宰相の憂鬱
「今回の公爵家を追い落とす計画には関わっていないと?」
「うむ、何度言われようと無関係だ」
「しかし公爵家に対して不利な行動をよく起こしていらっしゃる?違いますかな?」
「……政敵だからな」
「公爵家の内情を暴露したあとに国益を盾にしてですかな?検察側の我々にもわかりやすく、国益を教えてほしいものですな」
「それは国益に反する、それにグリンド事件に関しては終わった話ではないか」
「宰相の家から押収した資料にグリンド事件の対策で公爵の王家への失言の言質を取り影響力を削ぐとありましたが?」
「それは事件を利用したまでのこと、元グリンド子息に関しては私が指示したわけではないしそのような行動を支持したこともない」
「しかし王国警察長官は貴方の子飼いですよね?もみ消すことも可能なのでは?」
「それなら検察は警察を調べるべきだろう、然るべき人物もいるしな」
何度同じことを聞かれただろうか、私の精神は疲弊し永遠の眠りにすらつきたくなる。宰相であっても最低限程度の敬意を払われるものなのだが……あの小娘が手を回したのかそれとも親父の内務大臣のほうか。
最悪なのは検察側がルーデンドルフ侯爵ということだ、正確には捜査指揮だな。警察長官退任後にこうもあっさり寝返ってるとは思わなかった。
心持ちだけは同じだと信じていたんだがな……。王子の教育係を辞めて栄転させるわけにはいかないことぐらいは理解してると思ったんだが。だからこそ多少は子飼いを残してやったというのに……。
「全く往生際が悪い、ワインが必要なら届けさせるが?」
小奴らはどちらの側なのだろうな?ルーデンドルフか、公爵か、王家か。
迂遠な言い方で毒杯を薦めてくるがここで屈するわけにはいかん。あの女は王国を滅ぼす、間違いなくそうする。
エリーゼ・ライヒベルク、やつは淡々と準備を進め時を待っている。
蛮族と共に王家を滅ぼすつもりに違いない。もしくは蛮族と同盟して一気にくるか。昔から恐ろしい子供だった、キャスはアイツと仲良くなり情報を持ってきたがそのうち何も言わなくなった。
友情か、それともパイプ役で重要なことは伝えてないのか……。
娘を買ってはいると思う、基本的に茶会のまとめ役をやっているようだしな。
あの女を抑え込める唯一の存在は今はもういない。
だからこそ……だからこそ私が王家を守らなければならない。
「超法規的措置、これは貴方がノーマンに吹き込んだこと違いますかな?」
「違います、ノーマンが知っていたのでは?」
「まともに説明できなかったのに?あれは他所から聞いた話をそのまま伝えている九官鳥に過ぎない。伝えたのはあなた、違いますか?」
「違います」
「では国王陛下が彼に命令したと?」
まさか、あの程度の男が王城には上がれまい。第2王子が吹き込んだのだろうさ。
が、認めるわけには行かない。
たとえ阿呆だったとしても次代にさえ繋げれば希望はある!ルーデンドルフ侯爵は出来なかったが私は最後まで……!
「ありえませんな、謁見は記録に取られている。まさか近衛騎士が素通りさせたとでも?」
「でしょうな、では第2王子殿下ですかな」
「何度も言わせないでいただきたい、殿下にはそのようなことをする理由もありません。それでは殿下が超法規的措置を理解してないようではないですか」
「なるほど、潔白と。ではやはり貴方が超法規的措置を匂わせたのではないのですかな?」
「まさか、私はここ数ヶ月間は学生になぞ会ってませんよ、せいぜい娘くらいで」
これに関しては無罪も無罪だ、どこをどうやっても証拠なぞないさ。捏造するくらいだろう、流石にそれに騙されるほどウチの派閥も弱体化はしておるまい。
「ノーマンが超法規的措置を言葉にした現場にいた人物がいる」
「またそれですか、ゲルラッハ伯爵令嬢でしょう?将来は父の跡を継げるでしょうね」
「いいや、超法規的措置を行使した場の話だ」
「…………」
「その場にいた人間の名前を裁判でノーマンが白状してな、さて……どうするべきだろうな?」
あの馬鹿……!いや、待て……流石にそこまで愚かではないはずだ。第2王子の名前を最初に出す訳が無い。
おそらくは司法大臣執務室にいた官僚の名前だ。モンタギューの側近たちだ。
「さて、では呼ばれた人間に聞けばよろしいかと」
「…………」
ふん、やはり第2王子殿下ではないか。若造め、いくら疲弊してても他に仕事がないのだ、休めた分は前より頭が回るくらいだわ!
「おやおや、聞いていないのですかな?それとも彼の証言は聞くに値しないと?今も仕事をしているのでしょう?」
「……これはこれは、ずいぶんと面白い展開になってきましたね」
「何?」
「呼ばれた人間たちは死にましたよ、ほとんどがその日のうちにね」
「なんだと?」
消された?まさか……全員か?たちということは……間違いないか。
自裁かもしれんが……。
「全て急死でしてね、遺族の方々が大層騒いだらしいですよ、どこが急死なのかと」
ずいぶんと雑な仕事をする。だが彼らのお陰で王国は守られる。いつかはひっそりだがと報いねばならないな。
「それは、そういうこともあるでしょうね」
「ええ、司法省大臣執務室勤務の20人が全員急死することくらいはよくあることですね、当日休みだったり現場にいなかったものを含めてね」
「……それは……全員か?」
「ええ、全員です。抗議する遺族もいましたがね。行方不明だそうですよ。その中のひとりに大臣補佐官の老いた母親がいましてね、唯一の家族である息子が殺されたから捜査してくれと毎日頼みに行ってたんですが……どこへいったのやら。第2王子殿下はその男爵家を取り潰すよう王宮の部屋から指示したそうですが……今がこれですからね、どうなるでしょうね」
見せしめどころか全滅ではないか……その挙げ句この始末、誰が指示しているんだ!
よほどのバカでないとこんな判断はしないぞ!
「……私がしたと?」
「まさか、ここからそんなことをしているのでしたらお手上げですね」
「そうでしょうな、そんな雑な仕事をすると思われているのなら困りますよ」
「グリンド事件は大層雑でしたが」
ま、そうだろうな。それには反論できんよ。
「それで、当のノーマンは?なんと」
「さてね、それ以降は口をふさがれて出廷してたので」
「……」
なんという悪手だ、好き勝手喋らせて妄想のたぐいと切り捨てるなりすればいいだけではないか。それこそ第2王子殿下の言葉を勘違いしたで押し通せばよった、今回は現場にいなかったのだから。いくらでもやりようはあったのに……!
「それで?ノーマンは今どうしてるんだ?私がやったとでも言ってるのか?」
「いや、先日処刑されました」
「……それは初耳だ」
「漏れていたら担当者を罰する必要があるんで助かりますよ」
思ったよりも早いな……。口が軽すぎたか。
では私は何故まだ拘束されているのだ?
「それと、汚職官僚が吹き飛んだらしいですよ」
なるほど、いない間に私の側近たちが消えたか。つまり誰も助けに来ないということか。
「汚職官僚ですか、いないに越したことはありませんね」
「そいつ等が宰相の命令だと言ってましてね」
「さて、そんなせせこましい命令を出した覚えはありませんねぇ?押収した資料にでもありましたか?」
「いいえ、責任転嫁がひどいから死刑にされたましたよ、聞く価値なしと内務大臣も判断しましたので」
さもありなんと言ったところだな。そこで一緒に乗らないあたり公爵も真面目だな。
さて、手足をもがれた私はどうなるんだろうな?お飾り宰相か、あの小娘が国を滅ぼすときに全てを押し付けられるか。
それても娘との関係で命だけは救われるか。
「なにせ第2王子殿下がそれに立ち会ったくらいで」
「処刑の立会くらいするだろう、公務の内だ」
「いや、何でしょうね……超法規的措置の裁判で処刑される人間の裁判にも処刑にも立ち会わず、しかも猿ぐつわしたまま密室での死刑。方やケチな横領犯で平民から財産を奪おうと計画を立ててただけで死刑。変だと思いませんか?」
また悪手だ、猿ぐつわをしたまま処刑する風聞を気にしたのだろうが、密室の処刑はない、完全に怪しまれる。王家が問題を隠蔽したと思われるだろう。
そのうえ国家に係る犯罪に立ち会ってないのがまずい。
「なんでもその横領犯、本来死刑ではなかったそうでしてね」
「……横領にも限度があるでしょう?越えたのでは」
「それが全く、他の人間と比べたらかわいいもんですよ。借りた金を返さず恨まれてるのはありますがね。裁判開廷前に第2王子が彼を死刑にするように演説を打ったんですよ」
何故そんなことを……?まさか……ノーマンとすり替えた?
第2王子殿下がやったとは思えない計画だ、見事だな。まだまともに頭が働くやつが周りいるとは。
「結果的に死刑になりましてね、死刑台で仁王立ちして待ってましてね。当時ここに来る際に見ましたよ」
「…………それで?」
「腹裂きの刑の後で斬首、梟首されたんですよ、まだ広場にありますよ」
「横領犯だったはずでは?国家反逆で王族を誰か殺したかのような……」
「ええ、貴方の側近でもありませんね。不思議でしょう?片や国家的事件で密室処刑、片や横領犯相手に第2王子が演説を打ち公開処刑。その上の刑場の上で仁王立ちして待ってるし刑を見届けてもいる。同じ日にですよ」
なんという……下手を打ったのだ……!間違いなくこれで王族が超法規的措置を行使して公爵家を追い詰めようとしたことが既定路線になってしまう!
間違いなく生存したノーマンの存在はバレている、せめて斬首後に跳ねた刃があたったと似てる人間の顔に多き傷をつけてごまかすとかやりようがあっただろうに!もしノーマンが発見されたらその時が本当の終わりだ!真っ先に探し出して殺さなくては……!
「王都は大騒ぎですよ、ノーマンは生きているって」
「処刑されたのでしょう?」
「民衆は誰も見ていませんからね、刑場係官が火葬にしたとだけ、その前に引取も拒否されましたからね」
なぜ司法大臣は引き取らなかったのだ!
いや、息子を切り捨てられたようなものか……ここで引き取れば司法大臣も関わっていたと認めるようなもの……。
王家の求心力がまた一つ落ちた。
「ああ、忘れてました。司法大臣はノーマンを訴えました」
「なんだと?」
「拘束されすぐに司法大臣として不法侵入者である息子を告訴しました」
「そ、それは」
「彼を庇う意味も人物もいないということです、遺体も引き取る必要がない。便宜上聞かれただけです」
では、本当にただノーマンは処刑された……?いや、親心で突き放しただけかもしれない。内々で話がついている可能性がある。公爵なら司法大臣は引き込むはずだ、彼の力量は……。
「もっともノーマンが死体であることは確認されています、我々がね」
「では……普通に処刑されたのか?」
「ええあっさり、首を切って終わりです。実際は遺体を司法大臣が確認していましたからね、引き取らなかっただけで」
ならば、恨みがあれば公爵家に……彼は中立で揺らぐことはない。職務に関しては向こうの派閥になったとしても……!
「その処刑後に第2王子が急死した面子の遺族を取り潰すようにいいましてね、司法大臣が抗議してましたよ。私も見ていたのですがひどいものでしたよ、謹慎されているからと部屋に呼びつけ遺族の前で貴様らのせいで危険だったとべらべらと喋っていましたからね、もちろん司法大臣にもお前の息子のせいで、俺様の名前を裁判で出しやがってと罵ってましたよ」
「流石に嘘でしょう?そもそもノーマンは裁判で名前を出したのですか!?」
いいながら嘘ではないと持っている自分がいる、短い期間だが教育係をやってそういうであろうということが。
どうしようもなく。
真実であると。
理解した。
「司法大臣は遺族を庇いましてね、大臣として業務を回す人材が一人もいないから辞めざるを得ないと」
嘘だ。
「第2王子はそのような業務よりも王太子である私の名誉と身が大事だと」
止めてくれ!
「司法大臣に伝え、勝手に辞めろと」
終わりだ、司法より自分を優先させることを公言する国ではもう貴族も平民の支持も得られない。
一部の新聞社は大きく報道するだろう……。
王太子でもないのに公言したことも痛い、よりによって第1王子が改革の一環によって許可した新聞社が原動力となるだろう。
しかも司法省を回していた人間とその遺族の前で発言したことは国王派どころか中立派にも致命的だ。ノーマンが裁判で第2王子の名前を出していたことも、そのことで激怒してこの言いようでは口封じだと確信を持っただろう。
何より悔しいのが小娘の策略ではないことだ、顔合わせ以降はどちらも互いを遠ざけており第2王子殿下の周りに息がかかったやつは一人としていない。
遠い関係ならいるが絶対に近寄らなかった、その上少し様子を見て離れた。
だから王家を滅ぼすと思ったのだ。
本当に王家滅ぼすのは王家から出た人間だった……。
フリードリヒ殿下がいてくれたら、ブランケット侯爵令嬢がいてくれたら……。
第2王子殿下の教育をすると言った際に王太子になるまでは地盤が危険になるから不要だと言わなければ。
もう少し早く警戒せずブランケット侯爵令嬢と親睦を深めていれば。
王太子の儀に安全だといい切らず調査させておけば……。
フリードリヒ王太子とアーデルハイド王太子妃になっていただけたら。
私と公爵の……小娘の……エリーゼ嬢との和解も叶ったのかもしれないのに……。
そうすればこの国は……さらなる繁栄を……私よりも……与えられたかもしれないのに……。
あの小娘を宰相に就ければ、押し込めれば……。
この末期の国家を立て直せたのに……。
「司法大臣……イアンは、辞任したのか?」
乾く喉を押さえかろうじて聞く、これなら毒杯を呷っておくべきだった。
「先ほど最後の職務を果たされました、この事件に関して遺族は無罪。取り潰しに当たらず、行方不明者の捜索は続けるが取り潰さず縁者に後を継がせる」
これ以上のしようがないが最低限でもない、致し方ない。
「現在拘束、軟禁されているものは無罪が確定しているものは直ちに釈放される、その間の損害は判例上、王家が負担する」
それも致し方がない。無罪なのだからな……。
「責任を取り司法大臣職を辞任する」
終わったな、疑惑の処刑に厳格なる司法大臣の辞職、息子が関わってたとしても国民は彼の司法大臣留任は支持しただろう。
最後の一押しは第2王子殿下だ。
おそらく遺族の口は軽くなり第2王子の部屋であったことを話すだろう。なにせ最後の仕事だからな。
「私の無罪はいつかな?」
「たった今証明されましたよ」
「どういうことだ?」
「それらを知らなかったってことですね」
「そうか」
第2王子殿下か司法大臣辞職か、どっちだろうな。
何にせよ、イアンには謝罪とお礼にいかねば……まだ王都にいるのだろうか?
「イアンは今何処にいる?」
「教会、さっき会ってきたんですよ」
教会?我が国での宗教勢力は弱小のはず……?一体何が目的で?
「先程の遺言を残し自裁なさった、私的な遺言状では金銭的な遺産は今回”殺された”遺族に、それ以外はスペンサー男爵令嬢に」
「…………」
なんということだ……。たしかにこれでは第2王子殿下は遺族を取り潰せない、潰せば必ずこの話が漏れる。
司法大臣の遺産と取り潰した家の金目当てだと、司法大臣は自裁ではなく王家の謀殺だと。第2王子ではなく王家にまで不信感が……。
ここまでしても潰してきたら貴族ですら完全に見放す。平民は言わずもがな……。
「本当に自裁だったのか?」
我ながら愚かなことを聞く、それでも縋りたかったのかもしれない、謀殺であってくれと、厳格なイアンですらこの国を捨てたと信じたくなかったのかもしれない。
自らの命を捨てなければ側近の家族も守れないような国だと思っていたんだと。
自らの命を持って王家の不信感を煽ったのではないと……。
「ええ、我々の前で毒杯を飲みましたよ」
「我々?まさか……」
貴様らが殺したのか?と言いかけた声は彼の返しであっさりと飲み込まれた。
「ええ、我々司法大臣執務室勤務の遺族の前でね」
「…………っ!」
ああ、そうか……。
ノーマンの死体を「我々が」確認したというのは……。
王子の部屋での出来事を私も見ていたというのは……。
職務としてではなく……。
「息子は帰宅中に首を刎ねられていましたよ、裁判でノーマン側での証言を拒んだんですけどね、変わった病死だと思いませんか?首が刎ねられて体中がズタズタに切られる病気なんて」
遺族としてだったんだ……。
自分の墓穴を自信満々に掘らせる第2王子「もっと深く!」
自分も落ちることを知らない国王「よーし!公爵落とすぞー!」
そっと下がっていく宰相「……」




