王太子選定会議前哨戦
狼狽する国王に対しても宰相は引かずに話し続けた。
「こちらはドゥエイン・ブランケット侯爵子息の委任状です。外務大臣の権限をライヒベルク内務大臣が、ブランケット侯爵家の一部権限は後見人のエリーゼ・ライヒベルク大公女殿下が所持しておられます。ですがごく一部はドゥエイン・ブランケット侯爵子息が依然所持しております。周辺の盗賊狩りの必要があるため出兵の届け出がございました。その際にもしものことを考えてと宰相付に提出されたものがこちらです『ブランケット侯爵家はエリーゼ・ライヒベルク大公女殿下を全面的に支持する』副署名はマチアス・ブランケット侯爵、外務大臣閣下です。こちらでは当主の署名を副署名にしておりますので事実上ブランケット侯爵家自身がこれを認めたと取れます。よって委任状と合わせてブランケット侯爵家がエリーゼ・ライヒベルク大公女殿下を支持することにに変わりはありません。司法大臣?」
「通る理屈です宰相閣下。前例を上げても通るでしょう」
追撃をしようとする宰相に対し国王は抵抗を続けた。
もはや建前すらかなぐり捨てて介入する姿は惨めとしか言いようがなかった。
「子供ではないか!ブランケット侯爵子息まだ10歳だぞ!」
「何か問題でも?」
「貴族学院にも入学していないものの判断が信用できるものか!」
「フリードリヒ前王太子殿下はその年令から働いていましたが?それは殿下の裁可を受け入れた我々に対する批判ですか?」
「フリードリヒは違う!第1王子だぞ!」
「ブランケット侯爵子息もブランケット侯爵継承第1位です。王太子妃殿下がお亡くなりになられましたので」
「重みが違う!」
「はて?理解し難いですな。問題は判断ができるかどうかであって重みは関係がないと思いますが?侯爵子息として賊討伐のため戦場に立つ覚悟もお持ちですが?フリードリヒ殿下は戦場経験がありませんでした。少なくともブランケット侯爵子息は賊を討伐するという判断ができ、こうしてもしもの時を考え委任状を作る判断力はありますね。賊を討伐した後なら無意味ではありますが重みも持つでしょう」
聞いている内務大臣は本当なら俺が言うことではあるまいか?と考えるものの典礼大臣の不気味な笑みに、目を閉じレズリー大臣が沈黙するのを眺めて判断を悩ませ続けていた。
「では、では次回に!持ち越せばよかろう!」
「いえ、そろそろ決めねばなりません。王太子不在と一度その地位についた人間が消えた状況はよろしくありません。陛下もおっしゃられていたではないですか」
「それは……!」
「公爵家も王家の血を引くもの、もとは国家の圧政に対してともに立ち上がった一族ではないですか。今や唯一の建国時から続く公爵家。ライヒベルク公爵家は建国初期にあった最古の家の一つでしょう?血筋であればなんの問題もありません」
国王は怒りで頭に血が上ったのか玉座から立ち上がった。
元はただの農民であることは歴史ある家であれば周知の事実。もしかしたら大昔に降伏し、恭順し、領土を安堵された適当な男爵家のほうが貴族としての歴史は王家より長い可能性すらある。
各国の王族の血も入れて農民であった過去を消してきたであろう王家には許せない一言であった。
しかし、それは公爵家も同じ。
王家が公爵家を排し始めた頃から王国の盾として蛮族の壁となり、他国の有力貴族と縁をつなぎ、そして……。
「それにエリーゼ・ライヒベルク大公女殿下は帝国皇女の血を引いております。帝国の継承権もあるでしょう。これは国家外交にとってもっとも有利な選択です。帝国はオーランデルク『ごとき』国家と違い血筋を元にして一方的に帝国に有利になるような介入はいたしますまい。帝国は交渉という概念を知っておられますから。それに……きたる事変において帝国との関係は必須でしょう?」
もっとも現国王が触れられたくないものの一つが帝国皇女アリア・ガルシアとの婚約が成らなかったことである。
グリゼルダ・ライエンとの関係、帝国の後ろ盾を得なければならないというのに彼女を愛人として派閥調整の建前で婚約を望んだが結果はアリア自身がウィリアム・サミュエルを見るべきところがなき小物と断じたこと、宮廷道化師とは言え愚かなる愚者の多大な無礼、そしてグリゼルダを愛人にする予定だったことを嗅ぎ付けられたことですべてがご破算となった。
そして当のアリアが当てつけのように対立する公爵家と婚姻を結んだこと、そしてその後に襲いかかった事実が、国王の心の奥底に蓋をしている事実が彼を完全に狂わせた。
自分に似ていない優秀な第1王子が生きていた頃はまだ抑えられた、たとえそれが無能にしか見えぬ暴走であっても帳尻を合わせる息子がいて奇跡を願う自分がいて、父の血は繋がるという精一杯の王族としての責務が彼をかろうじて玉座に縛り付けていた。
それは壊れた。
残ったのは若い頃の自分にそっくりと言われる愚か者の息子であり、自分の血が確実につながっているかも知れない息子を王位につけることができるかもという僅かな希望であった。
たとえ愚かでもなんとかなるであろうという期待は、あるいは王太子夫妻が教育したときに真実に気がついて壊れるか折れるか、いっそ冷静になったのかも知れない。
だが彼は若い頃の自分のままで、愚かで、人望もなく、父以外誰も愛さなかった。
そして、どこぞの平民にあってから癇癪を起こして事件を起こし続ける傍らでうっすらとした疑念が彼を襲っていた。
それはおそらく気の所為であったが兄のこともありやはり彼は信頼ができくなっていた。
愚かさこそが自分の子供である証拠であると。
だからこそ、帝国と縁を結んでおけばこんなことにはならなかったという後悔が、グリゼルダが愛人になっていれば血筋を守るためと自分ではなく帝国皇女が処置しただろうし、自分の子供は間違いなく自分の子であっただろうという安心感を持てたのにと他力本願で壊れつつある心が悲鳴を上げていた。
ハーレムエンド後
フリードリヒ「父上?さぁ?」
アーデルハイド「一室に引きこもってますわね」




