老人と孫
「関係のない会話はやめていただけますかな?」
モンタギュー司法大臣の制止でようやく降らぬ話は終わった。
「まず、誅殺であるからには明確な証拠があるわけです。気に入らないで殺していたら法も何もありませんからな。先手を打つ、そうせざるを得ない理由は何でしょうか陛下」
「王家に関わることなので明かせない」
茶番だ。大多数が暗殺と知って解決できないから誅殺に切り替えたのだ。あるわけがない。それでも職務熱心な彼としては矛盾があったら突かざるを得ないし、法的に間違っていたらそこを突かざるを得ない。アルベルド・ゲルラッハ伯爵の教え子なのだから。
「それでは致し方ありませんが、公表できないことですか?」
「そうだ」
「それではライエン侯爵令嬢はこの事件に関係がありますか?」
「…………ない」
「それでは死罪は不可能です。謀反ではないのですよね?王家乗っ取りとして具体的にはどのような計画を?そちらの計画もあかせないとなると謀反の証明は極めて難しいかと。そもそも誅殺であっても罪を明らかにできないのであれば……」
「そうです!陛下!ライエン侯爵令嬢を裁くのは……」
「しかしなぁ、取り潰しは免れぬだろう?誅殺自体が嘘ではないのなら」
「全くその通り」
司法大臣の援護も虚しく結論が変わらないなら大きな貴族が消えたほうがいいのだろう。誰もピアの命には興味がないのだ。パド以外は。
「取り潰されてどうやって生きていくのだ?貴族令嬢が?」
「私が後見になります」
「パド家令は今は貴族ではないでしょう?それに……」
「貴族以外の後見は厳しいと思います」
渦中の中でピアはそうですかと言わんばかりの態度で、この声を聞いていた。
無反応に近いが呆然とではなく、ただ演劇のつまらない序盤を見てはやく盛り上がりどころを待つかのように淡々としていた。
どこかで見た事がある。
ああ、叔母上か……。そうだ、よくにている。
「貴族籍を失って生きるより死んだほうが令嬢としては幸せなのでは?」
それを言ったのは誰だっただろうか?本来このような場で発言しないはずの近衛騎士団長だったか?出しゃばりの無能だからあり得る。もしくは平民相手に偉そうにするしか価値のない、それでも王家にとっては数少ない味方の木っ端貴族のだろうか?
ただその言葉を聞いた時のピアは……私がしでかした時の良心のような、兄のような……妻のような……。
困った時の息子にも似ていた。気の所為だったかもしれないし、私も様々な問題を抱えて思い込みたかっただけかもしれない。ただ……なんとなくそうなった。
「では私が後見をしましょう。一度救った命、二度目は見捨てるのでは医者ではありませんからな」
一番驚いていたのはパドだっただろうか?それとも国王陛下だっただろうか?
「ライエン侯爵家自体の取り潰しは私の口を挟むことではありませんが……。医者として救える命は救っておきたいですしね。私の家も跡継ぎはいませんし、本家も困っているのですから」
私の本家であるバンサ伯爵家を知るものはこの時期ではだいぶ減っていた。そもそもがもはや当主不在の家だ。取り潰されたと思っている人間が大多数だろうし、私がそこの末弟であることを知るものはだいぶ減った。リッパー男爵家のほうが価値があると思う人間もいるし、私もいつからか隠していた。
「いずれ彼女から養子を取ればよいかと思います。そうすれば断絶も避けられますので」
「法的な問題はありません、その場合遺産自体は彼女が相続します。国庫に没収するのは領土屋敷くらいでしょう。個人財産は相続が認められます、前例で謀反関係で処罰されましたが裁かれなかった子供が財産だけは相続した事例がございます。この場合後見人がいたことも大きかったはずですが。詳しく精査いたします」
「よい、ならば助命してやろう。財産管理は2人がやれ、後見としてな」
精査した結果もっと寛大になる可能性すらある。それをされるより先にここは寛大な王をアピールしたほうがいいだろうな。もっとも誅殺にした時点で寛大とは言えないが。
その後国王陛下に呼び出された私は叱責を受けたり色々とされたと思うが私はあまり覚えていない。ただわかっていることはそれ以降私室に呼ばれることはほとんど無くなったということだ。それだけだ。
そして私は国王陛下が精神的な病なんだろうと確信を得たのは確かだ。
だから覚えていないのかもしれない、そのような患者の言うことを真に受けていたら患者の方が医者より医学により詳しい人間だらけになるからだろう。
ただただ嵐が過ぎ去るのを待ちながらぼうっとどれほど心の病が重体か眺めていただけ、それだけだ。
「リッパー男爵、父上はなんと言っていましたか?」
「さて、特に何も……」
「そうですか、ちなみに夫婦仲がよろしかったリッパー男爵にお聞きしたいのですが……どのようなことをすれば女性は喜びますかね?」
「ジェーンはあまり顔には出ないタイプでしたので参考になるかは分かりません。ただ……」
「ただ?」
「こうなると知っていたのならもっと会話をしたでしょう、もっと一緒に出かけたでしょう。本業をおろそかにするほど」
どちらとも……。今度こそはと。
「そのような事をしてよいのですか?」
「もう一度やり直しても結婚相手は変えないでしょう、後はどうなるか分かりませんが……。人生は一度きりです、そのうえ何が起こるかわからないのです。私に能力があるならそれをしたうえで仕事は終わらせて文句を言わせないでしょう。最も私にできたことなど裏仕事くらいですがね」
「そのようなことはないでしょう、見事な手際だったと聞いています」
それはどれのことだろうか?あるいはマルゴーを殺したことへのカマかけだろうか。
「もう一度やり直せるなら……」
「もう一度やり直せるのなら?」
「今より妻への愛を囁くでしょうし、亡くなったときにその横で私も死ぬでしょう。人生は何が起こるかわからないがこれだけはわかる。妻のない私に価値はなかった。人生がなにかはわからないが私に価値はなかった。そう思います」
「人生は何が起こるかわからない……ですか」
「ええ、殿下も気をつけないと見知らぬ息子や孫が尋ねて来ますよ」
「それもまた人生の楽しみですよ、私ではシャレにもなりませんが」
見知った孫であろう王子と会話を交わしたことを覚えてるあたり、私は本当に興味を失っていたのだろう。亡くなったものを追い求めてそれ以外に興味をなくした。
あるいは国王陛下よりも私のほうが病人かもしれない。
いや、病人なのだろう。
「新しい娘さんによろしく、それとも新しい孫ですか?」
「…………?」
「ライエン侯爵令嬢ですよ。いや爵位を失ったからピア嬢か」
「ああ、別に屋敷で生活させるわけでもないですしどうなんでしょうね」
「良かったですよ、人生をやり直そうとしてるかと思ったもので」
「私に子供を育てる能力はないでしょう」
それだけは確かだろう。
不毛な会議議事録
内務大臣「ストレスで禿げてきたと噂ですがいかがか?」
宰相「そちらこそご令嬢のことで悩まれているとか、私の娘は手がかからないくてよい」
内務大臣「いや、手はこちらもかかっていない。妻と先代公爵が育てているから」
宰相「ご令嬢の教育を任せるべきではない方が見えますが?」
内務大臣「それは私の妻を否定するということですかな?」
宰相「いやそちらではなく……」
別記 司法大臣別件のため欠席。外務大臣欠席。農林大臣途中退席。




