エセル・ロバツ
「よろしいのですね?」
「ああ、やる。これ以上遅くなれば連中が万全となる。今年中に事を起こさねば我々は負ける。行動開始!」
指揮する王女親衛隊とともに王宮へなだれ込み、会議室へ突入する。
上座に座る父は困惑に満ちあふれているようだった。だからダメなのだ。
「エセル!な、何事か!」
「国王陛下、これ以上の抵抗は無意味です。退位なされませ。……もはやサミュエル王国は下らぬ策謀で勝てる相手ではありません」
「何をいうか!エセル!あの王国は第1王子の死後は斜陽だ!公爵家も独立するからこそ……」
「それが甘いというのです。あの公爵令嬢は必ず王位を簒奪する……。蛮族をどうにかする!これが最後の機会です。逃せば後はロバツは飲み込まれましょう。いまここで……」
「おやおや、エセル王女は戦略というものをご存じない。私は先の戦争でサミュエル王国軍を……」
私の言葉を遮ったのはキーティン軍務大臣だった
「斬れ」
命じれば一刀のもとにキーティン軍務大臣はキーティンだったものに変わった。
この愚物が過信と慢心をせねば王太子死亡と同時期に侵攻できたものを……。デルスクを挑発し敗退して私に処理させるとはな。
過去の栄光を誇りそれを支えにこの地位にいる男だ、惜しくもない。
せめて公爵家相手に勝っていれば考えたがな。
「国王陛下、いえ……父上。退位をなさるかご逝去なさるかお選びいただきたい」
「王は……王は命を惜しむものではない。サミュエル王国がごとき臆病者と一緒にするな!それが正しいと信じるのであれば余の屍を超えてゆけ!」
先の戦争で命をかけただけはある。だがキーティンのような愚物を重用するからこうも追い詰められた。
サミュエル王国の王太子が生きていれば問題はなかったかも知れないが、王太子妃含めて死んだ。この公爵令嬢の枷は消えた。
1年であの公爵家が大きくなるのが外からでもわかったのに独立するであろうから手を結べると甘い判断をし続けおって。
あれがそんなタマか?ロバツを撃破後にロバツを征服するか、そのままサミュエル王国の王都を落としてロバツと密約を交わして公爵家を滅ぼそうとしていたから自家防衛のためぐらいは喧伝するだろう。
父は老いた。公爵家とさえ戦わなければどこでも勝てると錯覚した。
キーティンの敗北すら私に箔を持たせるためのものだと思っているくらいだ、馬鹿をいえこの愚物にそんな謙虚さがあるものか。
退位すればよかったのに、ここで私に父殺しをさせる判断も自分に酔っているな。老いては麒麟も駑馬に劣るか。
「私が……」
「良い、簒奪するにしても手は自分で汚すものだ」
部下に殺させたなど……臆病者とそしられるわ。
「こんなことが認められると思うか?」
「独断でやったとお思いで?」
「…………」
「そもそもキーティン以外は黙っているのを見て何も思いませんか?」
「……文官であればそのように緊張することもあろう」
「国家の舵取りをする人間が武装集団に剣を向けられた程度で怯えるわけがありますまい。スカケルを宰相職につけます。この意味がおわかりで?」
「……なるほどな、文官もすでに引き入れていたか。……ゴットワルトは?」
「さぁ?役立たずのヘボ詩人が何の役に立ちます?」
「お前の目から見てもやはり役立たずか……」
「それこそサミュエル王国を見ればおわかりでしょう?あちらの一番の問題はスペアで役立たずだったことですがね。こちらは3番目、期待されない分ゆるくもなりましょう」
「お前たちが失敗したらゴットワルトが継ぐのだぞ?」
「失敗したら?そもそも滅びますよ。噂に聞こえる馬鹿王子に疲弊した公爵令嬢が隣のバカ王子を許すと思うのは……」
「全土併合すれば北方に兵を貼り付ける羽目になるぞ?奴らにそこまでの余力があるのか?」
「公爵家が治めるでしょう。おそらく公爵領北方はある程度征服済みでしょう。…………そもそも負けた後はどちらにせよ滅亡でしょう。このまま行けば王太子はバカ王子ではなく王太女が生まれるでしょう」
「正当な後継者がいるのにか?」
「別に生きてられるわけではないでしょう?王ですら殺す家が馬鹿王子を活かす理由なぞ信を失わせる以外にないでしょう」
だからこそ不判定な時期にやり切るしかない。
サミュエル王国にある王太子選定会議の日程がすぎる頃に侵攻情報があるように……。
東部貴族も寝返らせ、協力するサミュエル貴族にとにかく足を引っ張らせる。
サミュエル王国王都を落とし一気に仕留めて公爵家に介入させない。
公爵家を足止めするだけ、撃破しなくてもいい、ただひたすら逃げてもいい。とにかく王都を叩く。
こちらの王都はがら空きにしてでも全てを動員して叩く。
デルスクとの講話で寛容な条件にした理由はこちらを攻撃しないためだ。もっともしても構わない。公爵令嬢さえ封じればそれでいい、あれこそがロバツの敵。
サミュエル王国と講和を結んでエリーゼ・ライヒベルクに、ライヒベルク公爵家の王位相続を永久に阻止するを飲ませるだけで連中は分裂する。
今ですら納税拒否する公爵家がお飾りいかになるのであれば見限る。
その時こそライヒベルクの独立を支持して同盟国にならねばならない。
黙って転がり込んでくるであろうサミュエル王国の王位を手にしたら同盟国にはれないのだ。
だがもし、もしも公爵家に勝てればまだ可能性はあるが……。
いや、役場ってはいけない、確実に勝てる道を進まねば……。
「それでは国王陛下。さようなら」
剣を振り切り父を切り捨てたが特に感じるものはなかった。
前に進まなければ活路はないのだ。
血に塗れた王冠を自ら被る。
これから流れる血に比べれば大したことはあるまい。
「余が新国王エセル・ロバツである。これよりサミュエル王国侵攻作戦を開始する。各大臣は予定通りに遂行せよ。軍務大臣は余が兼務する。そして第2王女スカケルを空席の宰相職につける。以後励めよスカケル」
「はいお姉様」
親衛隊の中から出てきた妹は何よりも頼もしく思えた。
ゴットワルト「なんか馬鹿にされた気がするな」




