死人に口なしというわけですわね
「ほう、隠された部屋ですか?私も知らない隠された部屋があるとは思いませんでしたね?いやはや……不思議ですねぇ」
意外とあるといえばあるんですけどね。
まぁバンサ伯爵家でそれすらもわからないってことはあまりないとは思いますけど。
「絵画お持ちになります?そちらが費用を持ってくだされば王宮まで運び込みますわよ?それとも安価にご覧になります?ワタクシとしては王宮に持ってこさせるのもまた一興ですけども。ジキル・リッパー子息がどれだけ髪を変え変装しようと面影を感じることはできるでしょう。もしくは誰かに似ていると思うでしょうね。なにせ去年は今燃え尽きた方々の唯一の希望であったくらいです。この1年で結構消えたかもしれませんね、命の火ごと」
「…………」
さて隠された部屋を知っていたか知らないか。老獪な彼との会話を考えれば知らなかった可能性のほうが高いですけども……。妻と子供の思い出などを含めて置いておいた可能性もわずかながらありますわね。
遺留物を見てもリッパー男爵が手を入れたのではないとは思いますけど……。
情というものは時に不利益で不見識で想像しがたい判断をしてしまうもの。妻への愛情を考えればないとも言い切れない。
息子のことも伏せたいのであればなおさら……リッパー男爵家には残してはいなさそうですし、あっても表に出るとしたらそれこそこの話が大々的に報じられて調査されるか。
リッパー男爵家にあの肖像を移動させてないのは間違いなく知らない、もしくはすることが心情的にできないのどっちかですわ。最悪叩き壊して暖炉にくべるなり処分してもいいわけですからね。
ワタクシはいまだに知らない可能性のほうが極めて高いことを想定してますがね。
「そっくりというほどではないですが、知っている人間が見ればおや?と思うくらいではありますわね」
「先ほどエリーゼ嬢が言ったようにバンサ伯爵家の血は入っていますからね、婿になった叔父も、ジョージ殿下の祖母になった姉もですが。若い頃の私の肖像があったら似ていたでしょうね」
まぁ、そう来るとは思いましたけど。
「なら堂々となさればよろしいのでは?」
「ですので堂々とこの地位についておりますとも」
「なぜあそこまで肖像がないんですの?」
「ジョージ殿下の疑惑は不名誉ですからね、無実だったとは言え疑念を招く髪色ですので伏せていたのですよ」
認める側に回りましたわね。ジョージ殿下を盾にして。
「あら?当主が変わっても?当代の肖像はあれだけあるのに?失礼、先代でしたわね」
「それは当時の兄の方針でしょう。新しい絵画でも書いてたのではないでしょうか?」
「残念、財政記録からはありませんわね?あなたが抜いたか破棄したのであれば再計算をしますけど?ええ、なぜ計算が合わないかを聞かねばありません。裏帳簿位はあってもおかしくはないと思いますが?」
「宮廷画家と親しくてタダで書いてもらったらしいですよ」
死人に口なしとは言えそれを持ち出しますか。
「宮廷画家に?ご冗談が上手ですわね?宮廷画家ですわよ?……トリンクス卿の事かしら?」
「ええ、トリンクス卿ですとも」
「あの数の絵画をすべて無料で書いていただいたとでも?」
「まさか、あれは料金を支払ってるものが大半で」
「なるほど払ってないものがあるのですわね?」
「…………落書き程度のものは金を取りませんからね」
「素描が20はありましたわね、あれも料金が発生しないのであれば書いていただきたかったですわ」
「…………?」
「どうかしまして?」
「公爵夫人の肖像はトリンクスでは?」
「あら、そうでしたの」
そうでしたの……?
「今となってはマクシーン夫人もいらっしゃいますし、てっきりそっちに頼んだのかと思いましたわ」
「宮廷画家トリンクスの全盛期には私の母など下級貴族の肖像を描くことでかろうじてやってきたようなものです、あとは適当な挿絵の仕事や贈り物に添える礼状のデザインくらいです」
「……どなたでしたかな?」
「レズリー伯爵夫人ですわ、ほら……ブロンテ先生の本の挿絵も担当していらっしゃるでしょう?」
「ああ、挿絵の画家までは見ないので知りませんでしたね。そうでしたか一流作家の挿絵なら宮廷画家よりも知られるでしょうね。絵を見る方なら大陸に名前が響き渡るでしょう。無知を恥じるばかりです」
「誰もが知らぬのであれば母もまだ一流に遠いということです、お気になさらず」
誰もが知ってても一流とも限らないと思いますけどね。
国王が一流の統治下かと言われたら違いますしね。悪名は無名に優るとはいいますけどもね。
「マクシーン夫人はアンドンキャス先生の挿絵も書いていますわ」
「ほう、となるとモレル医師のシリーズもですか?実物より美化しすぎですね、顔も精神性も……あらゆるものも」
「『毒殺医師シリーズ』のことなら挿絵を描いたのは私ですが」
「え、そうなんですの?後でサインいただけますか?」
「え、そうなんですか?後でサインいただけますか?」
「…………ええ、いいですよ」
あの挿絵クラウが描いてたんですの!知りませんでしたわ!
「ゴーストライターですの?」
「いや……母が忙しかったから回ってきて暇だから受けただけっす……です。そもそも名義が違うじゃないですか」
「そうでしたっけ……?」
「そうです」
ジャック「(言い訳が苦しいが証明は難しいだろう)」