老人と夢の終わり
モレル伯爵の子息が腕が良いらしい、父と違って。
医師団として雇用するべきだろうか?と話はあったがモレル伯爵が反対したので流れた。まだその域に達していないらしいが調査の結果ではあの親父から生まれたのか?産んだのは母親だろうと返されるほど評判がよく一応マッサージ師としての雇用が決まった。
一応というのはしばらくは第2王子付きにするらしい、信用は大事だしな。まぁいくらなんでも伯爵子息だ、ヴィルヘルムの醜態はある程度は抑えられるだろう。
顔を合わせてみると父親と壁があるというより憐れんでいるようにも思える。
彼は即座に国王陛下のお気に入りとなった。その腕で……。
パドらと大したもんだと話しているとベガ子爵令息の病死が公表され暗殺だろうという話がメインだった。2年も経って公表したと同時にベガ子爵家は2年前断絶していたことが通達され、少しの混乱はあったが第1王子婚約者につきまとったのだから当然という風潮になった。当時は違ったのだが都合の良いことだ。
いや、情報操作したのか。
シャハト婦人の病死も同時期に入ってきたのでこれは暗殺と粛清の嵐だろうか?と騒いだがどうも本当に病死だとわかると、まぁいまさらあの男の嫁など殺しても仕方ないと囁かれ流された。諸行無常だな。
「まとまりがでてきましたね。うまくいってますよ」
「これ以上悪くなりようがないからな」
「例えば弟が王太子になったら?」
「これ以上なく悪くなる。第1王子殿下がちゃんとやってればだ」
いつものようにフリードリヒとこっそり会う。本当にこっそりかはわからない。省庁掃除課が育ってきた今は監視くらいはいるかもしれいな。
「お祖父様、誰の目もありませんよ」
「天知る地知る我知る汝知るという。実際知ったのだからな」
「リッパー男爵は心がけも立派ですね。でもそれはそれでいいですよ。我々の関係はいずれアーデルハイドにも伝えようかと思ってます」
「は?」
背徳的な関係みたいな言い方をされたがまぁ背徳的な関係の結果とも言えるので言い方が悪いとも言えなかった。
しかしそれはエリーゼ嬢に漏れるのではないか?
「エリーも知るでしょうね。アーデルハイドは必ず伝えるでしょう、二人の友情より私が優先される自信はまだないですからね。でもそれでいいのですよ、劇薬もまた薬ですからね」
「正気か?ライヒベルク公爵家がその情報を知れば……」
「エリーは漏らさずやれますよ。あっちが王配だったら愛は育めずとも国は育めたでしょうね」
国を育めと言いたいが実際立て直してるからな。国王派と宰相派がフリードリヒ派になりつつある、公爵派も一部は呼応しつつもあるが。
その逆もあるのだ、公爵派の方に呼応する動きも……。
「ヘス伯爵家がそのまま寝返って公爵閥で活動してますね。まぁそれは良いでしょう、公爵閥ということは敵ではありません。公爵閥が強くなることはそもそも想定外というよりは既定路線なのですよ」
「どういうことだ……?」
「足元が見えてない人間が多いのです。ああ、お祖父様はそのままで……お気になさらず他国の間諜を殺す方をお願いいたします。こちらは私とアーデルハイドが……」
「本当に動かなくて良いのだな?」
「ええ、我々は彼らの味方をするには弱すぎるのです。エリーは新聞社をいくつも設立し民意を味方につけるつもりです。民意はまだ意味はないものですが……エリーなら意味をもたせることができるでしょう。非常に繊細で、一歩間違えれば雪山が崩れるようにすべてが雪崩で包まれ崩壊するでしょう。なぜかエリーはそういうのが上手いのです。公爵令嬢とは思えない、ですが確実に公爵令嬢なのですよね……。入れ替わったりしたんでしょうか?私が見るに変わったようには思えません」
「一つだけ忠告しておこう、フリードリヒ」
「……なんですか?」
「女性は男よりも早く大人になる事がある、体も精神もな。あらゆる意味で成長する、男はそれに比べるとそうでもないのだ。しかもその成長が何度もある。とくに母になったときは……それはもう強い、決して勝てなくなる」
「母にならずになにがあったらそこまで成長するのです?」
「人それぞれだ、親しい人間が亡くなったり、恋をしたり……子供が埋めない分男の成長は限界があるのだ。アーチボルト・キンゼー男爵のようにお前は産ませるだけでいいなと言われぬよう頑張らないといけないわけだ」
まぁ姉上の場合はあなたが言えたことかとも思うがアーチボルトの遊びの酷さを見ると言いたくもなるな。
「キンゼー男爵ですか……。御友人、そもそも義兄でしたよね?それになんと返したのです?」
「すでに姉上に幽閉されてた時期だから虚ろな目でプルプル震えていたよ。そうならないように気をつけろよ」
「肝に銘じます、ええ……本当に……。今日聞けてよかったです。王太子になったらしばらく忙しくなりますからね。うっかり王太子になって君を王太子妃にしてあげたなんて言ったらどうなりますかね?」
「聞いた話だと気を悪くして頬でもつねられるか、それを聞いてエリーゼ嬢がお前を殴りにでも来るのではないか?」
「エリーなら王城でやりかねないですね」
本当に令嬢か?いや友情に厚いと思えばこれほど信用できる人間はいないな。婚約者の座も引いているし、その上で政治的に優位に立てる方針を公爵家は持っているわけだ。おそらく王太子協力のもとな。
敵対派閥の次期トップの婚約者と堂々と手を取り合って不満が漏れないのは公爵だけの手腕ではあるまい。
「明日には王太子の儀で出立ですか……。いや今日会えて本当に良かったです。旅路ではアーデルハイドを気遣ってあげないと。かつてはともかく今はあの通りは寂れてますからね」
「ゲーリング子爵領か……」
「近々取り潰しでしょう。さて……できれば王太子の儀を唯一の肉親に見てほしいという欲はありますが大した儀式でもないのでいいでしょう。ただ私の即位式には特等席を用意しますよ」
「それは楽しみだ。生きてると良いな」
「すでに国政は私の手の内です。彼女の卒業と同時でも良いのですが……。まぁ、アーデルハイドも学院に行く暇がない気もします。問題がなければ妊娠と同時に即位でもいいと思いますよ」
「問題ね」
「それこそブロンテ先生のお話みたいに卒業式で婚約破棄騒動が起こるやも……」
「そんな馬鹿がポート伯爵子息以外にいるのか?」
「いや、流石に卒業までには成長してなんとかなるでしょう。それにたかだか軍務大臣の息子ですよ?そのような騒動起こしても別段関係ないですよ。それこそ弟がエリーとの婚約破棄をしたりそれに馬鹿が呼応しない限りは」
「……しそうではないか」
「だから教育するんですよ、僕達夫婦でね。おっと、まだか……。エリーがうっかり殺さない程度に教育しないと、これ政治より難しいな」
「子育てはきっともっと難しい」
なにせ失敗したようなものだからな。
「子供が出来たら教育係をお願いします」
「もっと良いのがいるさ」
「私も祖父に甘えたいのですよ、なにせ母に甘えた記憶もないですしね。王家の人間はコロコロ死ぬし父上はあの感じですから。信頼できる人間を手元に置く理由としてはちょうどいいでしょう。本当はエリーに任せたいんですけどね、何故か子どもの扱いが上手いから……でもそれどころでもないでしょうし」
「その時期に動くのか」
「ええ、その時が来たらお祖父様も頑張ってもらいますよ」
「老骨にムチを打つか……」
「ひ孫と遊ぶのは苦痛じゃないでしょう、名付け親にもなっていただきます。表向きは私が考えたことにしますけど」
「最初の命名は妻と相談しておけ、痛い目見るぞ」
「……危ないところでしたね。助かりました。でも一人はつけさせていただきますよ。ジキルでもいいですけどできればそれ以外でお願いします。父の名前を息子につけるって最近はダサいらしいので」
「では……」
「フレデリック」
「え?」
「フレデリック。孫に付ける予定だった名前だ」
「娘だったら?」
「絶対嫁に任せろ、大抵夫が付けて失敗するからな。娘の名前は母親のセンスに任せたほうが良い」
「ふむ……フレデリック・サミュエル。いいですね!気が早いけど提案しておきます。提案だけなら良いでしょう?」
「提案だけだぞ?反対したらすぐ取り上げろ。傷が浅いうちに辞めておけ。一生言われるぞ」
「一生ですか?」
「一生だ」
頬をポリポロと掻きながらフリードリヒはハハ……と乾いた笑いを上げた。
「そろそろワイトが来る時間ですね。私は戻ります。ではフレデリックのために、王太子になったらお会いしましょうジャックお祖父様」
揺さぶり以外で名前を呼ばれたのは初めてだったと思う。
「また会おう、フリードリヒ」
それからまもなく、第1王子とその婚約者事故死の話が王都を揺るがせた。
エリー「ワタクシがママですわー!」
キサルピナ「さすがママ!」
族長「ママ!あのベガルー族長を蹴りでぶっ倒すなんて流石だぜ!」
ベガルー「今後は従います!我らが族長様!」
エリー「未婚の母にしても多すぎますわね、ま、今更良いわね」
蛮族の娘「ママ遊んで!」
エリー「じゃあ今日はあなたのお父さんがうっかり火事を起こし掛けたのでぶっ飛ばしましょうね」
蛮族妻「申しわけありませんママ」
蛮族夫「許してママ……」
蛮族の娘「わぁい(蹴り)」
蛮族夫「股間は辞めて……」
エリー「これでいいのかしら?(他の蛮族の娘達をあやしながら)」




