ。
「陛下に隙あらば前方に脱出をと伝令を」
「はっ!前方ですね!かしこまりました」
そうだ、後方で丘を登って下るには時間がかかる。回り込まれる可能性が高い。
ならばまっすぐあの隙間を縫ってそのままサミュエル街道を通り脱出すれば良い。
かといって最初から逃げやすい場所に布陣すればこの臨時徴兵の弱さで看破される。
この陣地であるからこそ兵が弱いことがバレずにいられるのだ。
だからこそエリーゼ・ライヒベルク自身が先頭に立って剣を振り回さないのだ。
これが平地であればその分軍が展開しやすくなるから真正面から突っ込んでくるか、真っ先に少数を率いて迂回しているだろう。
もしかしたらすでに迂回してるかも知れないから丘の山頂に陣も貼れず四方へ偵察を出して警戒し続けねばならないのだ。
王国軍か、迂回しているかも知れないエリーゼ・ライヒベルクか。
どちらも恐ろしいことだ、だが街道からの報告はない、そこの偵察の交代は一応ある。多少死につつもだ。
陛下の撤退はブースがどれだけ粘るかにかかっている。
だがこちらから送っても遠すぎるし、今から起こすことで少しは楽になるだろう。
頼むぞ、ブース。
ブース「ジリジリ押されている」




