老人と息子の死
権力から遠ざかりほそぼそと医者の真似事をしながら近隣の住民を治療し始めたのは姉上の一家が亡くなってからだったと思う。
不幸が終われば慶事が来るとは言うが慶事とは自分にとってとは限らないのだ。
本来第1王子の婚約候補であった帝国皇女がライヒベルク公爵子息と婚姻をほぼ飛ばして結婚したのだ、婚姻自体はしてたかもしれないが伏せられていたということは帝国はサミュエル王国をまともな交渉相手としてみておらず、公爵家もわざわざいう義理はないと宣言してるに他ならない。
愚かなる愚者が帝国の使者を煽った話を聞いて胸がスカッとしたという貴族の末路がこの公爵家の婚姻だと思うと愚かで哀れだ。
愚かなる愚者は宮廷道化師だ何をしようと怒るほうがおかしいが、愚かなる愚者の発言で笑うのはともかく、その後の使者を嘲笑うような真似をすれば文字通り愚者に成り下がる。兄上が愚かなる愚者というのはなかなかいい名前だと褒めていたのを思い出す、宮廷道化師は阿呆に出来る仕事とできない仕事があるとも。
グリゼルダ妃の懐妊でようやく震えていた貴族が慶事だと公爵家の婚姻を打ち消せと騒いでいるがその当事者は内務省で働いているので筒抜けである。こうして愚か者が敵を増やし、それを処断して公爵家への和解に近づくのだから世の中というものはわからぬ。優秀な第2王子派閥が抜けたことにより表に出てきたのが声のでかい阿呆であるとはお先は真っ暗だな。
「ゲハルトを内務大臣にする。これでようやく公爵家との和解につながる。帝国と繋がりができたのがまずいが、大臣にすることでまだサミュエル王国にいると認識付けることも出来るし、ライヒベルク公爵家を軽視してないというアピールにもなるだろう。ジョージの死は公爵家は関係なかったのだ、それを間違えた。貴族は公爵家を敵となし、恐れ、嘲る……。公爵家は残さざる得ないだろう。必ず、必ず鉄槌を下してやる」
これからしばらくしてハーバーから呼び出されることはなかった。
ジキルが王宮で働き始めて連絡してくるのでどれが敵かわからなくなったのかも知れない。なんてことを思っていた。
「ジキル頑張ってるな、聞いてるぞ。不義のことで調査してるんだって?」
「すまないが、初耳だ。リッパー家は命じられた仕事は……」
「ああ、すまない。俺も国王相談役っていうポジションに就いたし、ついな。そうかリッパー家は名門だからそのへんは俺らと違うわな」
「いうなよ、パウエル子爵」
「ハハハ、張り切りすぎて疑われてたんだぜ?国王陛下がかばってくれたけどな。お前の息子に罪を押し付けようとしてるやつがいるかも知れないから気をつけろよ」
「息子が優秀で父としては悩みどころだ。まったく困ったね」
「俺達はミルク缶の中のカエルさ、せいぜい王国の……ハーバーのために働くのさ」
「なんだそれは?」
「ん?ああ、名門じゃあんまり縁がないか。俺達みたいな木っ端貴族はミルクの保存でカエルをいれるんだよ。そうすると長く持つんだ、理由はわかんないけどな。ハーバーを長く持たせるために頑張る俺たちゃカエルってことよ」
「なるほどな、カエルか。そういう物があるんだな」
「新鮮なミルクを飲めるような金持ってる家はあんまり関係ないか、王家でも最近は税収の悪化で新鮮なミルクを仕入れられないんだよ。ハーバーが率先してその手の贅沢はしなくなったからな。息子の方はそれで叱られてたがな」
「ああ、致し方あるまい。もはや唯一の王位継承者だ」
「唯一?ああ、たしかに俺達にとってはそうだな」
息子に危険が迫っているかも知れないと思いジェーンに伝えればただ沈黙して恨めしい目を向けるだけであった。私はこの目の意味に気が付かずにリッパー男爵家ともあろうものがとの非難だと思った。
それは突然やってきた。
帰ってきた息子が突然倒れたのだ。何かをすがるような目で見た後、毒とだけ言い倒れた。ジェーンは私を押しのけてジキルを抱き上げると部屋に運んでいった。妻の体はあのように丈夫なのに、内部に問題があるのだから人間とはわからないものだ。私は医者を呼びに行こうとしたがそもそも私が医者でもあったことを思い出して治療にあたろうとした。
解毒に使うものを早く買ってきてくれという妻に何を買いに行くのかと尋ねれば、たしかにそれはちょうど在庫がないものであった。よりにもよってこんなときにと買い物を終えて帰るとジキルはすでに亡くなっていた。
「……王城へ……国王陛下にジキルが亡くなったことを告げてきて頂戴」
「ああ、わかった!」
悲しむまもなく先触れも何もなしで登城したところで止められることは当然であったが、それすら抜け落ちていた。結局フォルカーに頼み込みようやく会議中に参加することになった。
「よってジキルは秘密の王命によるもので……リッパー男爵?」
「陛下、リッパー男爵が緊急のご報告があるということです」
「ジキルは毒殺されました、手を尽くしましたが……先程……」
「何!ジキルが!」
「やはり陰謀なのでは!」
「静まれ!ジキルの死は急死ということにしてほしい、頼めるか?」
「はい、承りました」
「……シャハト、蛮族側への支援は完全に打ち切れ。トリンクスを使者として公爵家との和解を探る。リッパー男爵はジキルの死を数日でいいからずらしてほしい」
「御意……」
息子が死んだ、その事実が重く突き刺さった。
帰りに愚かなる愚者に絡まれたことも覚えているが、途中から気を落とさずにと気を使われたことに内心驚いたことは覚えている。
よほどひどい顔をしていたのであろう。
息子の葬儀をあげた時、なんとなく私はすべてが終わったような気がした。
愚かなる愚者「やーい無知なバカがここで何をするというのだろうな」
ジャック「……なにをすればいいのだろうな、息子も死んで断絶することは決まったようなものだ」
愚かなる愚者「お前の罪によるのか息子の罪よるのか?それすらもわからぬか?」
ジャック「私の無能が罪なのだ、私がもう少し優秀であれば狙われたのは私であっただろうに」
愚かなる愚者「お前が優秀であれば破綻は早かっただろうさ」
ジャック「優秀であれば息子は死なずに済んだのに」
愚かなる愚者「お前が優秀であっても変わらなかっただろうさ、そう……お前の家はそういう家なのだ。気を落とすなよ、良いことがあるかも知れないぞ、あるといいな……」




