ハーンとキサルピナの方針
こうなったか。
陛下はアルベマーに良いようにされているが、臨時徴兵ではこんなものだろうな。
戻ってきたエルティアにもう5000を預けてキサルピナ騎士長の抑えにするとしよう。
ブースはどうか?
ああ、すり減らされている。増援到着前に同じような数が減っていそうだな。
逃散していくし逃げる兵はわざわざ追わぬか。あの崩れ方は死んだふりもいるな、あれは……。
となるとブースは正規兵を出さざるを得ないだろうな。
問題はこちらに構えるキサルピナ騎士長だ。
万全でも厄介この上ないのにこちらにいるのは臨時徴兵という役立たず、数だけで見せねばならんハリボテ。
私であってもやれるものならやってみろと悠々と撤退をする。
相手が相手でなければ。
エリーゼ・ライヒベルクでは絶対に突っ込んで来る、崩れ方でバレれば一気に警戒を捨ててただただ殺すべしと突っ込んでくるだろう。
しかし、こんな弱兵であっても打撃を与えられ、おそらくバレぬであろう一撃がある。
逆落としだ。
ここから一気に駆け下り、キサルピナ騎士長相手に逆落としをすれば……。
訓練されぬ兵であっても訓練されていても丘陵で転べば味方に踏み殺され、ぶつかれば押し切れ、そして斬り殺されても立て直せなかったですむ。
おそらく誤魔化せたうえで打撃を与えられる。
ただし勝てない、この戦争は負けだ。
臨時徴兵は本来徴兵されるはずのない人間で構成される、学者・怪我人・商人・王都や大都市の一般市民・地方官僚……とにかく本来はありえない人間をかき集めたサクラにすぎん。
死ねば死ぬほど未来は閉ざされる。かといって陛下を見捨てて下がるのは論外。
エセルと言う名の国家の屋台骨が消えてしまえばどちらにせよどこかに食い尽くされるだけだ。
私が殿でも兵の弱さでバレる、他の誰がやってもこの大事な場面で私でないことと弱兵でバレる。
結局痛撃を食らわせて良くて相打ち、あるいは追撃を断念させる程度の打撃を与える他ない。
ブース将軍はうまくやってくれるだろうか?
現状我々が立っているのはエリーザ・ライヒベルクが舐めた戦いをしてくれたおかげで助かったんに過ぎん。
王国軍はこちらに向かっているだろうし、国境貴族領の接収に入っている、あるいは国境を超えたかもしれない。
この臨時徴兵を予定より早く動かして、報告を聞いて行軍速度を上げて間に合わせるのがやっとであった。
だからこそあの突撃でも疲弊している。
昨日の時点で撤退していれば後ろを突かれて終わりだったな。
王国軍が未だどこにいるかわからないということは我々の偵察が一部戻ってこないことを踏まえると周辺の網にかかって死んだ、あるいは王国軍の偵察兵に察知され消されたといったところ。
ただ全体数の少なさ、間違いなく王国軍自体の不在があるということはオーランデルク侵攻かロバツ侵攻のはずなのだ。
私の逆落としとエセル陛下の逆落とし、これがうまく行けば一時的に敵を下がらせることができる。
あのキサルピナを逆落としの余力で突破できるのであればエリーザ・ライヒベルク本陣に突撃できる、やはり勝てるかは怪しいがそこまですれば撤退の目は生まれる。
私の命より陛下を守ることが大事だ、陛下さえおられれば敗戦講話であっても少しはマシになるはずだ。
たとえ属国になったとしても……。
「アルベマー軍、エセルへ射撃開始、浮足立っております!いやぁ痛快!あれは素晴らしいですな!」
「そうか、前の国境の諍いでは族長はいなかったな、エリザベス様の率いるアルベマー弓兵は強いぞ?我々でも無策であれば今のエセルのようになろうよ。決闘で距離があったら喉か目に矢が刺さるぞ?」
本当に大した軍だ、本人の腕も良い。
我が主の頼もしい友だ。
「ほう、そこまで強いのですか」
「決闘の獲物は選べるからな、遠距離武器相手に決闘で近接の距離から始めようというのであれば気にしなくて良い」
「そこまで恥知らずじゃありませんよ大族長代行」
「なら決闘をしないことだな」
ハーンの陣地を睨みつつそう返すと伝令が来た気配がした。
「どうした?」
報告の前にそう声を変えるとアルベマー軍からエセルを攻撃する、ハーンに気をつけるようにということであった。
ふむ、たしかにこのままでは敵は一方的に削られるだけであろうな。
ハーン将軍の逆落としは流石にな、良くても一時的な後退をせざるをえない。
そうすればそのまま我が主を突くだろうな。
我が主も機能の戦闘で数を減らしているし相手はハーン、もしかしたらもしかするやもしれぬ。
「さてな、どうするべきか?」
「決死隊を組んで坂を上がりますか?」
「それをしたところで阻止できるわけではない。決死隊ではなく無駄死隊だな」
さて、逆落しの威力を削ぐには柵でも作るべきだが……。そんなことをし始めたら逆落としされるな。
その面ではエセルの逆落としはさほど脅威でもないな、自軍の柵が邪魔だろう。
まぁできないわけではないが……威力は削がれるな。
「よし、ハーン軍に相対する面は槍兵を集中させろ。弓兵は少し離せ、弓兵に向かうようならそれでも良い」
「どこまでギリギリまで射ち続けられるかですか?」
「そんなチキンレースはしなくて良い、敵が丘を下りきった瞬間散開して槍兵と騎兵を突っ込ませる。槍に来た場合はわかるな?」
「堂々とぶっ飛ばせば良いのでしょう?」
「そうだ、後退することになっても粘れ。最悪私が適当な人間医に決闘を申し込む。多分ハーンは受けんがいい、指揮官としての本分を果たす以上は攻めようもないし、罵られても痛くも痒くもないだろう」
ハーン「一発なら打撃をあたえられる、それ以降は無理」
キサルピナ「一発打撃を食らった後が恐ろしい」




