老人と傾くバランス
「遺命により省庁掃除課に一度だけ命令を出す。第1王子殿下を暗殺した近衛騎士団長とその一派を殲滅せよ」
省庁掃除課に向かった私は開口一番そう命じた。
「…………よろしいので?私達はもう辞めますが?」
「ええ、もうこの国は終わりです。都合良い暗殺者にされるのは目に見えていますからね」
ワイトの変わりに指揮を取る省庁掃除課課長と副課長は机に足を乗せて目を合わせて笑っていた。
「良いだろう、君たちは現時点をもって辞めた。だが敬愛する主君の敵を討つくらいはしてほしいものだ。まぁ無理は言わんが……近衛騎士の無能さで死んだ第1王子殿下のことを思う人間がいるのではないか?」
「……いいでしょう、あの無能なる団長はスケープゴートだったのです。いつの日かすべてを背負わせる相手がやり返したと思って飲み込んでいましたが、無能な事故であるなら」
「最後のひと仕事にしましょうか、王宮部署のね」
「ちなみにリッパー家の最後の仕事にもしてほしいですな。私はもう未来がなくて疲れました」
「では我々は辞表を出す、そうだな……お前でいいか。国王陛下に暗殺の仕事をくれと強請って来い。我々が辞めたこととセットでな」
「はっ、ということは私が引き継ぐのですか?」
「貧乏くじご苦労さん」
「良いところでやめろよ」
「……まぁいいですよ、若手はいつも苦労するもんですから」
哀れな班長は渋々と謁見、は難しいので別ルートで報告をするのだろう。
「おそらく降りるな、では……いくか」
「仕事が済んだら仕事ですか」
「最後の掃除ですな」
「わずか数日で随分背中が煤けてる気がします」
「それで今日は、どこのどいつを殺ってくれとおっしゃるんで?」
「騎士団長だよ、言いたいだけだろう」
「今日が最後だしな」
「そもそもウチは情報収集がメインなんですがね?殺しができるのはそれこそ王宮部署時代の人間でも一握りですよ」
さて、下調べと行くか。
「どうやらこの情報は確かなようですね、まぁ派閥の人間が次々と失脚したり追い詰められてますが」
「公爵派閥が動いている、正確には公爵令嬢が主体ですね」
「この参加者リストが嘘だったら厄介だったがな」
「いや、なんか馬車が増えてますが」
「罠か?」
数台の馬車が到着したかと思うとすぐに追い返された。
公爵家?先触れか?
「嫌がらせですかね?」
「ああ、そうでしょうね……。今日やればちょうど公爵令嬢のせいに出来そうですね」
「やってないことはやってないというから無駄でしょうがね」
「さて、メンツは揃ってきたな。全員揃ったら行くぞ」
日が落ちて、殺しができて省庁掃除課を辞める10人の省庁掃除課の人間と辞めない20人が徒党を組む。最初で最後の大掃除だ。本来であれば命じるだけの地位だった私が追放失脚を重ねて先陣を切るのは滑稽なものだ。
まぁ全員掃除婦の格好をして隣の空き屋敷で待機してるのはそれこそどうなんだと思うが……。
「……ジャック・リッパー男爵か?」
空き屋敷の裏門からマルスン邸の裏門に直接向かうと門番からそう聞かれる。
まぁ、気持ちはわかる。なにしに来たんだこいつらと思うだろうが武器は持っているぞ。
「そうだ」
「ベガ『子爵』より言付けが、会議中断中の為バラけているとのこと。屋敷の各出入り口を封鎖するのでお待ち下さい」
「…………うむ」
しばらくすると各場所を封鎖したらしく、戻ってきた。
「窓を破られた場合は我々が討ちます。信用できないのであれば誰でも貼り付けてください。一回奥の応接間に我々の手のものが避難しています。かかってきたら殺しても結構ですが……」
「ああ、わかった」
「では……辞めないやつだけ残れ……班長お前は来い、お前今じゃないけどどうせ辞めるだろ」
「はぁ……俺だけ仕事が多い、今後は給料も安いのに」
「なら俺が仕事領を出してやるよ、金貨2枚な」
「じゃ、ちょっと殺してくるか」
なんとも言えんがゆるいな。暗殺チームってのはこういうものか。
そもそもほぼ私一人で暗殺してるほうがおかしいんだった。
「目に入ったら全員殺す、OK?」
「「「「「「「「「「OK」」」」」」」」」」
なんともまぁ蛮族じみたことよ。
扉を開けなだれ込む、この部屋はいないか……。内から開けた旧ライエン派閥が避難している応接室以外に入って全員殺しておかないといけないからな、それこそ老若男女。
「うわ、誰だお前らは!」
使用人室か、まぁ変わらん。
メイドをこちらに抱き寄せて背骨をひねる。激痛で倒れたところをのしかかり首を折る。
数人がえ?みたいな顔をしているが武器を持って入れるほうが少ないんだからこうなるのは当然でしょう?流石に軍人や騎士相手にはこんな簡単にいきませんよ。
気を取り直したのか唖然としてた人間も他の使用人を始末にかかる。さすが課長たちだ、私がひとり殺す間にバーベキューの串みたいなもので2人殺してる。
さて、これで使用人が全滅したから異変があってもどうにもできまい。と数えると3人ほどいなかったが。おそらく給湯室か会議室の隣室だろう。
各部屋を空けて数人の騎士を殺す。一部は帯剣して入って預けたらしく保管されてる部屋もあった。本来は屋敷の武器庫から使う予定だったが手間が省けた。
武装した我々は一応無傷で殺した相手に件で傷をつけたり偽装工作を行いながら誰かが2階からおりてくるのを待つが残念ながら誰も来なかった。
会議の中断と言いつつ一度腹心の部下以外を遠ざけて会議しただけなのだろう。
それを一度にやるからお前は人望もないのだ。中断で待機させられる人間はお前のことを信用しないぞ。地位は信用と信頼の保証のように思えて人間性は保証しないものだ。私のようにな。
「誰だ!貴様らなにをして……敵襲!」
階段を上る途中騎士らしき男に出くわしたのは運がないが、1階の始末が付いてるのは良いことだ。あとはここを片付けるだけだからな。
ぞろぞろとでてくる騎士だが主要なものはいない、舐められているか、1階で待機してる連中が反旗を翻したと思っているのだろう。
我々は騎士でもないし軍人でもない、それにお前たちは騎士でも無能な近衛騎士だ。3人で普通の騎士くらいなのだからうまくやれば勝てる。
リストが正しければあと18人。
「アゥ!」
「命中!」
「さすが班長、毒矢はお手の物!」
「しまった、武装しているぞ!弓もある!」
当たり前だろう、丸腰で来たとでも思ったか?掃除婦の恰好なのはそれらしいから、剣を持ち歩かないのは隠せないからだ。だから短剣や吹き矢、弓を背中に隠してきているんだよ。まぁ剣は屋敷から拝借したがな。
私は数人と手前の部屋に入った。
そこには机を引っ張って倒して盾にしようとしたが屋敷の主の成金趣味があだとなり、無駄な装飾とどっしりした机をそもそも蹴倒せず足を痛める騎士が斬り殺される。こいつらも武装してないのか……。
次だな
「賊が!」
執務室らしい部屋に入った際にとうとう斬りかかられる。
「おっと!武器を持っていますね」
「信頼されているので預けなくていいのさ!」
そのような扱いの差をつければ不満はあるでしょうに。側近の一人ならまだしも知らない顔だ。こうして差をつければつけるほど人望を失うのですよ、あの世で学んだほうが良いですよ。
「死ね!」
上段の構えで振り下ろされる、たしかにこれは受け止められませんね。
受け止める必要もありませんが。
「躱すだと!それでも騎士か!」
「……騎士に見えますか?」
「…………騎士ではないのか?その動きで」
「ええ、暗殺者ですよ」
果たして彼の騎士感は攻撃を交わしてはいけない決まりなのか、それとも訓練ではバカ正直に相手が当たってくれるので勘違いしたのかわからないがパワーはあるが後はお粗末だった。
短剣を投げつけ、怯んだ隙に毒針を打ちこむ。流石に即死とはいかないが……。
「何たる卑怯!」
「正々堂々とした殺し屋にあったことが?」
「ない!」
そりゃそうだ。この腕では会ったとしたら死んでるでしょうしね。
「助太刀はいりますか?」
どこぞの部屋の掃討をしていた掃除課の人間が尋ねてくる。
「別部屋へどうぞ、私一人で十分です」
それを聞くと即座に他の部屋に向かっていった。
隣も騒がしい、もう佳境ですね。
「なにをほざくか!鶏ガラジジイ!出汁を取ってフォンドボーにしてやる!」
「料理ができるので?」
「家のものに作らせる!」
「そうですか、でしょうね。フォンドボーの出汁は仔牛ですから」
「鳥も牛も似たようなものだ!どちらもうまいぞ!人間は知らんがな!」
「そうですね、どれも獣ですし」
そっと来客用の机を蹴り上げそれに重なるように机ごとタックルする。まぁこの厚さでは剣は刺さっても貫通はしません。その体勢ならなおさら無理ですね。
「そのパワーを活かして猪突猛進できない時点であなたは牛以下ですから」
予想では机に剣が刺さり押せ、体勢を崩せると思ったが剣の方が滑って思いっきりこのパワー系騎士に机ごとタックルに成功した。
「あぐぁ……!」
「鳴き声は牛っぽくないです、ね」
袖のボタン裾にぴったり合わせて入れていた板状のナイフを取り出し首筋に突き刺す。
うん、動脈は切れたな。
さて……。
「ぐおおおおお!」
切ってすぐ死ぬわけではないとはいえどもタックルし返すとは……。ただのバカではないのはそうですね、アレの下でなければ良い騎士になれたかもしれませんね。
もう長くはないでしょうから……部屋を出て扉を閉じ鍵を締めるが、扉をどんどんと叩いている音が聞こえる。
まだ死なないのか……。いや、おそろしい、毒針1本打って開ければ死んでたかもしれませんね。
「こちらは片付きましたよ、団長は自裁されました」
「ほう、どれどれ?おやまぁ」
ずたずたになった団長だったものを眺めてこれが自裁とは素晴らしい自裁の仕方だ、どうやって死んだのかわからないと思いながら撤収を命じた。
「オフスのやつを一人で討ち取るとは思いませんでしたよ」
ベガ元子爵の言葉に少し考えるがおそらくそれというのは先程の男しかいない。
「あの大男ですか?」
「ええ、近衛の役職にはありませんが元団長が護衛にしていたやつです。元団長は腕はいまいちでしたからな。キサルピナ騎士長と戦ったことのない唯一の団長ですよ」
「つまり次期団長候補は戦った経験が?」
「負けましたけどね、オフスも対戦経験はないし近衛騎士団内部から侮られるに決まってますよ。キサルピナ騎士長が王都を離れたら出場するなんて公言したので呆れられてましたしね」
「この後はどうするのですか?」
「もちろん粛清でしょう。私も……私たちも粛清される心当たりがありましてな……。だからそうですね、ピア嬢のことをお願いいたします」
数日後、横領その他の罪で元ベガ子爵、近衛騎士団法務官ダイは処刑された。
リッパー&省庁掃除課「出来上がった料理がこちらです。騎士団長の活造り」
エリー一派「え?」




