ある2人の死
「国境貴族も寝返らせるが話がついていても抵抗するものは潰せ。囮部隊が王国主力を誘引する本当の主力にみせる。我々本体をギリギリまで公爵家を攻める別働隊主力だと思わせれば奴らも鈍るだろう。内部対立はひどいものだからな」
「公爵家をうまく使えない王国にも問題がありましょう。好機ですな」
「第1王子が生きていれば話は違っただろうがな」
あれはうまく制御するつもりか、公爵家と独立関係で話がついていたのだろう。
あやつが死ななければこちらもこのような乾坤一擲の大勝負に国の滅亡をかけてまで付き合う気もなかったのだがな。
王太子夫妻としてロバツに訪問する予定だったがそこで何らかの約定を結べればな……。
せめて父殺しは避けられたであろうに。
「軍以前に別働隊を動かせ、あの馬鹿者共を始末しろ。奴らは口が軽いしまとまりがない。いざという時にはまた寝返って公爵家にも伝えるのがでてくるだろう」
「ではただちに私兵部隊を動かしましょう。連絡を引き継げば少しは誤魔化せましょう」
「頼むぞ」
ジョンが王都に向かって数日。国境の山はいつもどおり何もなかった。
アドマイン・ポートは第2王子連絡役という仰々しい名前を持ちつつもその職務を全うできるとは誰にも思われず、山菜のスープに狩猟された猪の肉のステーキを朝食に出されながらもてはやしてやるから余計なことをするなと釘を差されていた。
最も理解できたかは怪しいのだが。
「私が王都に行くべきだと思ったのだがなぁ」
「平民になったジョンのほうが注目されないからと言ったはずですが?」
ダニエル・マルスンはなぜこのような馬鹿者を相手にせねばならぬのかと思いつつも爵位の差、建前上は王国の騎士でもない自分しかこの愚物を相手にできまいとしょうが無しに相手をしている。
短絡的で傲慢な阿呆とただの阿呆はそれなりに息はあってはいた。
ただし前者は心を折られ王都にいた頃よりはだいぶ丸くはなっていたのだがやはり人望はなかった。
名目上の指揮官すら許されず一部調整役という権限があるのかないのかもわからぬ役職で働き、第2王子の名の元働く彼はともすればジョンよりも低い位置にいるとも言える。
なにせ父はもういない、しかもスキャンダルで失脚間際にどう考えても誅殺されている。近衛騎士団長子息でもなければ不祥事で失脚して殺された元近衛騎士団長の子息というもっと嫌な肩書がついている。
せいぜいマルスン家騎士という嫡男にしょうがなく情けで与えるようななんちゃって騎士が大きい顔をできるはずもなく、正式な王国兵と比べると遥かに劣る地位でありながらなんとか生きているのはやはり本人が少し丸くなったのもあるだろう。
治らなければ背中から剣が生えていただろう。
そもそも、前任の前任の前任指揮官のそれを目撃したからこそ丸くなったとも言える。また同僚でも真っ先に逃げた男が敗退後に殺害され、真っ先に逃げたので行方不明と報告される横で鎧や剣などを商人に横流しし口封じせねばなと酒と料理を奢られる光景が1年足らずで20以上もあれば誰だって流れに飲まれるというものである。
なにせ国境線沿いでは戦争があってもなかったことにされるのは日常茶飯事であったから。
例えば今日のように。
「おい!ダニエル!囲まれてるぞ!」
「は?」
「ダニエル卿?何があったのです?」
「わかりません、ポート子息。とにかく……」
情報を仕入れなければならない、失礼と席を経とうとした瞬間もう一人の同僚が叫びながら入ってきた。
「エヨル隊長が殺害された!副隊長は撤退を命じた!直ちに……」
「……は?」
何があった?撤退を命じた?どこへ?
「ロバツが攻めてきた!」
「待て、なぜロバツが?」
「おかしい!そもそも……」
「ポート子息!」
「あ、いやすまない」
このような場所で密約を漏らすようなやつで本当に大丈夫か?
おそらくロバツ国境兵の略奪で選ばれたのだろう。とりあえず追い返したうえで再度ここの安全を……。
「敵は200名と思われます!」
200……その規模でこのようなところに来てもなにもないというのにか?
「ハーン将軍の旗が見えます」
「ハーン?ロバツの将軍の?」
「ああ、ポート子息……。できるなら自害の準備を」
「えっ?」
「我々はハメられました。口封じですよ。身柄を押さえられると生きてるのも嫌な目に合わされますよ」
「えっ、いや……え?私は伯爵子息だし……まさか……」
「忠告はいたしましたよ」
一縷の望みをかけて詰め所に向かうとするものの、すでにそこは攻撃を受けていた。
「逃がすな、逃さなければ殺しても良い!できるなら3人のうち誰か捕虜にできればいい、後は殺しても構わんぞ!やれ!最悪全員殺してもいい!とにかく逃さなければそれでいい!捕虜は出来たらで構わんからな!」
どうやら我々の口封じは間違いないな。
残念だがジョンは脱出済みだ。もちろん知ったうえではあるまいが。
さて、ジョンが王都に向かった話を聞けば追撃をするだろう。追いつかれる可能性は高いな。もしくは別働隊がジョンをもう捉えたか……。
ここで功績を上げマルスン家を復興させる予定だったが多勢に無勢。
捕虜になっても誰も身代金を払うまい。婚約の破棄もほぼ確定的だ、すべての名誉が地に落ちる、戦死したほうがマシだが……地位的にもポート子息のほうが優先されよう。
ロバツの軍が網を投げて動きが鈍った兵を殺しているのを見ると確実性を取っているな。
あれで殺されたら元近衛騎士団長子息は網で囚われ活躍もなく死んだとなるのか、それは嫌だな。
「ダニエル!どうする!どちらへ抜け出す!」
「西へ行くといい。俺は南に行く。一丸となると追跡されるから二手に別れようじゃないか。同時に行くと対処される。先に行くかあとに行くかは任せる。俺は選ばなかったほうで行く」
「……よし、今から西に抜ける」
「俺も西から抜ける側に行くぜ」
「俺もだ!」
詰め所の戦力が集中してるからそうなるな。
ここで西に動けば南に抜けるのは難しくなるだろう。お前たちはそういうやつだよ。
予想通り南は俺だけか。
「まったく……短い夢だったな」
愛用の短剣で喉を突く際に最後に出た言葉は誰にも届かなかった。
サミュエル王国国境山岳地帯駐屯地は奇襲により直前に王都へ向かったジョンを残して全員が戦死。
ダニエル・マルスンは『交戦』のち自害
アドマイン・ポート伯爵子息は敵兵の前で食事を終えるまで待つよう伝えた後で食事後斬り殺された。
ロバツに伝えられた報告書に彼らの人となりが違うと口を挟まれたものの死後の名誉くらいは守ってやるといいというエセル女王の一言でそう公文書に記された。
ロバツ兵士「こいつはなぜ食事用のナイフで喉をつこうと?かかってくるかと思って思わず斬り殺しましたが」
指揮官「しらんがただの阿呆だろう」
指揮官「こいつがポート伯爵子息かよ……」




