2日目の終わり
バルドレーの稼いだ時間はそう長くはなかった。
最初に切り合う際にキサルピナは一撃で籠手ごとバルドレーの手を切り落とし、突きで首の鎧の部分を貫いた。
わずか数秒、そして死してから決闘相手に向ける敬意での黙祷で1分。
それがバルドレーが親衛隊の幹部として稼いだ僅かな時間であった。
「やはり個人戦闘より指揮の方だったか。そんな人物が味方を逃がすためあえて決闘に出るか……。エセル王女はなかなかに慕われているな」
慕われているのは確かであるがキサルピナの基準がおかしいだけである。
基準が蛮族やエリーゼ・ライヒベルクなのでそう考えているがバルドレー自身は親衛隊の1指揮官としては優秀であり個人の武芸も極めて優秀であった。
ローズ・マルバッハが相手であれば数撃で勝っていたであろうし、アン・アレクサンダー相手ではおそらく何かが起こらねば勝っていたであろう。適当な族長であれば3人ほどは勝てたであろう。
ただマーガレット・バルカレスには負けたであろうし、クラウディア・レズリー相手でも正々堂々であれば勝てたが、盤外戦術を駆使してくれば負けたであろう。
もちろん、エリーゼ・ライヒベルク相手でも負けた。
彼の敗因はただ相手が悪かった。
「決闘は終わった、彼の決闘を受けた経緯も、彼が申し込んだ理由もまさに騎士の忠誠にふさわしい。これより我が軍は戦線に復帰するがこの勇者は手厚く弔え」
「「「「「はっ!」」」」」
聞き分けのいい仲間の声を聞きながら戦場に目を戻すと壊滅するように後退するブース軍、すでに降伏したクラーク軍、整然と撤退するエセル軍。そして決闘が始まる間に総撤退に移る親衛隊、及び分かたれたエセル軍が見える。
「決戦は明日か?」
「はい、おそらくは」
間に合ってよかったなと思うキサルピナは気になっていたことを聞いた。
「シュライヒャーは?」
「我々の後方にいたはずですが……」
「まぁ良い、彼には彼のやり方がある。独自性を発揮するのも我々の仕事だとも。サボタージュを含む利敵行為や寝返り、その他の問題行動を起こさなければ大抵は不問だからね。ここぞというときにいいところを持っていくだろう。……見給え、ハーン将軍の軍勢がエセルと合流して引いていく。我が主は追撃しないということは何か考えがあるのだろう、再編を急ぐとしようではないか。適度に追撃せよ」
公爵家で実質的な副司令官の地位にあるキサルピナは指令官であるエリーゼに確認を取りつつもエリーゼの軍が追撃しない理由とユグルタの失態を聞いて思わず笑ってしまっていた。
「まぁ、それなら仕方がない。ハーン軍は整然と撤退しているとはいえないがあの将軍を甘くみると痛い思いをする。そしてブース将軍は遠すぎる。さて……仕切り直しだな」
キサルピナは公爵軍とブランケット侯爵軍の入り混じった部隊を見て、なんとなく自分の母のような人がどのような作戦で戦ったかを察して再度苦笑した。
「ぶっちゃけ負けましたわね」
エリーの率直な発言に全員が唖然とする。
「いや、だってあれで葬る予定だったんですわよ?まさかハーンが別働隊は率いることは読めてもこちらに来る、しかも7万なんて軍勢を予見できる訳が無いでしょう?誰か予見できてた人はいて?」
答えは無情にも沈黙。当然誰も読めていない。
その上あれがハリボテの臨時徴兵だと誰もわかってはいない。なぜならひと当てして撤退する、その攻撃の威力がないのはエセル救出に神経を割いているから、そして急行軍であるから疲弊していると思われていた。
ハーンが弱兵を率いるわけがないという判断の元の読み間違い。
それはエセルが公爵旗と王太女旗を掲げたうえでエリーゼ・ライヒベルクがいないわけがないと読んだようなものである。
結局存在の知らぬ旗を見て公爵旗などが揃うのを見てあれこそが本当のエリーゼ・ライヒベルクの旗であったと認識して読み間違いを悔やんだものだが、そもそも存在をしらなかったため調査不足であると割り切った。
「さっと終わらせる予定でしたけどここまで来ると兵力に不安がありますわね。キサルピナは48000を維持していますし、ワタクシの公爵家は19000。ワタクシたちが主力として明日は戦い抜きましょう」
「結局エリー頼みでは申し訳ないが……。逆を考えれば王太女としての成果を見せたことになるな」
「逆でいえば俺達が無能な奸臣とも取れるな(小声)」
「ボクもブース将軍を打ち取れれば違ったのですが」
「しかし、ローズはツーセコの首を上げたではないか」
「偶然ですよ、せめてヴェルォムくらいは打ち取りたかったんです」
「それを言ったらブランケット侯爵軍はエリーゼ王太女殿下におんぶにだっこです」
「レズリーはそれなりっすね」
「よくよく多くを討ち取ったではないか」
「クラークはどっちがやったん?ベス?クラウ?」
「わからない……少なくとも功績はあるから……クラウでもいい」
「うーん、あんまり大きく功績を持つとレズリーが警戒されるっすね。マーグじゃないんすか?」
「わかんねーし……」
「ウチらはもうダメやな。防御だけにしてくれ」
「商会護衛兵は継戦能力がないに等しいからな」
それぞれの会話を聞きながらエリーゼ。ライヒベルクは軽く目を閉じながら指で簡易的な地図をコンコンと叩いた。
「どちらにせよ明日、明日ですわ。勝った後が大変ですわね。ロバツに逆侵攻する余裕がどこまであるか。ワタクシ達次第かしらね」
不死身のバルドレー「敵から付いたあだ名のせいで苦労することってあるもんだよ、無茶ばっかやらされたりな」
エセル「バルドレー、親衛隊の半数を率いて共和国軍を撃破せよ」
バルドレー「2倍差……!」




